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第34話 お姉ちゃんは13周目に賭ける part1

 まぶたを開けると目の前には枕があった。

 胸が圧迫されて苦しい。

 もぞもぞと動き、枕に顔をうずめている体勢を整える。


「うつ伏せなんて珍しい」


 リリーナは寝相が良く、いつも仰向けで寝ていることが多い。

 現実世界でも基本的にうつ伏せで眠ることのない私だが、今日は激しく動いたのかネグリジェははだけ、掛け布団は半分以上が床にずり落ちていた。


 頬の熱っぽさは感じない。首にネックレスもない。

 ただ、胸の奥には魔女化したセレナによって刻まれた恐怖心が残っていた。


「くぅ」


 急に怖くなって両腕を握り締めて縮こまる。

 ここから出たくない。セレナに会いたくない。

 もしも、またセレナに殺されてしまったら、と考えると動けなくなった。

 掛け布団を引っ張り上げ、頭の上から被って全てを拒絶する。

 しかし、無慈悲にもノック音が鳴った。


「おはようございます、リリーナ様」

「あら?」


 声から察するに私の専属メイドだ。

 二つの足音のうち一つだけが近づいてくる。もう一つはクローゼットの方に向かったようだ。


「どうかいたしましたか、リリーナ様。ご気分が優れないようでしたらお医者様をお呼びしますよ」


「いらない。出て行って」


「そうは申されましても――」


「いらないって言ってるでしょ!」


 布団の中から叫ぶ。

 この人たちにとって重要なのは私ではなく、時間だ。

 セレナが入ってくる前に私の着替えを終えてこの部屋から出て行くのが仕事なんだ。

 だったら、こっちから追い出してやる。


「リリーナ様。本日はパーティー日和ですね。きっとラウル殿下もこの空をご覧になっていることでしょう」


 なによ、こんな会話したって意味ないのにペラペラ喋っちゃって。


「奥様からは秘密に、と言いつけられていますが、本日のドレスはきっとお似合いになります。恐れながら、私たちも助言させていただいたのですから」


「リリーナ様はセレナ様よりもダンスがお上手なので機能性よりもデザイン性を重視しました。きっと、着こなされることでしょう」


「もしも殿下とダンスする機会があれば、セレナ様ではなく、リリーナ様をお気に召されるかもしれません。ですから、しっかりとお顔と髪を整えて臨まれるべきです」


 なんでこんな時にそんな話をするのよ。

 膝を抱えながら涙を流していた私の前に一筋の光が差した。


「おはようございます、リリーナ様。さぁ、お顔を洗いましょう。出発までまだまだ時間はあります」


「少し朝食の時間は短くなりますが、朝は控えめなリリーナ様でしたら問題はないでしょう」


 今日に限ってこの二人は私の心を揺さぶる話しかしない。

 専属メイドだけあってよく見ている。

 彼女たちは業務の一環としてリリーナを見ているのだろうが、それでも見てくれているという事実に変わりはなかった。

 差し伸べられた手を取ると、少し強引に腕を引っ張られた。


 全身鏡の前に立たされてなかばば強引にネグリジェを脱がされる。乱暴に前髪をかき上げた私の姿は今まで見た中で一番汚かった。

 目は腫れぼったいし、まぶたは半開き。だらしなく口を開けて、首は傾いている。


 またしても無理矢理に水の入った桶に顔を突っ込まれ、バシャバシャと顔を洗われる。

 カーペットに水しぶきが跳ねようがお構いなしだった。


「っぷは! ちょっ、まっ」


 あれ、拷問かな?


「はい。綺麗になりましたよ」


 前髪まで濡れた私は椅子に座らされ、髪の手入れと同時に着替えが始まった。

 着替えが終わるとメイド二人は化粧へ取り掛かる。腫れた目尻を少しでも隠してくれるようだ。

 まだ途中だというのに、一人のメイドが私の元を離れて扉の方へ行ってしまった。


「おはよう、リリーナ! 今日はパーティーだから早く行こうっ」


 いつも通り、ノックなしで入室しようとしたセレナ。

 その声だけで体が硬直してしまった。

 全身が小刻みに震えているのが分かる。きっと、背後にいるメイドさんには伝わっているはずだ。

 しかし、彼女は優しく両手を私の肩に置いて耳元で囁いてくれた。


「じっとしていてくださいね」


「……うん」


 まるで堪え性のない子供をあやすような声だ。

 なんだか落ち着く。


「おはようございます、セレナ様。もう少々、リリーナ様のお支度に時間がかかりますので、先に食堂へお向かいください」


「え、そうなの? む〜。なんで中に入れてくれないの?」


「申し訳ありません」


 まだセレナは片足すら私の部屋に入れてもらえていない。

 扉へ向かったメイドさんは断固としてセレナの入室を許さなかった。


「む〜。分かったよぉ。リリーナ、先に行ってるからね!」


 返事は出来なかった。

 小さな音を立てて閉じられた扉を見て、魂が抜けるほどのため息をこぼす。


 室内には彼女たちが作業する音だけになった。

 誰も口に開こうとはしない。


「……何も聞かないのね」


「話を聞いて欲しいのですか?」


「それならいくらでもお付き合いしますよ」


 意地悪だ。

 だけど、今はありがたい。


「私ね、セレナと少し喧嘩したの」


「心中、お察しいたします」


「どうすれば仲直りできるかしら?」


「セレナ様はそういったことを気にするお方ではありません。むしろ、リリーナ様の方が敏感な心の持ち主ですので、自分の気持ちに素直になるのが一番だと存じます」


「先程の様子ではセレナ様は何も気にしていません。気を遣っているわけでもありません。いつも通りでよろしいかと」


 いつも私を見てくれている彼女たちが言うなら信じてみよう、と思えた。

 あとは私が素直になれるかどうかだ。


 鏡を見つめ直すと奮起した私の姿が映っていた。

 いつもよりも濃いめのメイクのせいもあって、代名詞とも言えるツリ目が際立っている。

 これくらいの方がリリーナらしいだろう。


「この世で一番美しいのはだれ?」


「「恐れながら、双子の妹君であるセレナ様でございます」」


 そうだよね。分かってたよ。

 このセリフはどうやっても変えられない。


「しかし」


 まさか、このセリフに続きがあるとは思っておらず、とっさに振り向く。


「セレナ様を想うリリーナ様の美しい心に勝るものはございません」


「そのお優しさをもう少しだけ表に出せることを願っております」


 そうだった。

 この二人は私とセレナが仲良くしていることが何よりの喜びだと言っていた。

 まさか二人の言葉に背中を押されるなんてね。


「やってやろうじゃない」


 私は頭を下げる彼女たちを背に歩き出し、扉を開け放つ。

 そして、13周目の第一歩を踏み出した。

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お読みいただき有難うございます!
「君を愛することはない」と言った夫に呪いをかけたのは幼い頃の私でした
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