第3話 お姉ちゃんは決意する
今日も目覚めることができた私は大袈裟なため息をつきながら、目の前でパクパクと朝食を頬張っている妹を見つめている。
「……さて、どうしたものか」
「ん? 悩み事?」
「まぁね」
小首を傾げるセレナをひと目見てスープへと視線を落とす。
この会話シーンは物語の進行に関係がないから何を話しても影響はないはずだ。
過去にはセレナと仲良く学園の話をしたり、八つ当たりで貶したりした。
「話してみて。スッキリするかもしれないよ」
「そうねぇ。……私、好きな人がいるの」
これまでにこの世界の住人に助けを求めたことはない。
ましてや本当の自分の話をしたこともなかった。
「……え」
消え入りそうなセレナの声がテーブル越しに聞こえる。ガチャンと音を立てて、フォークがお皿の上に落ちた。
すぐに専属メイドが駆け寄り、セレナが怪我をしていないか確認してから新しいフォークを手渡した。
「そんなに驚くこと?」
「だって、リリーナから浮いた話を聞くのが初めてだったから」
リリーナの記憶を辿っても恋バナをするのは初めてで間違いない。
傲慢な彼女が妹に弱みを見せるはずがないか、と一人納得してティーカップを傾ける。
「もしかしてだけど、違ったらごめんね。リリーナの好きな人って、モブ君だったりする?」
「だれ?」
「えぇ!? フヨウ侯爵家の次男だよ! 同じクラスじゃない」
視線を虚空へ向けて記憶を辿ると、その名前と同じ人物の顔が浮かび上がった。
スクールカーストのトップに君臨する学園の王子様的なポジションの男子生徒だ。
残念ながら私の好みのタイプではない。
「あぁ……この人ね。残念だけど違うわ。なぜ私が自分よりも身分の低い男を好きになるというのかしら」
あぁー、やってしまった。
こういう思ったことをすぐに言ったりするからセレナよりも顔が邪悪なんだよ。
身分のことなんて言わなくていいのに! 私の馬鹿!
「なーんだ、そっか」
拍子抜けといった風に呟くセレナ。
その一言だけで普段から私が似たような発言をしているのだと分かってしまうからやめて欲しいわ。
それにしても、こんなに穏やかな朝を過ごすのは2周目以降初だ。
4周目から9周目の私は荒れていたなぁ、と悟りを開いたかのように思い返す。
二度と火あぶりの刑は御免だ。あれをやられて正気でいられる私を誰か褒めてくれ。
食欲が湧かず、紅茶だけを飲み干して立ち上がる。
「学園に行くわ」
「えぇ!? まだ早いよ、待ってよぉ」
まだ冷め切っていない紅茶を一気飲みしたセレナは舌を出してハフハフと悶えながらも席を立って追いかけてくる。
他人がやっていればドン引きだが、彼女がやると子犬みたいで保護欲をかき立てられる。
本当にずるい。
私たちはそれぞれの専属メイドから鞄を受け取り、通学の準備を整えた。
「それで好きな人ってだれなの?」
「秘密よ。時が来れば教えてあげる」
ブーブー文句を言うセレナを放置して歩き出す。
私に好きな人がいるのは本当だがこの世界の住人ではない。
私が18年間過ごした日本で、同じ高校に通っていた男子生徒だ。
名前は思い出せないけれど、顔だけは鮮明に覚えている。
「卒業式の日に告白する予定だったんだけどな――」
後ろをトボトボついてくるセレナには聞こえないように呟く。
私はすでに死んでしまっているかもしれないけど、この物語を終わらせることで現実世界の私が生き返ったり、元の生活に戻れる可能性があるなら、ごくわずかな希望に賭けたい。
失敗を重ねる毎にそう強く願うようになった。
そもそも、あいつが早く告白してこないのが悪い。
なんで私から告白しないといけないの!? しかも卒業式の日に。
クラスでも「二人は付き合ってるんでしょ?」って言われるほどだったのに……。
深呼吸をひとつして冷静になる。
お互い様か。私だって素直にならなかったのだから、あいつを攻められる立場ではない。
せっかく決意したんだ。この想いを伝えるまで諦めてたまるか。
「三度目の正直ならぬ、十度目の正直になるかしら」
どんな手を使ってでも物語を終わらせる。
そのために全力を尽くすと心に誓ったのだ。
「そうね。初心に戻って物語通りに進めてみるなんてどうかしら」
私にとってはバッドエンド確定なのは間違いない。
しかし、必要な知識+αは得たから注意深く観察しながら進めてみるのはありかもしれない。
今回の方針を決めた私の後ろではセレナが可愛らしい、くしゃみをしていた。
鼻水をすする姿も可愛いなんてやっぱり理不尽だと思う。
そんな恨み言を内に秘めてハンカチを差し出した。
「えへへ。ありがとー」
のんきな妹め。必ずハッピーエンドに導いてあげるから覚悟しておきなさい。