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プロローグ

前書き


これは、一人の天才が怪物へと変わる物語。


黒崎影野――その名を知る者は多い。しかし、その名の裏にある真実を知る者はほとんどいない。冷徹で傲慢、全てを見通す知性を持ち、世界を意のままに操る存在。だが、その誕生の裏には、血に染まった過去があった。


影野が5歳の誕生日に経験した惨劇。最愛の人々を喪い、自らの手で地獄を創り出した夜。あの瞬間、彼はただの少年ではなくなった。


これは、復讐を誓い、全てを手にしながらも、決して癒えることのない傷を抱え続ける少年の物語である。


 

十年前、2015年12月24日、黒崎家の屋敷の中ーー


外では雪が静かに降り、家の中には温かさと緊張が入り混じっていた。黒崎 景光(くろさき かげみつ)はスーツケースを手に持ち、玄関に立っていた。黒崎 影野(くろさき かげの)はその姿を見つめ、枝形灯(シャンデリア)の光が白い髪に反射している。影野の後ろには両親が静かに立っており、(あかつき)も一歩後ろで静かに見守っている。


景光は影野に向き直り、目に不安と決意が入り混じった表情を浮かべていた。


景光(かげみつ):「俺は出て行く、影野。俺… もうこの場所にいられない。もう耐えられないんだ。」

景光は両親に一瞬視線を送るが、すぐに目を背け、影野の才能の重圧に耐えきれず、顔をそむけてた。

景光:「アメリカで勉強することにした。…それが一番だよな。お前も分かるだろ?」

影野はそこで無言で立っており、兄を見つめていたが、その目には怒りや苛立ちはなく、ただ静かな悲しみが宿っていた。そして、その背後には暁の姿があり、暁は静かに影野を見守り、彼の決断を理解しているかのように黙って立っている。


影野:「分かっている。ただ…来年の同じ日、電話してくれ。ビデオ通話で。()()して。」

景光はしばらくためらうが、頷き、ほんの少しだけ笑みを浮かべました。

景光:「うん、電話するよ。でも…俺にはこれが必要なんだ、影野。自分の道を見つけなきゃならない。」

景光は扉を開けて外に出て行き、黒崎家を後にした。

影野はその場に立ち、兄が夜の中に消えていくのを見つめていた。その後に訪れる静寂の重さは、これまで以上に深く感じられる。暁は一歩前に進み、影野の肩に手を置き、無言でその悲しみを共にする。


この瞬間、影野は何を感じているのだろうか?


黒崎家の玄関で、影野は小さな手でドアの枠をしっかりと握りしめて立っていた。目を大きく見開き、景光が外へと歩き去るのを見つめていた。彼の小さな頭は、兄が言った言葉を完全には理解していませんが、部屋に残された空虚さは、彼の心に強く響きた。

影野:「お兄ちゃん… なんで行っちゃうの?」

その声は小さく、不安定で、少し混乱したように聞こえた。しかし、誰も答える前に、影野は両親を見上げ、何か答えが返ってくるのを期待していた。しかし、両親から返ってくるのはただの静けさだけで、彼が感じるのはお腹の中で膨れ上がるような不安と、どうしようもない悲しみだけです。

その時、暁が静かに影野の横に立ち、無言で彼の肩に手を置きた。暁の目は、影野を見守る優しさと共に、影光の背中を見送っていました。暁の存在は、影野にとって安らぎのようであり、同時にその不安を少しでも和らげるための支えとなった。


彼らは何も言わずにその場に立ち尽くし、ただ静かに影野の悲しみを感じ取っている様子だった。その姿に、影野は何も言えず、ただ涙をこらえながら静かにその場に立ち続けた。

