地元LOVE
「……こんな夜分に、お客ですか?」
声がしたのでミドリは私の陰でスッと姿を消す。
そこにいたのは、今の私より少し年上そうな青年だった。魔族特有の入れ墨が首元に入っている。
切れ長の目をした整った顔立ちだが、表情が柔らかいため印象は温かみを帯びている。
「まだやってる?」
「ええ、大丈夫ですよ。それにしても、そちらからいらした方は初めてです」
彼は柔らかく微笑むと、私の出てきた草むらを見やる。
「本来ならどこから訪れるものなの?」
彼は別な方角を指差す。なるほど、道がある。
「どおりで。おかげでトゥルブから丸一日掛かっちゃったよ」
すると彼は目を見開いた。
「1日で?普通、3日は掛かるのですが随分近道されたのですね。お急ぎですか?」
……えぇ?またこのパターンか。急ぐ気なんてまったくないんですけど?
「いいや、まったく?それでココ、何屋なの?」
「……知らずに来られたのですね?ココは湯治場ですよ」
「温泉宿じゃないんだ?」
「宿はこの先ですね。我々の集落にあります。温泉目的……ではない、ですよね?旅の途中ですか?商人には見えませんが」
「うんにゃ、目的地はココの集落さ。観光だよ、お酒を飲みに来た」
彼は意外そうに目をしばたかせる。
「どうかした?」
「いえ、交易や温泉以外でいらっしゃる方は本当に珍しくて。あ、そうだ。少し待ってて貰えますか?もうすぐお店が終わるので、良ければ集落をご案内しましょう」
「いや、方向さえ教えてくれればいいよ。どっち?」
彼は手を止めてこちらを振り向く。そして苦笑いを浮かべる。
「フフ、やはりせっかちなんですね?残念です。集落はアチラですよ。では、ご縁があればまた」
「ああ、縁があれば。道、教えてくれてありがとね」
「どういたしまして」
彼はにこやかに手を振って送り出してくれた。
彼が指し示した方に歩いていくと、山道には違いなかったが今度は道があった。
もう暗くなった中、道を登っていくとやがて灯りが見え、集落に着いた。
簡易な木の柵で囲まれている。入り口には、門番らしき男が一人立っていた。
「おっと!?嬢ちゃん、こんな夜遅くに一人で来たのかい!?」
「うん、まあ。入って大丈夫?手続きいる?」
「いや、このまま入って大丈夫だが……目的を聞いてもいいか?」
「観光かな?旨い酒があるって聞いたんだ」
男はニヤリと笑う。
「ほう、嬢ちゃん、良い趣味してるな?だが、平気かね?ココの酒は随分強いぞ?」
「それは楽しみだ。オススメの居酒屋はどこ?」
「店は一つだけだ。この通りを真っすぐ行けばすぐ分かる。宿も兼ねてるからそのまま泊まるとイイ。どうせガラガラだ、喜ばれるだろうよ」
「そっか、ありがとうおっちゃん」
「おう、精々お金を落としていってくれよ?」
「あはは、頑張るよ」
私は久方ぶりに魔族の集落に踏み入った。
もう夜も更けているので辺りはすっかり静かだ。通りを歩いている人間もいない。
だが、一軒だけ煌々と灯りが漏れて人の笑い声が聞こえてくる建物がある。
あれが居酒屋だろう。私は躊躇うことなくドアを開ける。
「はい、いらっしゃい!……おや、見ない顔だね?何にする?」
中年の女性が店を切り盛りしていた。
「簡単につまめるものと、それとここの地酒を」
「酒精強いけど大丈夫かい?」
「いいよ」
「あいよ。少し待っててね」
おねーさんは客をほったらかして厨房に入る。
「嬢ちゃん、この集落には商いかい?」
そのおねーさんと話してた男性客が今度は私に話しかけてきた。
「うんにゃ、観光」
するとその男性客は面食らった顔をする。
「ここの人、私を見ると毎回それ聞くんだよね。そんな珍しい?」
「そりゃ珍しいさね。はい、お待ち」
おねーさんは、私の前のテーブルにコトリと木のカップと湯気の立った肉と野菜を炒めた料理を置く。
「お、ありがとう」
「秋頃ならともかく、もうこれから冬だろ?雪が積もり出すと難儀だからね、この時期誰も寄り付きやしないのさ。
しかもだいたいむさ苦しい男どもばかりさ、可愛い女の子が一人でだなんて、私は一度も聞いた事ないね。
嬢ちゃん、今夜の宿は?泊ってくでいいのかい?」
「うん、お願い」
「分かったよ。まあ、何もないトコだけど、ゆっくりしてってよね」
私はゆっくりと首を横に振ると、両手で木のカップを包む。
「コレを飲みに来たんだ。コレがあるだけで私には十分だよ」
「よし、その一杯はおっちゃんが奢ってやろう。ここの酒はうまいぞ?」
「お。おっちゃん気前いいね!ありがとう」
私はカップに顔を近づけ匂いを嗅ぎ、クイッと一口、喉に流し込んだ。
「……うん、美味しい」
「口に合ったようで良かった。ゆっくりしておゆき」
「ああ」
……70年掛かっちゃったなぁ。結局ウェイブの屋敷、(元)モヨコが吹き飛ばしちゃって酒残らなかったんだもんなぁ。
勿体ない勿体ない。
「……ねえ、おねーさん。このお酒って、ずっと昔からこの味なの?」
彼女はケラケラと笑う。
「もうおねーさん、なんて呼ばれる歳でもないさね。名前はシミュラだけど、ここではおかみで通ってるよ。
味は……どうかね、良し悪しはあるにせよ、作り方はずっと変わってないハズだよ」
「そっか……そっか」
も一度カップを傾ける。口の中に広がる香り、喉の奥を焼く感触、心地好いね。
「お嬢ちゃん、本物なんだね?」
「え?」
「顔、緩んでるよ?」
私は顔をペタペタと触る。そっかなー?
「ま、美味しいからね。仕方ない」
「そうさね、旨いのなら仕方ない」
だからね、認めよう。
あなたの言ってた事は本当だった。あなたの土地の酒は確かに美味しかった。
未だに気に食わないけどさ。言ってた事は本当だった。




