冷たい約束
黒崎の家系において、髪の白さは呪いであり、至高の祝福だ。
白ければ白いほど、その脳は神の領域に近づくと言われている。
兄上は黒に近い灰色だった。
けれど、僕と妹は、一族の歴史でも類を見ないほどの「純白」を冠して生まれた。
かつてない繁栄を約束された、双璧の天才。
この色が僕たちに与えられたのは、果たして幸運だったのだろうか。
2015年12月24日。
空は重く、降り積もる雪は音を奪っていく。
五歳の誕生日は、僕にとって「お祝い」ではなく、世界が壊れていく前奏曲だった。
玄関に、見慣れない大きなスーツケースが置かれている。
その隣に立つ兄・景光の目は、僕を見ていなかった。僕と同じ血が流れているはずなのに、彼の髪は濁った灰色のままだ。
僕がそこにいるだけで、彼は息苦しそうに肩を震わせ、何か目に見えない暴力に晒されているかのような顔をしていた。
「俺は出て行く、影野。俺……もうこの場所にいられない」
兄の言葉は、冷たい風となって僕の頬を叩いた。
彼は僕の「才能」を知っていた。五歳の弟が、自分には到底届かない場所にいることを悟っていた。兄にとって、僕は愛すべき家族ではなく、自分の価値を否定し続ける、忌まわしい怪物でしかなかったのだ。
「アメリカで勉強することにした。……それが一番だよな。お前も分かるだろ?」
問いかけ。けれど、そこには僕の答えを待つ余地などなかった。
僕はただ、背後にあるシャンデリアの光が、兄を照らしているのを見つめていた。その光はあまりにも明るすぎて、兄の足元にある影をいっそう黒く濃くしていた。
「分かっている」
僕は答えた。
僕の脳は、兄が逃げようとしていることを正確に弾き出した。引き止める言葉をいくつも並べ立てることはできた。けれど、そのどれもが兄をさらに壊すと分かっていた。
僕はドアノブを握りしめ、ただ一つ、自分への呪文のような約束を口にした。
「ただ……来年の同じ日、電話してくれ。ビデオ通話で。約束して」
兄は小さく頷き、逃げるように家を飛び出した。
開いたままのドアから入り込んだ雪が、玄関のタイルを濡らしていく。
「お兄ちゃん……」
声は、雪の中に溶けて消えた。
振り返れば、お父様とお母様は、氷の彫刻のように立ち尽くしている。
その時、僕の肩に、一つの「重み」が置かれた。
「坊ちゃん。……僕がいます」
暁の声だった。
彼の指先だけが、この冷え切った家の中で、唯一の体温を持っていた。
僕は彼の手を、折れそうなほど強く握り返した。
リビングには、僕のために飾られたツリーがある。
机の上には、僕のために用意されたケーキがある。
けれど、その赤と金の装飾は、今の僕にはひどく毒々しい、偽りの舞台装置にしか見えなかった。
僕は、お母様の悲痛な顔を見上げ、そして無理やりに口角を引き上げた。
心のどこかがパキ、と音を立ててひび割れるのを感じながら。
「大丈夫だよ、お母様。お父様。僕は平気。……ケーキ、食べよう?」
フォークを握る手が、かすかに震える。
甘いケーキを一口噛み締めるたびに、僕の中の「子供」が死んでいくような気がした。
代わりに生まれたのは、他人の期待に応え、平和を演じ、裏側で全てを制御しようとする、冷徹な思考の怪物。
兄は去った。
残されたのは、偽りの温もりと、隣に立つ暁という名の「影」だけ。
雪はまだ、静かに降り続いていた。




