そこを裏切るの? アリス・ブレンジャーSide(2)
テスと姉は同じ穴のムジナだが、仲が悪い。私が姉を快く思っていないことをテスは承知だ。
「ガトバン伯爵夫人が……なぜ?」
「わからないわ。でも頻繁にいらしています」
「フローラ嬢の継母が……?」
確か、ガトバン伯爵は最近再婚したはずで、フローラ嬢との折り合いはあまりよく無いと聞く。
デビュタントの準備はある意味壮絶だ。身分と爵位だけではない。実質的な金と家を揺るがす一大事業である。そのためにデビュタントの母親たちは、つきっきりでドレスの試着にも付き合う。
だが、フローラ嬢の場合はいつも彼女が一人でいて、うまくやってくれる一流どころの有名店に全て任されていた。
――あり得ないんですけど……?
私は一人ぼっちで仕立て屋にいる彼女を見て、何度も思ったものだ。
「継母とは……」とフローラ嬢が言葉を濁したのを何度も聞いたことがある。
――大切な跡取り娘の社交デビューの準備には一度も顔を見せずに、王立魔術博物館に足繁く通う?
――ガトバン伯爵の領地はエイトレンスの首都テールからは遠いわ。
私はハッとした。
――もしかして、フローラ嬢の準備の手伝いに行くと言って領地を旅立ってこちらに来ていて、フローラ嬢の支度の準備は放っておいてお姉さまと会っていた?
――まさかね……。いくらなんでもとっぴな発想だわ……。
――でも、気になるわ。絶対に怪しいわ……。
――下心のある継母とスケベで破廉恥なお姉さま?
――最悪な組み合わせに思えるわ。
「今、ガトバン伯爵夫人とエミリーお姉さまはどちらにいるの?」
「お2人で奥のコーナーに向かいましたわ」
「奥って闇の書を管理している禁書棚の方向?」
「えぇ、そうですわ」
「まさかっ!」
「やっぱり、怪しいですよね?」
「怪しいと思うわ」
「今朝の新聞をお二人でご覧になってヒソヒソと話していました」
「あぁ、氷の貴公子とフローラ嬢がデートしていたという記事ね?」
「それです!エミリーは苦虫を噛み潰したような顔で写真を睨んでいらして、ガトバン伯爵夫人も眉を顰めて記事を読んでいらしたのです。エミリーはともかく、普通は娘の晴れがましいデートの記事なのに、変ではございませんか?」
「絶対に変よ。あの継母はデビュタントの娘のフローラ嬢の準備に一度も姿を現わさないのよ。お金はガトバン伯爵が贅沢な資金を出すから良いとしても……家族の誰も手伝わないのはおかしいのよ……」
私とテスは眉をひそめた。私たち2人とも姉の気質をよく知っている。姉が何をしでかしたかもよく知っている。
「女王への謁見も近いのに、娘の準備に一度も現れない。娘の準備に奔走すると見せかけて、破廉恥な姉と頻繁に王立魔術博物館に通っている……。行動からしておかしいわ。下心しかない継母ね」
私はつぶやいた。
「テス、すぐに父……館長を呼んでくださる?私も奥に行くから、禁書棚まで来て欲しいと館長に伝えて欲しいの」
――アルベルト王太子はお姉さまの悪魔の誘惑から目が覚めたわ。彼は心を入れ替えたように見える……私は許さないけれど。でも、お姉さまは相変わらず良からぬことを企んでいるとしか思えない。
ヴァランシエンヌ・レースの手袋を目にかざして、周囲を確かめた。
「魔力の放出はなし。漏れてはいないわ」
――でも、大きな魔力の塊と闇の禁書とお姉さまの組み合わせは絶対にまずい……!
私は走った。できるだけ音を立てずに走ろうと思ったが、靴の足音が響いた。だから急いで靴を脱いで手に持ち、私はひたすら走った。
角を曲がり、奥の禁書棚のある特別管理室の前まで近づいた時、誰かの声がした。慌てて私は柱の影に身を隠した。
「うまく行っているわ……でもクリスをどう助けるかよ……」
「心配ないわ。集めた魔力を少し使うしかないわ。平気よ。あんなにたくさんの塊があるんだから」
身を潜めている柱の影からそっと顔を覗かせてみると、姉が闇の禁書が管理されている特別管理室の扉の鍵を閉めているのが見えた。
――鍵をお姉さまがっ!?
――もう禁書棚に近づいた後だわ……。
――クリスって、もしかしてクリス・オズボーンのこと!?
――フローラ嬢の継母はクリスをどう助けるかとお姉さまに相談していた……。
――どういうことよ?
――自分の家のメイドと浮気して、夫から娘との婚約破棄を言い渡された男を助ける……?
――あぁ、オズボーン公爵家から頼まれたとか?
――いやいや、そうだとしても王立魔術博物館の闇の禁書の部屋に立ち入って良い訳がない。
――それに、お姉さまは「集めた魔力」と言ったわ……。
――わかった。犯罪ものだわ。
――お姉さまは、今度はスケベで破廉恥なだけでなく、邪悪な犯罪に手を染めている……?
「何をしているっ!?」
雷のような声がして、私は身をすくめた。
隠れている私に気づかず、テスと父が仁王立ちしていた。お腹のつきでたブレンジャー子爵は顔面蒼白だ。私たち姉妹の父だ。
「お前は……私の鍵を取ったのか!?今、その部屋に入ったのか……?おいっ!見張り番はどうしたんだっ!?ここにいるべき職務を果たせっ!」
――あぁ、色気で落としたんだ……。
――お姉さまは見張り番を色気で丸め込んだのね?
「お父様、そんなにお怒りにならないで。ほんのでき心でどういう本があるのか見たかっただけなのよ」
「お前がやったことは、ブレンジャー子爵家を失墜させる行動だ。私的な興味で国の禁書を見るなどと、許されることではない。お前は私の娘であることを利用して、館長である職位の父親の鍵を盗んだ。返しなさいっ!」




