これから
暗雲が立ち込める激しい風雨の中、私は対峙していた。
髪は短かったので邪魔をしなかったが、雨が目に入るたびに手で目元を拭う。
着ている服はボロボロで、細かい切り傷が肌の至る所についていて。
なんだったら脇腹は貫通して穴が空いてる。臓器は傷ついてないのが幸いだった。
「ペッ!」
口の中の血を吐き捨てる。
身体が重たくて仕方がないが、これは服が雨と血を吸って単純に重たいのか、それとも血の流し過ぎで重たいのかよく分からない。
というか、暑い日だったにも関わらず体温も冷えてきた。
これも血のせいか、雨のせいか、どっちだろう。指先も足も震えている。
持っている杖で体を支えることで、何とか立っていられるような状態だった。
とはいえ、そんなのはこっちの事情だった。
「シニタクナイ……シニタクナイ……」
味方で立って動けてるのは私だけだったが、追い詰めてるのは私たちの方だった。
やたら甲高い声でたどたどしく喋る。
それが何だかは私は知らない。
魔物を操っていたやつは別にいたし、思うにこいつは利用されてるだけだったんだと思う。
操っていた魔族はとっちめたから、これから組織だって進攻を受ける事はなくなった。
だからコイツは放置でいいかというと、そうもいかなかった。
今までより強い魔物をコイツが生み出していた。だから壊そうとした。
「シニタクナイ……シニタクナイ……」
ところが攻撃を加えると反撃してきた。徐々に破損が増えていくと言葉を発しだした。
私にはただの肉の塊にしか見えなかったけど、コイツは、生きてた。
「……死にたくない、か。うん、わかるよ。私もそうだった」
私を突き刺そうと伸びてきた肉の塊を、私はみっともなく転げ回って躱す。
純白だったローブは、泥と血とでグチャグチャで見るも無残だった。
それでも私はまだ生きていた。
「……………………ごめん」
私は、魔力やら、あと何か私の中で使えそう力を総動員して練り上げて、コイツに叩き込んだ。
何のひねりもない、チカラのごり押しだった。肉の塊が徐々に消えていく。
「ヤダ……シニテクナイ……シニ……ク……ナ……」
肉の塊は全て光の粒となり、空に上がっていった。暗雲はかき消され、青空が広がっていた。
力を使い果たした私は背中から泥の中に倒れこんだ。
服どころか、髪にまで泥が入り込んでグチャグチャだった。これは数日は髪がガビガビしてそうだった。
青い空がやけに高い。日差しが強い事には昨日と変わりなかったが、泥だらけの頬を撫でる風がやけに涼しい事に気づく。
夏だ夏だと思っていたけれど、どうにも季節の変わり目を超えてしまったらしい。
顔を少し傾けて辺りを見る。
仲間たちが転がっていた。身動き一つしないがたぶんきっとみんな生きてるだろう。
リーダーの右腕が切り飛ばされてたけど、アレくっつくかな?ベースいないとだいぶ困るんだけど。
幸いにして私の両腕は無事だし、他のメンバーも大丈夫だった。リーダーだけだ。
「おーい、この後宴会だからな!みんなで飲むぞ!いいな!?」
ティーリスが辛うじて呻いただけで、他は反応がなかった。すぐにでも回復してあげたかったけれど、できるようになるまでまだしばらく掛かる。それまで気合で是非生き延びて欲しい。
「ハァ、ようやく終わった……アレ?」
冷たくなった顔の上を熱いものが流れた。止めどなく流れるソレを拭いたかったけれど疲れ切った腕を上げる事ができず、流れるままに任せるしかなかった。
着いた時には既に終わっている事があった。
単純に力及ばず、助けられなかった事があった。
また飲もうと約束して、叶わなかった事があった。
生きたいという連中を死にたいという私が殺す事があった。
まあ、でも全ては終わった事。
私は今度こそ、子供の頃の夢だった音楽で身を立てながら旅するんだ。陽気にさ。
私は鏡の前で眉を上げたり、口をすぼめたり、ほっぺたをぐりぐり引っ張ったりして遊んでいた。
「……何やってるんだ?」
「いやさ、10代の頃の私、こんな顔だったんだなって」
「鏡ぐらい見たことあっただろう?」
「あの当時、自分の容姿なんて気にするどころじゃなかったよ。しかしまぁ、この顔を見てると、なんて言うか……酒が進むな?」
くそ、なんかムカムカしてきた。
ティーリスにひょいと鏡を取り上げられる。
「あ」
「そのへんで勘弁してやれ。酒は出してやるから」
コトンと、私の前にジョッキが置かれた。自分の分のジョッキも置く。
「ありがとう」
「で、これからどうするんだ?別にしばらくここに居てくれてもいいんだぞ?筋肉やらだいぶ落ちてるみたいじゃないか」
「ヤダわ。お前の奥さんのヤキモチが恐すぎるわ。……変わらないさ。音楽しながら旅を続けるよ。明日には立つよ」
「そうか。……いつまでだ?」
「死ぬまで」
「そうか。……すまんな、最後まで立ち会うつもりでいたんだが、もう、どうやらもそうもいかんらしい」
「薄情者め」
「不可抗力だ。だがまあ、そうだな。確かにオレは結構喜んでいるな」
「薄情者め」
「そうだな。そうだったらな、俺もお前も」
「……薄情者め。明日はちゃんとクリフの墓を案内しろよ?」
「ああ」
私とティーリスは二人でエールを煽った。
夜風が少し涼しかった。