暁が彼の肩を軽く押して、静かに言葉をかけるかもしれない。


「坊ちゃん、貴方はひとりじゃありません。僕がいます。」


影野の両親は、何も言わずにただ彼を見守っていた。母親はわずかに肩を震わせるが、何も言わず、父親は一言も発さずに静かに立っていた。母親が一瞬涙をこらえようとしていることを、影野は感じ取ることができた。しかし、彼の小さな心はその理由を理解することができず、両親の目に映るのは、悲しみの中にも強さを見せようとする姿だけだった。

影野は、しばらくそのまま立ち尽くしてから、最終的に小さな足を引きずるようにしてリビングに戻っていた、暁は何も言わず、ただ静かに着いでいただけだった。影野のその小さな体は、心の中で感じているものを消化できずに戸惑っているかのようだった。彼はただ無意識に、静かに自分の部屋へ向かって歩き出したが、そこで何をすればいいのか、どう感じていいのかが分からないままでいた。


その時、暁は手を差し伸べでいた、影野は苦笑しながら涙を拭き、その手を取った。


両親は無言で視線を交わし、影野の小さな目に宿る悲しみを感じ取っていた。彼が完全に状況を理解していなくても、その瞳には深い哀しみが見て取れた。やがて、暁は優しく彼の手を引いてリビングへと誘導した。両親も影野のそばを離れず、彼の背中にそっと手を添えながら一緒に歩いていった。

部屋の中にはクリスマスの装飾と、ソフトな光が灯ったツリーがあり、温かな雰囲気が広がっていた。まるでお祝いのような部屋には、赤いリボンと金色のオーナメントがツリーを飾り、フレッシュな松の香りが空気を満たしていた。大きな誕生日ケーキがテーブルに置かれ、揺れるろうそくの光が、雪のようにケーキのアイシングをきらきらと照らしていた。部屋は影野のために飾られたものだったが、彼の心は今、祝いの気分にはなれなかった。

白崎 光(しらさき ひかる)(影野の母)は優しく微笑みながら、彼の目線に合わせてひざまずいた。そして、そっと影野の白い髪を耳の後ろにかき分けながら、彼に語りかけた。

光:「影野、見てごらん。美しいツリーだね…今日はあなたの特別な日だよ。お祝いしようね?」

彼女はケーキに手を添え、ろうそくに火を灯した。その火の揺らめきが、彼女の顔に温かな光を投げかけた。光は影野を椅子に座らせ、励ますように微笑んだ。

黒崎 影(くろさき かげ)(影野の父)は、心配そうに言った。

影:「心配しないで、影野。お前は一人じゃないよ。私たちはここにいるから。」

彼は慎重に、小さな皿に載せたケーキを影野の前に置き、息子にもう一度喜びを取り戻させようと試みた。しかし、その試みがうまくいくかどうかは分からなかった。

影野はケーキをじっと見つめていたが、目は再びドアの方へと向かい、景光が去った場所を見つめ続け。静けさの中で、彼の小さな声がその静寂を破った。

影野:「明日、お兄ちゃんと電話したい… 明日、帰ってくるの?」

両親はその言葉を聞いて、胸が痛む思いで見守った。光は穏やかに、影を引き寄せて抱きしめようとしたが、影野の心の中で起きている深い悲しみを、どう言葉で慰めていいのか分からなかった。

そんな中、暁は静かに影野の隣に座り、彼の小さな手をそっと包み込んだ。その目には、影野の悲しみを理解しているような、静かな優しさが宿っていた。

暁:「坊ちゃん…大丈夫。僕がいる。」

彼の声は優しく、しかしどこか確固たる決意が込められていた。影野の心の中に渦巻く感情は整理できなかったが、暁の手の温もりだけが、今は唯一確かなもののように感じられた。


両親はどんな言葉をかけるのだろうか?そして、影野は今、何を感じていたのだろうか?


