偽史
「ねえ、ミィ?私だよ?ビィだよ?どうしたの?なんでそんな目で見るの?」
そんな私の声には一切反応せずにただひたすら私を睨んでいた。
アカリが悲し気に首を横に振る。
ミィがこちらに手をかざすと闇が彼女から伸びてきた。
それをアカリが光を放って弾き返す。
「っ!……あ」
それが目くらましになり一瞬彼女から目を離してしまう。その隙を突いたミィは部屋から飛び出していった。
「待って!」
と、彼女を追いかけようとしたところ、たくさんの足音が聞こえてきた。
「!アカリ、隠れて」
数名の騎士が部屋になだれ込み、部屋を見まわしている。
「なんだ、この部屋は?」
騎士の一人にそう聞かれた。
「それに今部屋から飛び出した黒いモヤモヤしたものはなんだ?魔物か?」
「……わかりません。この部屋に入ったら突然飛び出して行きました。
どちらに向かったか分かりますか?」
別の騎士がそれに答えた。
「どうでしょう?屋敷の外に出たようですが」
「……そうですか」
「おい、勝手に答えるな。それより女。お前は誰だ?我々も存在すら知らなかったこの部屋で何をしていた?
この魔法陣は何のためのものだ?答えよ」
部屋の中を検分していた他の騎士が更に言った。
「隊長、見てください!『魔操のオルゴール』です!既に発動しています!」
その騎士は魔法陣の中央に置かれていた小さな箱を指差した。ほんのりと赤黒い光が鳴動している。
「っ!?女、なんてことをしてくれた!この街を滅ぼす気か!停め方は!」
「壊せば停まります。ただ、一度呼ばれた魔物は止まりません。それに私が発動させた訳じゃ……」
私を問い詰めていた騎士は剣を抜くと、オルゴールを真っ二つに切り裂いた。
「魔法陣や動機は後で聞く。クーデターとの関連も合わせてな?だが今は何より時間が惜しい。
おい、一人はこのことを領主様にお伝えせよ。一人はこの女を牢に連れていけ。荷物は取り上げて、そのまま見張っておくように。
残りは魔物を迎え撃つ準備を!いいか、我々でこの街を守るのだ!」
後ろで手を縛られると、荷物を取り上げられた私は牢屋にぶち込まれた。
「お隣りさん、この短い間に何やらかしたんです?」
「私は無実だー」
「はっはっは、それは後世の人が判断することです」
「責任放棄じゃねーか、歴史家。少しは自分の頭で判断しろよ?」
私はしばらく牢屋の鉄格子にしがみついて、無実ごっこに興じていたがそれにも飽きてきた。
「少し静かにしてください、ビィさん。……お二人はお知合いですか?」
私の荷物を検分していた見張りの若い騎士が、私の冒険者カードを持ちながら赤い顔をして私に注意する。
机の上には私の荷物が拡げられている。その中には当然私の下着も数着分あった。
いやー、昨日洗濯したばかりなのが幸いしたよ。いや、捕まった時点で不幸なのか。
「さっき、少し話す機会があってね。ああ、大丈夫だよ。昨日洗濯したばかりだから全部清潔だよ?」
はぁっと若い騎士はますます恥ずかしがって委縮した。その様子を見て歴史家はやれやれと嘆いた。
「若き淑女の発言とは到底思えませんな?」
「淑女じゃなくて冒険者なものでね。……ねえ、領主様たちは?」
「あなたが来る少し前に上がっていかれました。さて、では、折角時間が出来たのです。
意外と早い機会の訪れでしたが、ゆっくりこれまでの事を教えて貰えますか?約束だったはずです」
「ああ、もちろんいいさ。暇つぶしも兼ねて。でも時間は……あるのかないのか分からないかな?」
「?それはどういう?」
「聞けば分かるよ」
私はこの街にやってきたことを歴史家サクジに伝えた。もちろん、聖女の事や精霊のことなどはボカしてだが。
ああ、洗脳が解けたのは魔法ではなく強い痛みなどの衝撃で解けた事にしてある。
「なるほど、私が牢に入っている間にそんな事が。面白い、実に面白い。今、この街でも確かに歴史が動いている。それを肌で感じている!」
歴史家は私の話を聞いてブツブツと呟く声が聞こえてきた。隣りの部屋なので姿は見えないが息遣いは荒いので、きっと見るに堪えない光景だろう。
「その、今の話は本当ですか?」
見張りの若い騎士が口をはさんだ。
「まず疑うのは大事なことだよ。でも、私の話の一部はモヨコ嬢が保証してくれるハズ。確認するといいよ」
「そうですね。わかりました。モヨコ様に確認を取らさせて貰います」
