お休み けだもの、おはよう のけもの
あとで聞いてみれば、アイツよく覚えてないとか抜かしやがった。
じゃ、いつからなら覚えてるんだって聞いてみたらだぜ?お前のベースが鳴ったところからだと答えやがる。
あ?お前はそれでどう反応しただと?
……無言で頭を殴ったよ?いや、だって照れくさいじゃねーか?
「おい、そっちに逃げたぞ!」
「あまり傷つけ過ぎるなよ!依頼は討伐じゃねー!捕獲だ!」
「バカ野郎!そんなこと言ったってもう何人も殺されてるんだぞ!?」
複数人の男たちが山奥で、そんな事を叫びあっている。
まあ、俺もそのうちの一人なんだろうが。
他の冒険者達と同様に、俺もお粗末ながらレザーアーマーを着込んで、ロールはタンクなので少し奮発した金属製の盾を左手に持っている。唯一違うのは背中にリュックと一緒にベースを背負ってるところぐらいか。
「おいティスク、もっと前に出ろ。なるたけ攻撃を受け止めて消耗させろ。いいな?期待してるぞ」
男の一人がそう言った。期待って、つまり肉壁ってことだろ?
こんなガキ連れてきて、前に立たせて、自分たちは後ろで酒飲みながら獲物が疲れるのを待っているとか、まじ終わってるな?
まあ、こっちも半分わかってついてきたんだ、あまり文句も言えないんだが。
割がやたら良かったんだよな、この依頼。さすが教会、こんなご時世でも金を抱えてらっしゃるねぇって、それ以外に感想はないが。
しかしまあ、ついてきたものの、想像より随分胸糞悪い依頼だった。
なんで大の男どもが寄ってたかって小さな女の子を追い回してるんだよ?
捕獲依頼とは聞いていたがまさかの人の女の子。チラっと見えたが多分俺よりも子供だぞ?
まあ、女の子とは言ったが髪は伸び放題で4つんばで走り回り、薄汚れていて獣と大して変わらなかったが。
薄汚れ過ぎていて正直顔が判別つかない。女の子って、さっきから言ってはいるが、付近の村で事前に情報を仕入れてたからそう言えてるだけで、知らなかったらきっと男だと言ってただろう。
その少女は、その付近の村で生まれたらしい。
少女を身ごもってから徐々に母親は衰弱し、産んだ直後に亡くなったそうだ。
それだけでも不気味が悪いのに、その赤子に近づくと急に疲れる。触れ続けてるとやがて倒れる。
乳を与えなくても平気な顔をしている。やがて畑の麦がその赤子のいる家の周囲から枯れ始めた。
恐くなった父親は彼女を殺そうとするが、少し傷つけたところいつも以上に脱力感を感じた後、娘の傷は塞がっていたという。
どうしようもなくなった父親は、山奥に捨てる事にした。きっと、魔物や獣が彼女を食い殺すだろうと願って。
だが、彼女は生き延び続けた。
そして彼女を山に捨ててからは、今度は山の恵みが減っていく。木の実や山菜の採れる量は明らかに減り、狩猟の成果は目に見えて悪くなった。
と、彼女の父親が銀貨2枚で話していた。
「なあ、おっさん。もう止めねーか?あいつ、ずっと逃げてるだけじゃねーか?」
「バカ野郎、あいつ一人で金貨50枚だぞ?それに、もう既に何人死んだと思ってるんだ!?捕まえないと大赤字なんだよ!分かったらお前もさっさと前にいけ!」
自業自得じゃねーか。逃げ惑うあいつの前に立ち塞がって、モロにあの黒い靄みたいなのを浴びちまったってだけの。
「今だ!」
大げさな鎧を着た大男が叫んだ。見ると少女を抑え込むことに成功している。
「悪いねぇ」
軽装の優男が弓を構えると、容赦なく彼女を射った。
『っ!』
彼女の腕に矢が突き刺さり、彼女が苦痛に顔を歪ませる。奥歯をギュっと噛みしめて痛みを堪えていた。
血走った眼を見開き、鎧男から逃れようと腕を振り払う。
「なっ!?俺の指が!!」
振り払われた拍子に彼女を掴んでいた指がポトリと落ちた。
「よくもっ!!」「っ!?」
そのまま逃れようとした彼女だったが、残った手で今度は彼女の矢が刺さった腕を掴んだ。
「もういっちょ!」
『んぐっ!?』
今度は彼女の左足膝に刺さり、ついに彼女の足が止まる。
「いいぞ!」
彼女の動きが止まったのを確認した大男は急いで彼女から距離を取ろうと手を離して反転、走り出したがあえなく黒い靄に触れパタリと倒れた。その拍子に腕が取れた。
「ち。おい、囲んで遠くから矢を射るんだ!殺さないように頭と胴は外せよ。ったく、この役立たずめっ!報酬は期待するな!」
「っ!」
結局戦闘に参加しなかった俺を蹴飛ばすと、男も前に出て行き弓矢を構えた。
倒れこんだ俺は、彼らの邪魔もすることもできず状況を見守っていた。
ぎぎぎっと弓が軋む音が至る所から聞こえてきた。
「放て!」
風を切る音と、少ししてから柔らかい肉に刺さる音が聞こえてきた。
1本どうも額をかすったらしく、血が眉を濡らし、きつく結んだ瞼を濡らし、やがて頬を伝って顎から滴って落ちた。
だがそれ以上に何本もの矢が、丸めた彼女の背中に、手足に、刺さっていた。
……あれは、さすがに死んだんじゃ
『ア』
え?
