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第29話 お姉ちゃんは12周目で折れる part9

 ゆらゆらと体を揺らしながら近づく人影。

 声はセレナだけど、雰囲気はまるで別人だった。


「これで満足?」


 ぞっとするほど低い声にたじろぐ。


「私を別の男性とくっつけて、リリーナが殿下の妻になって、お父様の願いを叶える。こういうの一石二鳥っていうんだよね」


 こんなにもトゲのある話し方をする子ではない。12回も見てきたのだから断言できる。

 セレナだって人間なのだから腹の虫の居所が悪い日もあるだろう、と無理矢理にでも思い込みたい。

 でも、できなかった。

 キャンドルスタンドに照らされたセレナの瞳はひどく濁っていた。

 焦点の合わない目が私をぼんやりと見ている。


「セレナ? 大丈夫? 式で疲れちゃった? それなら早く寝た方が――」


「うるさいなぁ」


 以前は可愛い反応にしか見えなかったが、今のセレナから純粋さは感じられない。

 今の仕草も拗ねるというよりも、苛立ちを隠すためのように見えてしまった。


「こそこそとラウル殿下と会ってさぁ、私を出し抜く計画を練っていたんでしょ?」


「なにを言っているのよ。私と殿下が会ったのはパーティーの時とセレナと一緒にお茶会に招待された時だけよ」


「嘘だッ!!」


 獣のような表情で、腹の底から出たうめくような声に体が震える。

 目の前にいるのが本当に世界一の美女なのか分からなくなる。


「これなーんだ?」


 見せつけてくる人差し指と中指には何かがつままれている。

 一見すると何も見えないが、よく目を凝らすと一本の髪の毛があった。


「殿下のお部屋のソファ。背もたれの隙間に挟まっていたよ? これ、リリーナのだよね?」


 言葉に詰まる。

 その直毛は確かに私のもので間違いない。

 私が見た限り、ラウル王子の世話係に金髪はいなかった。

 いくら掃除が行き届いていてもソファの隙間までは見落とされていたようだ。


「あの時、落ちちゃったのかしら。よく気づいたわね」


「そう。しらばっくれるんだ。へぇ」


 セレナはまた一歩近づき、私の前で摘んでいた髪を離した。

 重力に引かれ、揺れながら床に落ちる。


「『私よりもセレナの方がラウル王子とお似合いよ』って言ったよね?」


 卒業記念パーティーでダンスを踊った後に確かに言った。何も気に触ることではなかったはずだ。

 セレナはギリッと奥歯を噛み締め、私を睨みつけた。


「あの人はずっとリリーナの話しかなかった! バレルナーゼ公爵領へ移動していた時、隣には私が居たのに、あの場に居ないリリーナだけを見ているようだった! あのキラキラはリリーナを想って溢れ出ていたものなのよ!」


「ちょっと、セレナ。落ち着いて」


 不用意に触れないようにしつつも、両手を彼女に向けてなだめる。

 息を切らしたセレナは大きな瞳に涙を浮かべていた。


 嫉妬されてるの?

 この私が?

 世界一の美人に?


「リリーナが好きな人がいるって言ったから私がラウル王子の婚約者になろうって決めたのに」


 あぁ、やめて。聞きたくない。


「それなのに私を除け者にして、楽しそうにしているなんてあんまりだわ。本当はラウル王子のことが好きなんでしょ」


「違うの、私は!」


「好きな人と結ばれることが本当の幸せなんだよね? リリーナは本当の幸せを掴めてよかったね」


 そんなつもりじゃなかったのに。

 私はただ全員が幸せになるエンディングを迎えたかっただけなのに。

 それなのにどうしてこうなってしまったの……。


「私にも好きな人がいるって言ったの忘れちゃった?」


「忘れてなんかないわ。セレナの好きな人はリスティでしょ」


「そう。きっと二度と会うことのない初めて好きになった人。だから、その思い出を胸に抱いて決められた人の元に嫁ぐ覚悟を決めたの」


 セレナのしたたかさは十分に理解しているつもりだ。

 私たちは彼女の強さを利用してしまった。


「知ってる、リリーナ? デッラ様ってね、婚約破棄の常習犯らしいよ」


「え……?」


「あんなに顔立ちが整っていて、身なりも教育も行き届いている公爵家の長男なのに婚約者がいないことが気にならなかった? 普段のリリーナだったら、絶対に見逃さないと思うんだけどな」


「そんな!?」


 セレナの指摘された通りだ。

 私だって違和感は感じていたが、ラウル王子の意見を尊重するために無視した。

 それが仇となった。

 もっと慎重に婿選びをするべきだったんだ。


「鈍くさい私でもこれくらいのことは調べられるんだから、賢いリリーナなら当然知ってるよね? 知った上で家の発展のために私を嫁がせるように進言したんだよね? そうでしょ、リリーナ? 返事してよ」


 追求するセレナの目が鈍く光っているように見えて恐ろしい。

 首に巻きつけられた縄とじわじわと締め付けられるような緊迫感と圧迫感に息がつまる。

 一歩後退ると、セレナは一歩踏み出す。

 私は後ろにあったテーブルに足をぶつけ、小さな声をもらした。


「知らなかったの。本当に知らなかったのよ。信じて、セレナ。お願い!」


 あふれてくる涙をこらえながら懇願する。

 それでもセレナは足を止めなかった。

 私がテーブルの上に手をつくと弾みで一冊の本が床に落ちた。


「あっ」


 セレナも私の足元に落ちた『闇の魔道書』を見下ろしている。

 とっさにしゃがみ込もうとした私に向かって、光る何かを向けるセレナ。

 私は鈍く輝く細長いものに触れないように動きを止めた。


「……ペティナイフ」


「動かないで。私は本気よ。その本を渡して」


 真っ直ぐにナイフを向けられ、体を起こして後退あとずさる。

 セレナはそのままの姿勢で『闇の魔道書』を拾い上げた。


「これが私に隠していたものね」


「それは危険なものなの。だから、返してちょうだい。お願い」


「嫌だよ。あんなに必死になって隠したがっていたものだもん。きっと素敵な本なんだろうね」


 セレナは『闇の魔道書』を扉の方へ投げ捨て、再び私にナイフを向けた。


「あれは本当に危険なの。世界を滅ぼすことが可能な本なのよ」


「へぇ。それでリリーナが変だったのね。上手くトラブルを避けているのもその本のおかげなのかな」


「違う! それは私が――」


「私が、なに?」


 言えない。

 私が絵本の世界の住人ではないことも、普通に過ごせばリリーナが破滅の運命を迎えることも。絶対に教えられない。

 全てを伝えられれば、どれほど楽だったか。


「リリーナって魔女なの?」


「違うっ! まだ魔女になってない!」


「まだ……? ふぅん」


 意味深に笑ったセレナがずいっと鼻先が触れ合いそうな距離まで間を詰める。

 セレナの甘い香りが鼻孔をくすぐった。


「さようなら、リリーナ」


 その言葉を最後に目の前が真っ暗になった。

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お読みいただき有難うございます!
「君を愛することはない」と言った夫に呪いをかけたのは幼い頃の私でした
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