ーーー


影野は、まだ幼い年齢ながら、景光が家を出た理由が恐れと嫉妬から来ていることを理解していた。しかし、両親の心配そうな目を感じ取ると、彼は無理にでも強がって見せようと決意した。彼らには、自分の傷ついた気持ちを見せたくなかった。


ケーキをちらりと見てから、両親に目を向け、影野は小さな笑顔を作った。その笑顔は目に届くほどではなかったが、少なくとも一瞬、両親を安心させるには十分なものだった。


影野:「大丈夫だよ、お母様、お父様。僕は平気。」


彼はフォークを手に取り、ケーキに刺して小さな一口を慎重に口に運んだ。その動きは、彼が両親だけでなく、自分自身にも納得させようとするかのように、わざとらしく、そして慎重だった。


影野:「ケーキ食べよう。僕の誕生日だもん。」


その声は静かで、少しだけ頼りない響きを持っていたが、両親はその違和感に気づかなかった。彼らは温かい笑顔を浮かべ、影野が強くあろうとする姿にほっとしながらも、背後に隠された静かな悲しみに気づいていた。


光:「そうね、影野。あなたは本当に強い子だわ。」


彼女は目の端に浮かぶ涙を素早く拭いながら、彼がこれほどまでに大人びて見えることに、胸が痛む思いを抱いた。彼がこんなに小さいのに、こんなにも我慢していることに。


影:「お前のことを誇りに思ってるよ、影野。今夜は一緒に楽しもう、ね?」


その言葉に、部屋には穏やかな笑い声が響いた。ろうそくの光が温かく揺れ、影野の心に少しだけ安らぎをもたらすように思えた。しかし、影野は静かに座っているとき、目がドアの方にちらりと向けられることが何度もあった。まるで景光が戻ってくる瞬間を期待しているかのように。


そんな影野の様子を、暁は黙って見つめていた。彼は影野の隣に座り、そっとその手を握る。


暁:「坊ちゃん、無理しなくていいんだよ。」


彼の声は優しく、静かに響いた。その言葉に、影野は一瞬、揺らいだように見えたが、すぐに小さく微笑んでみせた。


夜が進む中、影野は自分の気持ちを押し殺し続けるのだろうか、それとも彼が心の中に築いた壁が少しずつ崩れていくのだろうか?


ーーー


景光が家を出てから数日が経ち、クリスマスの華やかな雰囲気は静かな、残り香のような悲しみに変わっていた。リビングにはまだ飾り付けが施されていたが、もはやその温かさは感じられなかった。影野は、兄の不在に慣れ、年齢を超えた成熟した様子で家の中を歩いていた。


今日は2015年12月28日。景光の存在がない家は、いつにも増して静かに感じられた。影野は窓のそばに座り、柔らかな光がカーテン越しに差し込む中、純白の髪が輝いていた。彼は静かに外の雪が降るのを見つめ、小さな手で冷たいガラスを押さえつけていた。まるで何か、あるいは誰かが帰ってくるのを待っているかのように。


暁は影野のそばにいた。彼は静かに影野を見つめ、そっと隣に腰を下ろした。暁の存在はいつも影野のそばにあり、彼の寂しさを和らげるかのようだった。


両親は別の部屋で日常の仕事に忙しくしていた。影野は一人、思いにふけっていた。


影野:「帰ってこないんだね。」


彼は自分にそう囁いたが、すでにその答えを知っていた。影野の若い心は現実を受け入れていたが、その理由を完全には理解していなかった。しかし、それでも彼は待っていた。たとえ心の奥でだけでも、兄の帰りを、ただ一度でもいいから、期待していた。


影野の視線は壁際の小さな机に移った。そこに置かれた電話と、その隣に空いているスペース、ビデオ通話があったかもしれない場所を見つめる。彼の小さな指は、思わず拳を握りしめた。


暁はそんな影野の様子をじっと見つめ、静かに口を開いた。


暁:「坊ちゃん…」


優しい声が静寂を破ったが、影野は応えなかった。ただ、じっと机を見つめたままだった。


来年の誕生日、景光は約束を守って電話をくれるのだろうか。それとも、二人の距離は広がりすぎてしまうのだろうか。


影野はこの12月28日をどう過ごすのか?この静かな時間に何か重要な出来事はあるのだろうか?


