婚約発表はするのですか?(3)
「ブランドン公爵令嬢の研究記録と盗んだ大きな魔力があれば……きっと敵がやろうとしていることの助けになってしまう」
この瞬間、ブランドン公爵令嬢の存在は、アルベルト王太子に知り合う前の尊敬すべき学院の先輩の位置に私の胸の中では戻った。
――そうだ。彼女は尊敬していた先輩の一人……。
「エミリーは彼女の親友だったから、聖ケスナータリマーガレット第一女子学院時代の研究記録を見ようと思えばできたかもしれない」
アルベルト王太子は言った。
「あらゆることがエミリー・ブレンジャーにつながる符号があるということね……」
氷の貴公子はうなずき、御者に聞こえる窓を開けて、御者に話しかけた。
「行き先を変えてくれないか。まず、聖ケスナータリマーガレット第一女子学院に立ち寄ってくれないか」
「待って!アルベルト様は中規模魔術博物館に行ってください。私が聖ケスナータリマーガレット第一女子学院に立ち寄りますから」
「ダメだ。フローラ。陰謀が露見した今、君は最高級の警護で守られなければならない。俺も行く。君を失うわけには行かないんだよ。もう俺の大切な人なんだから」
アルベルト王太子は彫刻のような美貌を誇る顔で、真剣に私を見つめた。
私の手を取って「お願いだから俺を君のそばにおいて」と氷の貴公子に懇願された。
ブルーの瞳が煌めき、私は「はい」とうなずくしかなかった。こんな時に不謹慎だが、氷の貴公子のあまりの魅力に絡め取られてしまっていた。
「地図を見ましょう」
「今朝王宮から出る時に、ウォーターミー駅と地域魔術博物館の位置関係を調べるために持ってきた地図がここにある」
それは、エイトレンスとザックリードハルトと隣りの小国ピエモンとまで記載された大きな地図だった。魔力管轄の地域魔術博物館の位置が目立つようにされていて、その印が点在していた。
「ここがトケーズ川ですね。今先ほど私たちはこの川を渡りました。そして、こちらがオズボーン公爵家が開発に失敗した鉱山です。ウォーターミー駅から伸びた鉄道がこの線です。ザックリードハルトに到着してもまだ先まで続いています。そして、ここにまもなくオープンを迎える小さな漁村だったザヴォー・ストーンあります」
私は地図上の位置関係を抑えた。
オズボーン公爵所領の鉱山のため、小さな漁村に開発されたヴォー・ストーンリゾートは鉱山と意外に近い。
「ここが王位継承権16人の魔力供給を行っていたセントラルハイゲート地域魔術博物館がここですよね。そしてこれから向かうセントラル中規模魔術博物館です」
脅威の美貌を誇る氷の貴公子は、ブロンドヘアを無造作にくしゃくしゃにして考え込んでいたが、ハッとした表情になり、氷のようなブルーの瞳が私を見つめた。
私を通してどこか遠くを見ているようだ。
「魔力の醸成には、大量の水分と多少の鉱物が必要で……」
――良かった……一瞬、別れを告げられるかと思うほど冷たい目だった……。
「昔、ディアーナに聞いたんだよ」
――あぁ、元婚約者のことを思い出すのに、そんなに冷たい目をしたのですね……。
「大量の水分……魔力に似た偽物の醸成には、トケーズ川上空の水分を使ったとしたらどうでしょう?オズボーン公爵家は鉱山開発に失敗しました。そこで何らかの鉱山が取れて、温泉保養施設のためにわざわざ温泉を掘った場所も小さな漁村です。海があります。ミネラルの豊富な海水がありますから、そこでも水分が大量に確保できます」
私は学期末テストの復習のように自分の考えをスラスラと話した。アルベルト王太子はじっと聞いている。
「エミリーが仮に親友だったディアーナの研究記録を盗み読みできたとします。オズボーン公爵の持っている資源とエミリーが手にした醸成方法と、大量の魔力があれば、できなくはないかもしれない……?」
「最初はトケーズ川の水分を使ったとしても、目につきますわ。首都テールではなく、大量に地方で生成したとしても、地方で大量に醸成したものをどうやって運んだのかしら……?」
私は自問自答した。
「川……?」
「川を使ったとしたらどうでしょう。トケーズ川は大陸を横断する国際河川です。流れは首都テールから漁村の方向に流れていますから、本物の魔力を川を使って漁村に運びます。本物の魔力は漁村の方に隠されていて、本物の魔力の一部を使って漁村で醸成した偽物の魔力は、鉄道で運んだとします。鉄道事業に失敗したけれど、オズボーン公爵家は車両は所有していますから。鉄道は行きはリゾート開発の建築資材を運び、帰りは空っぽに見せかけて偽の「魔力」を運ぶ貨物列車がエイトレンスの首都に到着していたとか……」
私たちは顔を見合わせた。
「トケーズ川上空の霧のようなモヤは、あれは本物の魔力ということになるのか?」
アルベルト王太子は興奮した声でそう言った。私たちは身を乗り出して馬車の窓からトケーズ川上空の霧を見つめた。
「この王妃さまからの贈り物のヴァランシエンヌ・レースで見ると……」
私は馬車にハンカチを貼り付け、氷の貴公子と私は額をくっつけるようにして馬車の窓越しにレースを透かしてトケーズ川上空のモヤを見つめた。
「キラキラしているわ!」
「このヴァランシエンヌ・レースは特注なんだ。ただのヴァランシエンヌ・レースじゃないんだ。だから、君に母上が渡そうとしたんだ。まぁ、俺の渡そうとした指輪を君が嫌がって、君が困って泣き出したら渡すようにということだったけれど……」
「つまり、隠そうとした魔力も見えるということですか?」
「その通りだ」
額をくっつけるようにして窓に張り付いていた私は、氷の貴公子に不意打ちでキスをされた。真っ赤になった氷の貴公子は、しどろもどろで弁解した。
「これは……その……君の唇が目の前にあったら……耐えられない……いきなりごめん」
その様子を可愛いと思ってしまった。
――私はこの人を、どうやら本気で好きになってしまった……。
私も真っ赤になっていたと思う。
私の心臓は死にそうなほど高鳴っていた。
「この騒動を片付けることができたら、すぐに結婚しよう」
彼の氷のようなブルーの瞳が私を見つめていた。
――真剣な眼差しだわ……。
「はい」
私は小さくうなずくだけで精一杯だった。結婚の申込みだ。
氷の貴公子のはにかんだ嬉しそうな笑みは破壊的に可愛らしく、私は胸がキュンとしてしまった。
「ケスナータリマーガレット第一女子学院につきました」
御者がそう告げて馬車のドアを開けてくれた。




