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ジャック期待しないで(2)

御者に「次はミラコット競馬場までお願い」と伝えると、大して贅沢でもない辻馬車の椅子に身を沈めた。ふかふかの椅子ではなく、平民が乗るような馬車だ。長時間乗り続ければ、きっとお尻が痛くなるだろう。


馬車の中で目を輝かせたシャーロットが私にこっそり耳打ちした。


「お嬢様、アルベルト王太子様と今日の午後お会いなさるのですか?」

「そのつもりよ」

「素敵!」


シャーロットは両手を握りしめて、うっとりとした表情になった。

「私、まだお見かけしたことがなくて……」

「そう?素敵な方よ」


私は何気なくそう言って、馬車の窓の外を見た。春の花が美しく咲き始めているのが見えた。


車椅子生活の人生が確定して、病棟に閉じ込められて眠ってばかりいたのは、ついさっきのことだ。

シャーロットは亡くなっていて、私のそばにはいなかった。温かいシャーロットの手を握り、私はキッパリと言った。



「あなたを守るから。私は決してあなたを死なせはしない」

「はいぃ?お嬢様?」


シャーロットは不思議そうな顔をした。私はシャーロットにささやいた。

「今日のおやつは何?あなた、今日も何か持ってきたでしょう?」

「あれぇ?バレました?うふふ……ここで食べてもいいんですか?」

「いいわよ」

 

シャーロットはメイド服の上にすぐさまハンカチを広げ、持ってきたバスケットから新鮮なイチゴを取り出した。


「お嬢様も食べます?」

「いただくわ」


春の麗らかな日差しを浴びながら走る馬車の窓を開けた。春の爽やかな風を浴びながら、私たちはイチゴを仲良く食べた。蒸気自動車があちこちを走っていたが、私は馬車が好きだった。

 

――アルベルト様にもうすぐ会える……。

 

胸の中に温かさが満ちる。さっきまで病室で一緒にいたのに、離れているとすぐに会いたくなっている。


あの冷たく光るブルーの瞳が、実は温かさを宿していることを私は知ったから。


車椅子生活になって泣く私に「おいで」と言って、5日ぶりに目覚めたばかりのアルベルト王太子はわざわざ体を起こして私を抱きしめて慰めてくれた。


クリスとは大違いだ。


――クリスなんかどうでもいい。アルベルト様にお会いしたいわ……。


私はなぜかアルベルト王太子を心の底から信頼している自分に気づいた。


――前世からのクリスとの因縁を断ち切るわ。

――列車事故の原因をアルベルト様と突き止めて見せるわ。621人もの人が亡くなって良いわけがないもの。


氷の貴公子は私の新たな希望の光になった。


――私も彼の魅力にひれ伏す、彼の魅力に参ったレディの一人になったのかしら?


――でも、フローラ、その思いは決して叶わないわよ。彼はいまだに隣国の皇太子の妃になった美しい令嬢のことを思い続けていて、心を奪われているのだから。


彫刻のような顔立ちでブロンドの髪の奥からブルーの瞳が輝く様を思った。じんわりとお腹が疼くような切ない思いに駆られたのは、気のせいだろうか。


――期待しちゃだめ。


春の日差しを浴びて走る馬車は、アルベルト王太子が来てくれるか分からない場所に向かって走って行ったのだ。



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