この日は、大事な日だったーー


空気はいつもと違って感じられた。どこかに新しい、何か新鮮なものがあるようだった。それは白の初めての誕生日であり、景光の不在が家に重くのしかかっていたものの、今日は彼女のための日だった。家の中はいつもより静かだったが、影野の両親が赤ちゃんの娘を祝う準備をしているその空気には、どこか温かさが漂っていた。


リビングには小さなケーキがテーブルに置かれ、柔らかなパステルカラーで飾られていた。1歳のキャンドルが灯されるのを待ちながら、白は無邪気に手を伸ばしていた。光が優しく白を抱き上げ、微笑みながら彼女の頬を撫でる。


光:「お誕生日おめでとう、私のかわいい(しろ)…」


白はまだ何もわからないまま、楽しげに笑い声を上げ、その音が部屋の静けさを一瞬だけ和らげた。その様子を影野はドアの前でじっと見つめていた。腕を組み、少し迷うような素振りを見せたが、やがてゆっくりと前に進んだ。


影野:「お誕生日おめでとう、白。」


その言葉は小さく、少し照れくさそうだったが、彼の声には確かな優しさが込められていた。白を見つめる彼の目には、愛情とともに、何かもっと深い感情――守らなければならないという本能的な思いが宿っていた。


そんな影野の様子を、少し離れた場所で静かに見守る存在があった。暁だった。彼は壁にもたれかかりながら、影野の横顔をじっと観察していた。


暁:「坊ちゃんがこういう顔をするのは珍しいね。」


彼の言葉は冗談めいていたが、その声にはどこか柔らかな響きがあった。影野はちらりと暁を見やるが、特に何も言わずに再び白の方へと視線を戻した。


影:「影野も成長してるんだな。」


影野は黙っていたが、その拳が無意識に少しだけ握りしめられていた。白を守らなければならない、そう思う気持ちがますます強くなるのを感じながら――。


今日は白の生まれる日だった。静かな祝福の中で、特別な出来事は何も起こらなかった。少なくとも、その時はまだ訪れていなかった。若い影野は、肩にのしかかる責任の重さを感じながらも、妹を静かに見守っていた。両親は赤ちゃんの幸せそうな笑顔を見守っていたが、その一瞬、影野は普通の一日が過ぎることを許し、ほんの少しだけ、平穏な気持ちを感じていた。


時間は静かに過ぎていった。影野は白の世話をしながら、小さな玩具を渡したり、泣き声を笑顔に変えたりしていた。彼の幼い心は、世界が変わりつつあることを感じていたが、それでも妹が必要としているのは自分なのだと理解していた。白はまだそのことを知らなかったが、影野の中には確かに使命感が根付いていた。


夜が近づき、日が沈み始める頃、影野は両親と共に座っていた。しかし、その目はふと遠くを見つめていた。頭の中には、兄が残した約束が浮かんでいた。ビデオ通話をすると言った約束。景光は、それを果たすのだろうか――?


そんな影野の様子を、少し離れた場所から暁が見ていた。彼は壁にもたれかかり、影野の横顔を眺めながら、小さく息を吐いた。


暁:「…今日は静かだね。坊ちゃんが少しでも穏やかに過ごせているなら、それでいいんだけど。」


影野はその声にちらりと視線を向けたが、何も言わなかった。ただ、わずかに口元を引き締め、再び白に視線を戻した。


明日はまた新しい一日がやってくる。そして、自分の誕生日が近づいていた。それは、兄の約束の答えに近づく日でもあるのかもしれない――。


ーーー


影野は、4歳にしてすでに並外れた才能を持っていた。難解な数学の問題を解いたり、複雑なコンピューターシステムを作成したりする能力は、同年代の子供たちを遥かに超えていた。他の子供たちが文字を覚えたり遊んだりしている間、影野はすでに大人たちの多くを凌駕する知能を備えていた。家庭内ではその才能に対して静かな敬意が払われていたが、両親は彼に過度な期待をかけることなく、慎重に接していた。