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!』
今まで一言も発することのなかった彼女が叫んでいた。
開かれた口から放たれる、感情すら一切乗っていない、ただただ純粋な叫び。
その彼女の叫びに呼応するように、今までただ気ままに漂っていた黒い靄が明確に人目がけて飛びかかってきた。
「……」
俺を蹴飛ばした全体の指揮を執っていた男も靄に包まれると、パタリと倒れた。
他の男たちも次々と地面に伏せていく。
逆に彼女に刺さっていた矢は一本一本取れていき、たくさんの死体と傷一つない彼女と、俺だけが残った。
ひくっ
至る所で死体がひしめいてるこの場の中心で
声が漏れないように、泣きじゃくるその姿はとても悲痛だった。
頬を濡らしていた血は、涙ですっかり洗い流されていた。
……痛々しいやつ。
どうせ人らしい生き方ができないのなら、感情も捨ててしまえばよかったのに。
……感情があるなら、これは幾分か、彼女の慰みになるだろうか。
俺は持っていた盾を置くと、背中からベースを取り出し構えて軽く鳴らす。そして弾き始める。
それはこの辺の地方ではよく歌われている、なんってことはない『子守唄』だった。
ただ、母親をすぐに亡くした彼女は聞いたことがなかったかもしれない。
それを彼女に聞かせるのは、何となく残酷な事をしているようにも思えたが残念なことに俺のレパートリーには他に心安らかにさせそうな曲を知らなかった。
彼女を見やる。すると、いつしか泣くのを止め、目を閉じ、耳に意識を集中しているようだった。
……すまないなぁ、ベースで。他の楽器ならもっと眠りやすそうなんだが、重低音ビリビリしてるよな。
それでも、最後まで弾き終わる頃には、彼女は地面に頭から突っ伏しお尻を突き出して眠り込んでいた。……いや、さすがにもっと寝やすい体勢あっただろ?
まあ、しかし彼女が寝ても彼女の周囲の黒い靄は消えない。これでは近づけそうにない。
いや、別に放置してもう携わらないって選択肢もあると思う。ただ、このまま放置だとまた他の冒険者が集まってくるだけだ。
今回は彼女は無事だった。でも次は彼女は無事だろうか?あと、次の冒険者たちもまたたくさん死ぬに違いない。
それは冒険者たちにとっても彼女にとってもいい事ではなかった。
せめてここから連れ出したいトコなんだが……ああ、あれが使えるか?
俺は指揮を執っていた男の荷物を漁る。ああ、これだ。教会が彼女を連れてくる時にコレを着せろと言っていたんだった。
なら、これであの黒い靄もどうにかできそうだった。
試しに少し近づき、黒い靄を荷物から漁った乳白色した衣服で払ってみた。
すると上手い具合に黒い靄は払い除けられたのだった。
俺は服で靄を払いながら彼女に近づくと、彼女をその衣服で包んだ。すると、漏れ出ていた黒い靄がスッと消えていった。
「ふぅ」
一仕事終えて、思わず安堵の声が漏れる。今後どうするにせよ、ひとまずひと段落だ。
腕の中で涎を垂らしながらスピスピと寝息をたてて彼女は寝入っていた。
しっかし……これが今代の聖女ビィ、か。
ほんと未来は大丈夫なのかね?




