win-winな関係
鬼の形相をしたまま、ドスドスとティーリスは引き返してくると私の手を取ろうとした。
それを私は手をスッと引いて避ける。
ジロリと私をティーリスが睨む。
また手を掴もうとする。それも私は避ける。
何度かそれを繰り返したが、さすがに今や10代となった私の身体能力にティーリスはついていくことができず肩で息をしながら諦めた。
「……何してるのさ?」
「お前、今日魔法使ったな?」
膝に手をついて俯いていたティーリスが顔をあげて私を睨む。
「普段、あれだけ自分の魔力が減る事を嫌うお前が魔法を使ったな!?それに、お前、服はどうした?寝る前だから着てないのかと思ったが、魔力が減ってるのに着てないとかないよな?なあ、どうした?昼間、何があった!言え!」
「何もないよ」
私はすっとぼけた。
「嘘つくなよ?じゃなきゃ、今日街を出ていこうとか思わねぇだろうが!」
これにはさすがに私も驚いた。
「なんで気づいたかな?」
「気づいてないようだから教えてやるよ。70年前と同じなんだよ。突然俺たちから姿を消した前日も同じように周りの連中に好き好き言ってたんだよ、お前」
「あちゃー、そうだったか。次から気を付ける」
「次があってたまるものかっ!!」
ティーリスは肩で息をしながら吠えた。
コンコンッ。
ノックの音がして扉が開く。当主が顔を覗かせた。
「どうかされましたか、ティーリス殿?」
「……夜分にすまない。熱くなりすぎてしまった」
「私も同席した方がよろしいか?」
「いや、もうしばらく二人で話させてほしい」
「ビィさんも、それで大丈夫かな?」
「はい、二人で話がしたいです」
「そうか。でも何かあればすぐに呼んでくれ。では失礼する」
当主が部屋を出ていくと、ティーリスは椅子を扉の前に持っていき、そこに座った。
「熱くなってしまってすまなかったな。座ってくれ」
「信用ないなぁ」
私はテーブルの椅子に再び座り直した。
「血管切れるかと思ったわ。……もう、嫌だぞ?70年前、一緒に魔王を倒して、その後も数年一緒に旅して、突然いなくなって、10年以上音信不通だったかと思いきやひょっこり顔を出して……あの時俺たちがどんな気持ちだったのか、分かってるのかよ」
最後の方は鼻をすすっていた。
罪悪感を覚えなくはなかったが、こちらも何も考えてない訳じゃない。
「実はもうタカネとは会ってる」
「なんだと!?……ちなみにいつだ?」
「ティーリスがお城に呼ばれる前日」
ティーリスが悲痛そうな表情で頭を抱える。
「魔王ビィ様説がより濃厚に……」
「で、今日も一日タカネと会ってた」
「そういえばお前、呼び捨て……めっちゃ親し気じゃん!?」
「正直あの子になんかあったら世界滅ぼすかも」
「親しいじゃん!?」
「メラとスイはタカネに紹介したから今近くにいない。あと、服はタカネにあげちゃった」
「そんな古着じゃねーんだぞ!?神話級の装備だぞ!?どうすんだよ、メラ様とスイ様もいなくて『純潔の護り手』もないんじゃ、めちゃくちゃお前弱体化してるんじゃん?いや、それよりお前、体大丈夫なのか?」
「ん、大丈夫じゃないから今日出ていく。ほら、今のランクだとダンジョンも潜れないし」
「~~っ!!なんで、そんな状態になるのに譲っちまうんだよ!」
「そんなの決まってるでしょ?彼女の方がもっと必要だからだよ」
今の彼女には力はいくらあっても足りないぐらいだ。そもそも『純潔の護り手』は聖女専用装備だからね、彼女が身に着けている方が適切だと思うのよ。
「で、そんな状態で街を出ていくと?それからどうするつもりだ?」
「んー?しばらく山奥とか野良ダンジョンで過ごしてー?勇者と聖女が適当に育ったところで素直に討たれるよ」
「……どうしてそうなる?」
「だってそうでしょ?私が魔王で、勇者と聖女に神託がくだったってことは……」
つまり彼女らには私を適切に処分できるって神様のお墨付きがあるんだよね?
「なら、これはいわゆるwin-winな関係なんだよ」
私がニコリと微笑むと、ティーリスはそんな私の言葉に耳を傾けながら、目をつむり、眉間に皺を寄せ、ひじ掛けに指を、規則正しくコツコツとさせていた。
ゆっくりと、口を開く。
「聖女は、お前と親しくなったのだろう?嫌がるんじゃないか?」
「その時になったらできるよ。世界がそれを許さないもの」
「……お前が魔王になるってことは、その前にお前の大事な誰かが傷つくかもしれないってことだ。それでもいいのか?」
「そう、それ。そこだけが心配なんだ。そんな事しなくても討伐されるってのに。そこだけは阻止したいから調査お願いしていい?」
「……引き受けよう。なあ、もう70年以上の付き合いだし、何度も言ってきたからもう言いたくもないんだが。お前のそういう発言がどれだけお前の親しい人を傷つけてるのか、分かってるのか?」
「私も何度も言いたくないけど、もう一度言うよ。分かってるって。私は世界を傷つける、そういう存在だってば」
「90年以上生きてまだ分からないのか」
「10年も生きれば分からされたよ」
こういう話はあまり素面ではしたくない。まっすぐな感情を真正面から受け止めるのはいつだってしんどいんだよ。