白の誕生日。家族が祝う中、影野はひとり静かに自分のプロジェクトに没頭していた。家の隅でおもちゃや廃品を使い、年齢に不相応な高度なものを作り上げていた。小さなロボットや、誰にも理解できないような複雑なパズルを組み立てていたかもしれない。


影野は部屋の隅に座り、小さな指を使って機械部品や配線を巧みに操作していた。周りでは誕生日の祝賀が行われていたが、彼の思考はそれとは別の場所に向いていた。目の前の作業に集中し、鋭い目が部品を素早く繋ぎ合わせていく。その小さな手の中で、すでに大人でも扱えないような複雑な機械が形を成し始めていた。


そんな影野の様子を、暁は少し離れた場所からじっと見ていた。リビングの明るい空間とは対照的に、影野のいる隅は静かだった。暁はふと小さく微笑み、静かに近づいた。


暁:「坊ちゃん、何を作っているの?」


影野は一瞬手を止め、ちらりと暁を見た。


影野は笑いながら言った:「これか?ロボットだよ。 君には理解出来ないかもしれないけど…」


そう言いながらも、手元の作業を再開する。その様子に、暁は肩をすくめながらも、興味深そうに覗き込んだ。


暁:「君の作るものなら、きっとすごいんだろうね。でも、そんなところにこもっていていいの?今日は白ちゃんの誕生日だよ。」


影野は一瞬、遠くで楽しそうに笑う白の声を聞きながら、目の前の機械に視線を戻した。


影野:「……今はこれを完成させたい。」


彼にとって、家族の愛や心配は心地よいものだった。しかし、自分が他の人たちとは違う存在であることを、彼は深く理解していた。周囲の人々はその違いを完全には分かっていなかった。


彼の作り上げたものを両親に見せるべきなのか、それとも今はまだ自分だけのものとして隠しておくべきなのか――影野は少しだけ迷っていた。


影野は、静かな孤立を感じつつも、自分の作ったものを両親に見せる決意を固めていた。小さな手で慎重に完成した作品をテーブルの上に置く――それは非常に複雑で精巧なロボットだった。その小さな機械は、静かな音を立てながら、定期的に点滅するライトとともに、驚くべき精度で動いていた。まだ幼い子供が作ったとは思えないほどの完成度だった。


影野は、少し乱れた純白の髪をかき上げながら、両親の反応を見守った。


「作った。」


その声は静かだったが、誇りを感じさせた。唇には満足げな微笑みが浮かんでいた。白崎光と黒崎景は、目の前の小さなロボットを見て驚きの表情を浮かべた。影野の天才的な能力は常に知っていたが、これほど精巧なものを目の当たりにするたび、毎回驚かされていた。


「影野…これ、すごいわ。自分で作ったの?」


光は目を大きく見開きながら、ロボットに近づいていった。そっと手を伸ばし、驚くべき精度で動くその機械を見つめる。ロボットは小さな物を持ち上げたり、精密に移動したりしていた。


「これは、君の年齢では考えられないほどだ、影野。」


景の声には、誇りとともに、わずかな不安も混じっていた。息子の能力を誇りに思う一方で、その知性がどこまで成長するのか、またその能力が影響を与える世界に対して、どう守るべきかを心配している自分がいた。


その様子を、暁は静かに見つめていた。影野の才能を誰よりも近くで知っている彼でさえも、目の前の光景には圧倒されていた。


「坊ちゃん、本当にすごいね。」


暁は少し微笑みながら、テーブルのロボットを眺めた。影野の表情は冷静だったが、瞳の奥には静かな誇りが宿っていた。彼は賞賛を求めているわけではなかったが、両親からの承認の言葉が、自分が見られていると感じる瞬間を与えてくれる。それだけで、十分だった。


