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第23話 お姉ちゃんは12周目で折れる part3

 清々しい朝だ。この感覚は11周目を上回る。

 勢いよくカーテンを開け放ち、このままバルコニーで踊りだしたい気分だった。

 前回は気分よくバルコニーに出たことで、専属のメイドさんを青ざめさせてしまったから不用意なことはせずにクローゼットを開く。

 お気に入りの一着を取り出し、全身鏡の前でくるっと一回転した。


「うん。今日も美人だ」


 そこにはクールなリリーナではなく、キュートなリリーナが映っていた。

 やはり気持ちは表情に表れるらしい。いつもきつめのツリ目なのに今日はセレナにそっくりだった。


「いつもこんな顔ならいいのに。希望を持つって素敵なことね」


「まさに恋する乙女ですね」


 驚いて飛び退くような真似はしない。

 ニヤニヤする二人のメイドさんが背後に映り込んでいるのは百も承知だ。


「まさか。まさか、よね」


 そんなはずがない。

 私が好きなのはあいつであって、あのポンコツ王子ではない。

 それにあの人にも好きな人がいるって言っていたし。絵本の世界で恋するなんてあり得ない。


「リリーナ様?」


「え、あっ。なに?」


「ご気分が優れませんか?」


 顔を上げると神妙な面持ちのツリ目の女が映っていた。

 ここまで顔が変わると心配されても不思議ではない。

 眉間に寄ったしわを無理矢理にほぐしながら答える。


「いいえ、大丈夫よ。さっさと着替えましょう」


「畏まりました」


 心の内を悟られないように冷たく命じた。


「お聞きしましたよ。昨日はラウル殿下とダンスなさったとか」

「それもセレナ様に一緒と聞きました。本当ですか、リリーナ様?」


 朝からテンション高めだ。

 私も同じように気分も体調も好調だから真面目に答えることにしよう。

 メイドさんたちも年頃の女性だ。色恋の話には興味津々だろう。しかも相手がラウル王子となれば目の色が変わっても仕方ない。

 これまでセレナの専属メイドだけが興味深い話を聞けていたのだから、少しくらいサービスしてあげていいだろう。


 結局、セレナの着替えが終わって私の部屋を訪れるまで話し込んでしまった。

 恒例である「この世で一番美しいのはだれ?」の強制イベントをきっちり回収し、浮ついた気持ちを一旦落ち着ける。

 その頃には私の着替えも終わっていた。


「おはよう、リリーナ! ってなんで制服じゃないの?」


 今の私は私服姿だ。

 メイドさんが雑談に集中して間違えてしまったのではない。制服に着替えるつもりがなかったからだ。

 話の途中で何度も二人に確認されたが、これが正解で間違いない。


「今日の卒業式はパスするわ。一人で登校できるわよね?」


「えぇ!? 学園最後の日なんだよ? 一緒に行こうよ」


 素敵なお誘いだが、私とラウル王子にはやることがある。

 時間を無駄にしないためにも長ったらしい卒業式に出席するわけにはいかないのだ。


「ごめんね。大切な用事があるの。夜には戻るから」


「それってラウル殿下との約束?」


 昨日、パーティーホールからダンスホールへ移動している最中と同じように、鋭い質問を繰り出すセレナを軽くあしらい、先に食堂へ向かうようにお願いした。

 さっさと食事を終えて、両親の待つエントランスへと向かう。


「おはよう、二人とも。む、リリーナは制服ではないのか?」


「おはようございます、お父様」


 父は私の服を見て、何かに感づいたようだった。


「昨日のパーティーではラウル殿下と踊ったらしいな。お前たち二人を殿下が気に入られたのなら私としても鼻が高い」


 私もセレナも静かに頷くだけで余計なことは一切話さなかった。

 両親と一緒にセレナを送り出す際、母は「あなたも出席しなさい」と何度も言ってきたが、父の「あとで私の部屋へ来なさい」の一言で黙った。


 父の書斎の扉をノックして中に入る。趣味が良いとは言えない絵画が飾られている部屋だ。

 促されて中央に置かれたソファに腰掛けると、父はずいっと体を乗り出し、私に顔を近づけた。


「このまま上手くラウル王子に取り入れ。なんなら純潔を捧げても構わん。セレナにはできない芸当だが、お前ならできるだろ?」


 その話だと思った。この人はリリーナをなんだと思っているのだろう。

 要するに既成事実でも何でも作ってこいというわけだ。

 父としては婚約者候補、ひいては王妃候補としての仕事をさせる方が卒業式に出すよりも有意義なのだろう。


「お言葉ですが、ラウル殿下は私たちと友人になりたいと仰ってくれました。殿下のお気持ちを汲むとそのようなことは――」


「何をたわけたことを。お前は攻めて構わん。失敗してもセレナがいるからな。その時は嫁ぎ先を斡旋あっせんしてやる」


 葉巻に火をつけた父が汚らしい煙を口から吐き出した。実に不愉快な色の煙と臭いだ。

 タバコよりも体に悪い気がする。


「分かりました。失礼いたします」


「リリーナ」


 ドアノブに手をかけたところで名前を呼ばれて立ち止まる。


「期待している」


 私は無言で扉を開き、バタンと音を立てて閉めた。

 やはり、あの父親は気に食わない。

 これがこの世界の常識なのかもしれないが、私には到底理解できない。

 自由恋愛ばんざいだ。



◇◆◇◆◇◆



 王都の奥にあるお城へと向かう道中は退屈で仕方がなかった。


「メイドの一人でも連れてくれば良かったかしら」


 セレナとの外出は楽しかった。

 危ない目にも遭ったけど、有意義な時間だったことは間違いない。


 長い時間をかけてお城の近くまで馬車を進せてもらい、途中からは徒歩で門まで近づく。

 そこに立っているのは11周目と同じ門番だった。


「ごきげんよう。リリーナ・アッシュスタインと申します。本日、ラウル殿下とお約束をさせていただいております。お取り次ぎを願えますでしょうか」


 摘んだスカートを軽く広げて、膝を沈めながら頭を下げる。

 門番は来客リストをめくり、すぐに閉じた。


「失礼ですが、リストに載っていない方をお通しすることはできません。お引き取り願います」


「ハァ……。あの、ポンコツ王子め」


 思わずため息をついて、ボヤいてしまった。

 以前のように強行突破してもいいが、またしても腕にあざを作られてはたまったものではない。

 さて、どうしたものか。


「お引き取りください」


 一歩も動かない私に痺れを切らした門番が語尾を強めて言う。

 私の頭二つ分くらい高い位置にある目には不信感と懐疑感の色が強く出ていた。


 仕方ない。

 もう一度、渾身の叫び声を聞かせてやるとしよう。


「待った。そこまでだ、リリーナ嬢」


 肺の中を満たした空気を風船のように全て吐き出す。

 私の前では突然登場したラウル殿下に驚いた門番が目にも留まらぬ速さでかしづいていた。


「また忘れたわね」


「ごめんごめん。今日は来ないだろうと思って。明日やろうと思っていたんだ」


「うそ。忘れていただけでしょ」


「まぁまぁ。美味しいお茶とお菓子を出すから許してくださいよ、お姫様」


 初めて見た人には、一国の王子と公爵令嬢のやりとりには見えないだろう。

 実際に二人の門番は口をあんぐりと開けている。


 ラウル王子に背中を押された私は綺麗に清掃された廊下を歩き、彼の私室へと向かった。

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お読みいただき有難うございます!
「君を愛することはない」と言った夫に呪いをかけたのは幼い頃の私でした
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