熱愛の兆しと生き残ったのは誰?(1)
「やあ、よく眠れたかな?」
快活な声が響き、アルベルト王太子が爽やかな笑顔を浮かべて私のところにやってきた。
私は朝食が終わった後、王妃に捕まり、国王に捕まり、それはそれは大変な緊張の瞬間を迎えていたところだ。
「どこでアルベルトと知り合ったのかしら?」
王妃は息子であるアルベルト王太子と私の馴れ初めを知りたがっていた。
――でも、言えるわけがないわ……。
なぜなら、婚約者から逃げるために駅に行って、偶然出会ったアルベルト王太子に助けてもらって同じ車両に乗ったという話は未来の話であり、まだ起きてもいない話だから。
――アルベルト王太子が列車に乗るなら、前もって計画されている王家の計画があるはずよ。迂闊に列車で出会ったというのも言えないわ。いつの寝台列車に乗ったのかしつこく聞かれるハメになる……。
――あぁ、どうしたらいいの?嘘をつくしかないわ。
――どんな嘘がバレない嘘なのかも分からないわ。困ったわ。
ブランドン公爵令嬢も同じ学院の卒業生だ。その話をするのはなんとなく避けたい。とにかく私はどこで出会ったかという質問をはぐらかそうと必死で頭を振り絞っていた。
顔に張り付けた私の笑顔が、緊張で壊れ始めそうだ。
「母上、俺が彼女を見かけて一目惚れしたんだ」
颯爽と現れたアルベルト王太子は、王妃になんでもないことのように言った。
「あら、アルベルト。どこで?」
「どこって、母上には内緒ですよ。俺がやっと愛せる人を見つけたのに、邪魔しないでください。フローラに認めてもらったら、ちゃんと報告するからお待ちください」
――なんてことをっ!
「いえ、王妃様。決してそのような事実は……「ある!」」
――は?何が?
「俺は君が本気で気になっているんだ。愛を持って君を守りたい。一生守りたい」
王妃と国王がグッと身を乗り出し、私とアルベルト王太子の間をお2人の視線が忙しなく動いている様子が分かり、私は焦った。
――えーっ!
――ご両親の前でおっしゃることでしょうか?
――それも国王と王妃の前で。
――あなたはこの国の世継ぎでしょう?
――どういう意味に捉えられるか、わかるでしょう?
「まあ、婚約したいのね!?」
「そうです!母上!」
「ちょっと待ってくださいっ!」
私は慌てて遮った。
「フローラ、俺は本気だ。母上、父上、私はフローラ嬢を守りたいのです」
「アルベルト、それは生涯をかけて、という意味ね?ファイナルアンサー?」
「もちろんです、母上」
私は絶句した。ガトバン伯爵家の進退に関わる会話だ。迂闊な言を口走ることは許されない。
――どうかしているわっ!この方々は。
私はハラハラしてアルベルト王太子に必死で目配せした。
「冗談で言っていいことと悪いことがあります」
「冗談じゃない。一緒に行こう。父上、母上、正式にフローラ嬢に許しを得ましたら、ご報告に参りますのでこれで失礼致します。息子の最後の恋を温かく見守ってくださればと願います」
氷の貴公子は、見たこともない真剣な眼差しで彼の両親に願った。
「よし、新聞は放置だ。このまま行こう」
満を持したような威厳を漂わせて国王が力強く断言した。周りの温度が一気に上がったような気がした。
私はくらっとくるのを感じたが、さりげなくそっとアルベルト王太子に支えられた。
「フローラ、あなたはこの息子を愛せるのか、それだけを考えればいい。余計な心配は無用だ。貴女の心に従えばいい。息子は最近成長した。私達は息子の判断を指示する」
国王は一気にそれだけを言い、私に柔らかな笑顔を向けた。王妃は黙って頷いただけだった。
私はアルベルト王太子に手を引かれて、王妃と国王の前から辞した。もちろん、諸々の礼儀作法は完璧だったと思うが、最後にアルベルト王太子に手を引かれて部屋から連れ出されたのには正直慌てた。
――国王と王妃に失礼じゃないでしょうか?
「アルベルト、がんばって!」
「頑張れ!」
王妃と国王の声が私たちの背中の後ろから追ってきて、私は飛び上がるほど驚いた。
今更ながら震えが止まらなくなった。
とんでもない事になった。
古物商からもらった時計はまだ腕にはめられていて、列車事故の前と後で人生が大きく変わり始めた。
――でも、決定的に変わったのは、クリス・オズボーンとの婚約破棄だけよ。フローラ、落ち着いて。氷の貴公子が本気で私を愛するはずがないんだから……。
だが、この後の出来事で私の心は揺れ動いたのだ。