「あ、ちょい待ち。今の話、領主様かモヨコ嬢の許可がおりるまで、他の人には話さないで貰っていいかな?」
「え、領主様かモヨコ様の許可があるまで、ですか?その条件でしたら別にいいですが……何故です?」
「なーに、ちょっとした保険だよ。それより、みんなモヨコ嬢の事を様付けするんだね?ただのメイドだって本人、毎回怒ってるんでしょ?なんで止めないの?いじめ?いじめなの?」
騎士は慌てふためいた。
「そ、そんなまさか。苛めるだなんて恐れ多い。だって、彼女すごいんですよ?領主様の娘である上に騎士の多いこの街において誰よりもお強くて、領地経営に貢献されるほど賢くて、所作や御心含めて極めてお美しく。それ故皆して心酔して敬意を表してるのです」
「……彼女、メイドじゃなかった?」
「ええ、メイドのお仕事もされてます」
うん、本人と周囲との評価に温度差がありすぎる。メイドの仕事、ほぼおまけ扱いじゃん。
「さて、歴史家ー、戻ってこーい?ちょっと確認したいことがあるんだけどー?」
「……なんです?今私は妄想に忙しいんですが?」
「歴史家のロールって何?」
「歴史家ですよ?」
「そんなロールないから。ねえ、もしかしなくても吟遊詩人?」
「……そういうのもあります」
私は指を鳴らす。
「よしっ!だと思ったんだ。英雄や戦争の歌も多いから歴史に興味持つ人多いもんねこの職業。ねえ、楽器は?『強化の歌』って使える?」
「楽器はリュートやギターといった弦楽器です。使えますよ『強化の歌』。……もしやお嬢さんも吟遊詩人ですか?」
「そうそう。このロールの人少ないから出会えて嬉しいよ。まあ、私音魔法使えないんだけど」
「それは吟遊詩人を名乗ってよいのですか?……いや、まあいいです。それより吟遊詩人の方にお会いしたら、いつも聞いているのですが『勇者のサーガ』についてどう思われますか?」
「え、『勇者のサーガ』?うーん、みんな大好きだよね、ってぐらいかなぁ?」
私自身は可もなく不可もなく。みんなが好きだと聞くと複雑な心境にはなるけど。
「実際に歌の中の勇者が訪れた地に行かれたことは?」
「何か所かあるよ?」
「では、実際に勇者様を知ってる方にお会いしたことは?」
「……ないよ」
「私はですね、歌に出てくる地域を全て訪れて聞いて回ったんですよ。その結果どうだったと思います?」
「いたんじゃない?何人かは。そりゃー昔の事で皆さんご高齢だろうから少ないかもだけど」
「いませんでした。誰一人いませんでした」
「……そう。不思議だね?」
「実に興味深い話です。皆さん口を揃えて仰るんですよ『ここはたまたま別の土地と勘違いされたんだろう』『歌が伝わっていく中で間違われたんじゃないか』『でも』『おかげで観光客が来るようになったから敢えて訂正もしていないんだ』って」
「そう。それは面白い話だね?」
「ええ。しかも更に面白い事に、似たような事件はその地で確かに起きてるんです。ただ、別の人物だったり、突然解決してたりするんです。ね、興味深いでしょ?」
「本当に。歴史家さん、案外ちゃんと歴史家として活動してたんだね」
「もちろん。ライフワークですから。で、どう思われます?」
「いやー、面白くは思ったけど10代女子には荷が重い話題だね。んー、誰かの創作を疑ってるってこと?」
「ええ。つい最近までそうでした」
「でも勇者は現れた」
「はい。だから分からなくなりました。でもあなたの反応は面白いですね?もう少しこの話を続けませんか?」
「……あの、今の話って本当ですか?それってすごい話ですよね?」
私たちの会話を聞いていた見張りの騎士が口を挟んだ。
「さっきも言ったじゃん。まずは疑う事が大事って」
今の話を聞かされても、わざわざ色んな街を巡って聞き取りするような奴はいないさ。
「え、じゃあ嘘なんですか?」
「きっとね、飲み屋で女の子の興味を惹くのに毎回話してるよ、このお兄さん?牢屋で話したのはきっと初めてだろうけど」
「はっはっは。これは手厳しいですね」
牢屋に歴史家の愉快気な笑い声が響いた。
ま、今の話が事実だと私は知ってるけど。
「昔の話はどうでもいいよ。それより、これからの話をしよう。そんな話をしなくても、私があなたを誘わせて貰う」
「ほう?どのようなお誘いでしょう?」
「お時間あるかしら?私と一緒に歴史を変えに行きませんこと?」
「……なんとも魅力的な。断る理由がありませんね」