ーーー


そして、時間が経ち、2016年12月24日、影野の5歳の誕生日ーー全ての始まりの日だった。


影野の誕生日は、喜びに満ちた日であるはずだった。それなのに、家の中には重苦しい沈黙が漂っていた。家はいつも通り飾り付けられ、クリスマスのライトがきらきらと点滅し、小さな誕生日ケーキがテーブルの上に置かれていた。両親は例年と変わらず熱心に祝おうとしていたが、今年はどこかが違った。その違和感は深く、言葉にできないほどの空虚感を伴っていた。


影光が約束していた通りにビデオ通話をしてこなかったこと――それが影野の心に静かに、しかし確かに重くのしかかっていた。


影野はその傷を見せようとはしなかった。この1年で、感情を抑え込む術を学んだ彼は、静かな仮面を顔に貼りつけていた。純白の髪がケーキのキャンドルの柔らかな光を反射し、彼の顔は冷静そのものに見えた。しかし、心の中では兄の不在に対する痛みが静かに広がっていた。


両親は、影野の誕生日を変わらぬ熱意で祝っていた。しかし、その空気にはどこかしら緊張感が漂い、何かが違うという感覚が消えなかった。影野は部屋の隅でそれを見守りながら、小さな手を重ねていた。頭の中ではさまざまな思考が交錯し、その重さが彼の心にのしかかっていた。


「やっぱり…お兄ちゃんは忘れてたんだね…」


そう、誰にともなく呟いたその言葉は、ほんの少し震えていた。彼はケータイを一瞥した。画面は暗いままで、音もなくそこに置かれていた。痛みは心の奥で広がっていくが、それを外に出すことはなかった。今日は、誕生日だから。


そんな影野の様子を、暁は黙って見守っていた。普段と変わらぬように振る舞おうとする影野の姿を、彼は見逃していなかった。影野が兄からの連絡を待っていたこと、そしてそれが叶わなかったことを、暁は痛いほど理解していた。しかし、彼は何も言わなかった。影野が何を考えているのか、何を感じているのか、それを言葉で問うことは、今の彼にはできなかった。


夕方が進むにつれ、表面上は何も変わらないように見えた。けれど、影野の心の奥底では、何かが動き始めていた。それが何かはまだ分からなかったが、確かに、何かが近づいてきている――そんな予感がしていた。


父の言葉は、いつも通り慎重で穏やかだったはずなのに、今日はあまりにも頼りなく感じた。母の温かさは、影野の心に覆いかぶさる盾のように感じられた。しかし、その盾も、どこかで自分を守れなくなる時が来ることを、影野は知っていた。


それでも、影野は完璧な息子であり、兄として振る舞おうとした。痛みを押し殺し、静かな微笑みを浮かべながら、祝福の言葉を受け入れた。暁はそんな影野の姿を見つめながら、彼の隣にそっと寄り添った。


影野は、この日の誕生日をどう過ごしたのだろうか――彼は、祝福の中でも心を閉ざし、ただ思考の中に沈み込んでいたのかもしれない。あるいは、最後のひとときだけでも、家族の温もりを感じようとしていたのかもしれない。


しかし、この平穏な時間が、長くは続かないことを、彼はまだ知らなかった。


影野は、すべてが完璧にうまくいっているかのように振る舞っていた。いつも通り、両親に笑顔を見せ、白が無邪気に笑っている世界に参加し、誕生日のお祝いにも陽気な仮面をかぶって加わった。ケーキのろうそくを吹き消し、今日は何事もない普通の日であるかのように振る舞っていたが、心の中では静かな嵐が彼の思考を渦巻いていた。


両親は、影野が抱えている感情の重さに気づくことなく、彼とのお祝いを続けていた。彼らの喜びは、影野が感じている不安の対照的な存在だった。それでも影野は、それを表に出さなかった。


