第36話 お姉ちゃんは13周目に賭ける part3
教室に入り、クラスメイトたちに注目される前に素早く自分の席に着く。
それでも二度見してくる生徒が何人かいた。
「気合い入ってるじゃん。リリーナも王子様狙い?」
違うっ! と叫びそうになる喉を我慢させて姿勢を正す。
「さぁ、どうかしら。ただ目元が気に入らなかったから化粧をしただけよ。他意はないわ」
これでいい。
いつも一緒にいる二人の令嬢は鼻を鳴らしたが、気分を害してどこかへ行く気配はない。
これがリリーナで、この対応が彼女たちにとっての普通なのだ。
少し自信を取り戻した私はいつも通りを心がけて過ごしたが、やっぱりラウル王子のことは頭から離れなかった。
◇◆◇◆◇◆
セレナと一緒に帰宅し自室へ入ると、綺麗に飾られているパステルブルーのオフショルダードレスが目に止まった。
またこの不安だ。
彼が目覚めていなかったらどうしよう。
また独りぼっちになってしまったら、本当に再起できなくなる。
意味もなくドレスの袖を掴んでいた私の脳裏に突然あいつの言葉が反芻した。
『――なら大丈夫。やれば出来る奴だから。――はやらないだけ』
そうだった。私はやればできる子だ。
それに切り替えの速さに定評のある女だ。
ラウル王子の言葉を信じるのであれば、この13周目で無限ループを終わらせることができるかもしれない。今回も彼の行動と結果だけを見届ける選択肢もあった。
「なんか癪に障るわね」
私は何回もトライアンドエラーを繰り返してようやく答えを導き出せそうなのに、突然現れたお坊ちゃんにいいとこ取りをされる光景を黙って見ているつもりはない。
私は静かにこれまでの失敗を思い出した。
10周目では初めてセレナに好きな人の話をしてクリスティアーノのことを思い出させてしまった。だから、ラウル王子のことを心から愛せなかったんだ。
11周目はラウル王子とセレナの接点が少なかった。そもそもラウル王子がセレナを好きにならなかったのが問題だった。
12周目はこの世界からの脱出を優先するあまり、セレナに幸せを押しつけて無理矢理に物語を終わらせようとしたことがいけなかった。
これらが失敗の理由なはずだ。
要因は分かった。あとは最高のハッピーエンドに向かって物語を進めればいい。
うつむいている暇はない。
「あなたを着るのは今日で最後よ」
そんなことをつぶやいているとノック音に続き、扉が開かれた。
「お帰りなさいませ、リリーナ様」
一礼する二人のメイドに微笑む。
「今朝はありがとう」
「はて。なんのことでしょう」
「わたくし共は業務を全うしただけです」
「素直じゃない」
「「リリーナ様には言われたくありません」」
クスクスと笑う二人は私の顔を洗い、化粧を全て落とした。
ドレスを着て、髪も整えて、薄く化粧をすると見慣れたリリーナの姿が鏡に映っていた。
「ありがとう」
短く返事をした二人のメイドを置いて部屋を出るとピンク色のドレスを着こなすセレナと鉢合わせした。
「うわぁ! すっごく綺麗!」
いつぞやと同じ反応をしてくれる妹に「セレナも綺麗よ」と返事しながら微笑む。
「思ったよりも早く準備が終わったわね。前乗りしましょうか」
「流石、リリーナ! 分かってる!」
もう何度もやり取りしているから彼女が何を望むのか分かってしまっている部分もある。
なるべく雑にならないように努めているが、セレナの反応は毎回違って楽しそうで羨ましい。
両親の待つエントランスに向かうと父は感動の声を上げ、母は私たち二人を抱き締めた。
「二人共とっても綺麗よ」
あの時と同じだ。
私に似合うだろうと思って選んでくれたドレスに文句はない。むしろ気に入っているくらいだ。
最後になるという確信はないが、最後のつもりで素直に気持ちを伝えよう。
「素敵なドレスをありがとう、お母様」
ついでに父にも微笑んでおこう。
個人的には尊敬できる父ではないが、デレデレの顔に嘘偽りはないのだろう。
きっと父にも立場というものがあってセレナや私にあのような指示をするしかなかったんだ。そう思い込んで出発した。
卒業記念パーティーの会場である学園には既に多くの参加者が到着しており、好きなテーブルで話に花を咲かせていた。
セレナから二歩ほど下がって後ろをついていく。
なんとなく、隣には並べなかった。
手を振りながら無言で別れ、私は壁際へと向かい、適当な飲み物を片手にセレナを見つめる。
案の定、断り切れないセレナは数人の男性とダンスを踊り、笑顔で戻って来ては水分を補給して次の男性の相手をしていた。
「よくやるわね」
こんな子が闇の魔女となって世界を滅ぼしたとは到底思えない。
想像できないからこそ、恐ろしかった。
「さて、そろそろね」
アンティークな柱時計を見上げてつぶやく。
この瞬間は緊張して鼓動が速くなる。
もしも、ラウル王子に転生している彼が目覚めていなかったらどうしよう。
目覚めていて欲しい。
何事もなかったように白い歯を見せながら手を差し伸べて、ダンスに誘って欲しい。嘘でもいい。2番目でもいいから私もダンスホールに連れ出して欲しい。
わがままな願いを何度も心の中でつぶやいていると、彼の顔が浮かんだ。
現実離れした赤髪に少年っぽさと頼りになる大人の雰囲気を兼ね備えた王子様。
絵本の中では妹だけの王子様だけど、今は私だけの王子様だ。
だって、彼は私とキ、キスしたんだから。
そう思うと一気に体温が上昇した。
耳まで熱くなってしまい、反対に冷えた両手を顔を覆う。
そうだ。私はキスしたんだ。
しかも人の体で。
ごめん、リリーナ。ファーストキス奪われちゃった。
じゃあ、私にとっては?
あれはリリーナのファーストキス?
私のファーストキスはどこにいったの?
あいつ以外の男に奪われたの? それともノーカン?
ひょっとして12周目のあれが二人にとってのファーストキス?
そう思うと恥ずかしさが2倍になった。
ここが自室だったなら、頭を抱えながらベッドの上で悶えていることだろう。
思わず柱の影に隠れて誰にも見られないように深呼吸を繰り返した。
無慈悲にも柱時計は定刻をさす。
待って!
まだ心の準備が出来てないのに!
私の願いも虚しく、パーティーホールの扉は開かれた。




