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どうかな?

 沈黙を破った(はる)、の声が耳に届く。


「……あのさ」

「ん? なぁに?」


 胡桃が見上げると、悠の視線も落ちてきた。視線が絡み、ゆっくりとひと呼吸置かれる。


 

「今週末。良かったら、出かけない? ……ふたりで」



 『ふたりで』 を少し強調された。悠は、胡桃の返事を待たずに視線を逸らした。

 胡桃の声が、弾むようになる。

 


「えっ! うん! もちろん!」

「どこに行きたい?」



 ほっとしたような顔で悠は、胡桃の顔に視線を落とした。悠の黒の瞳が、胡桃を吸い込んでしまいそうだ。



 胡桃は少し上を見て、顎に手を添えながら考える。男性とどこかへに出かけるなんて初めてのこと。

 どこが無難で、お互い楽しめるのか考えてもなかなか答えに辿り着けない。



 うんうん、悩んでいるうちに駅にたどり着いてしまった。次の電車まで、数分。



「悠くんは、どこか行きたいところある?」



(悩んでいたのを見れば分かると思うけど! 決して出かけるのが嫌なのではない! と声を大にきて言いたいよ)



 胡桃の念じた思いが伝わったのか、悠がケラケラと笑い出す。大きな口を開けていて、明るい笑い声が聞こえてくる。


「ははっ。ごめんごめん! 悩ませちゃったね! 俺は、どこでも楽しいから。じゃあ、お互い検索して案を出そうか!」

「うん!」


 


 そうして、心待ちな週末の予定が出来た。

 


 ****



 その晩。ピロンッとスマホが音を立てた。



 ――胡桃ちゃん、今日はありがとう!

 

 

 悠から、安定の短い文章が送られてくる。さらに、猫の踊るスタンプを添えて送られてきた。

 胡桃は、今までスタンプを使っているところを見たことがなかった。



(少しは、打ち解けた……ということかな?)



 胡桃の心は、そんな小さな変化で少し浮つく。その画面を見つめ、胡桃は笑みをもらした。



 ――こちらこそ、ありがとう!



 そう打ち込んで、少し悩んだ。

 これだけよりは、自分もお気に入りのスタンプを送るか。それとも、今週末の話に繋げるべきかと。



 一つの返信で、こんなに頭を捻らすのは初めてのことだった。

 あまり長い時間そのままにするわけにもいかず、少し勢いをつけて返信を送った。




 ――今週末、すごく楽しみ!



 指で紡いだ言葉が、相手に想いを乗せて伝えるというのはドキドキするものだ。

 送ってすぐに既読が付くだけで、ぴょんっと跳ねてしまう。



 目をギュッと瞑って、返信が来るのを待った。浅く呼吸をして、ドキドキとする胸を落ち着かせる。



 再度、自分のスマホが音を鳴らした。可愛らしい連絡音に、肩を揺らす。



 ――俺も、楽しみだよ!




 あの柔らかな雰囲気を思い出しながら、文字を悠の声で脳内再生する。

 その声が頭の中で反芻し、耐えられなくて自分のベッドにダイブした。

 

 

(私も〜!!)


 

 結局、無難な水族館へ行くことになった。



 ****


 当日は、朝10時にいつもと同じ電車内で待ち合わせ。いつもの電車に乗っているのに、私服というなんとも不思議な感覚だ。




 電車で約一時間揺られて、水族館に到着する。休日なのに割と空いている車内。隣に座った(はる)の肩が触れる。

 伝わるその温度感に、心拍音が大きくなっていく。




「今から行く水族館、いったことある?」

「幼い頃に一回行ったことがあったかなぁ。でも覚えてなくて!」

「そっか、一緒だ」



 ふわりと笑う悠の笑顔が、眩しくてキラキラとして見えた。胡桃は、雫と一緒に選んだ黄色のワンピースをギュッと握った。

 今なら文字で打てなかった言葉を言える気がして。意を決して言ってみる。

 


「すごく楽しみにしてて!」


 悠は少し目を開いて、驚く顔をした。そしてすぐに、目を細めて笑顔になる。



「それは、嬉しいなぁ」



 お互いに前を見たまま、揺れる電車に身を任せる。地下に潜って、暗くなった窓ガラスに並ぶ自分たちをふたりは見つめる。

 ガラス越しに目が合う。



 


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