「白、ケーキ食べよう。おいしそうだね。」


彼の声は軽やかで、遊び心に満ちていた。ケーキを一切れ取り、まだ小さな妹に渡す。白は楽しそうにケーキを口に運び、手をべたべたにしながら初めての一口を食べる。その姿をじっと見つめる影野の視線が、ふと部屋の隅にある電話へと移る。しかし、そこに影光からの電話はなかった。


暁は、その瞬間を見逃してはいなかった。影野が電話を一瞥し、ほんのわずかに表情を曇らせたことに気づいていた。しかし、影野は何もなかったかのように振る舞い続ける。暁もまた、何も言わずにその隣にいた。


その夜はこんな風に過ぎていった――家族のお祝い、銀の食器が鳴る音、笑い声が響き、背後で暖炉の静かな音が続く。すべてがいつも通りであるかのように感じられた。しかし、その下では、影野はこの壊れやすい平和が崩れる前触れを感じ取っていた。


それでも、彼はそれを表に出さなかった。笑顔を作り、何も変わらないように振る舞い続けた。だが、心の中ではすでに何かが崩れ始めていることを感じていた。


夜が更け、影野はふと、かすかな足音を聞いた。それはドアに近づいてくる音だった。両親には聞こえないほどの微かな音。しかし、影野の耳にははっきりと届いていた。彼は依然として、すべてが正常であるかのように振る舞いながら、妹と両親に目を向け続けた。


しかし――


彼の心の奥深くで、世界が永遠に変わる瞬間が近づいていることを、彼は知っていた。


影野は、その変化を感じ取っていたのだろうか。それとも、まだ「普通」であるという幻想にしがみついていたのだろうか。やがて襲いかかる嵐に、彼はまだ気づいていなかったのだろうか。


ーーー


嵐が来たー

そして、時計の針が午後11時を指し、静かな夜の平和が破られ、リビングから不穏な音が微かに聞こえてくる。影野は眠りの中でわずかに体を動かし、その鋭い感覚が何かがおかしいことを感じ取る。理由はわからないが、その不安定な音は、何か重要なものだと彼の直感が告げていた。かつて平穏で親しみのある家の雰囲気が、今では奇妙で異質に感じられる。


恐怖が忍び寄ってきても、影野はそれを表には出さない。静かにベッドから抜け出し、手にはお気に入りのぬいぐるみ—小さなクマのぬいぐるみを握りしめる。それは影野が覚えている限り、ずっと一緒に過ごしてきたものだった。ぬいぐるみの柔らかな生地が木の床にかすかに擦れる音を立てながら、彼は音の元へと向かう。


影野:「多分、猫の音だろう…」


自分に言い聞かせるように、小さく囁きながら、すべてが大丈夫だと自分を納得させようとする。しかし、深層では本能がそれを許さない。彼の動きは慎重でありながらも確実で、廊下を進むその小さな足音は、柔らかなカーペットの上ではまるで音を立てない。


リビングに近づくと、音がより鮮明になる— かすかな声、家具のきしむ音、そしてさらに不穏なものが…もっと、恐ろしい何かが。影野はしばらくその場で立ち止まり、耳を澄ます。心臓が早鐘のように打つが、彼の顔には動揺が見えない。


次に影野はどうするのだろうか?リビングに進むのか、それともためらってもっと情報を得るまで待つのだろうか?



後書き


黒崎影野の物語は、単なる天才の成功譚ではない。彼はすべてを持ちながら、決して満たされることのない虚無を抱え続ける存在だ。


彼を怪物に変えたのは、運命か、それとも自らの選択か。


10年の時を経ても、影野の心はあの日から止まったままだった。彼が築いた帝国の頂点でさえ、その空虚を埋めることはできない。酒と煙草、薬物に溺れても、夢の中で繰り返されるのは、血に濡れたあの夜の記憶。


それでも彼は歩みを止めない。たとえ破滅の果てに待つものが何であろうとも。


この物語を通じて、影野という存在の孤独と狂気、そして彼が手にしたものの代償を感じ取っていただけたなら幸いだ。

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