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第九話

パチ パチ パチ パチ パチ パチ パチ パチ!・・・・・・!!!!


楓の演技で感動した観客の興奮はまだ冷めない。演技を終えた楓がリンクから出ようとしていてもまだ拍手が止まない。

真珠の顔からは血の気が引いている。

圧倒的な技術、演技力・・・というより、シニア選手を含め、たくさんの選手を研究し観てきた真珠もここまで凄い選手を知らない。間違いなく楓はオリンピックに出ていてもおかしくない、それもその表彰台に乗っていてもおかしくないレベルだ。


「はぁー ただいまー!! 」


楓が息を切らして帰ってきた。蒼井はブレードカバーを渡すと急いでシューズにつけ真珠の元に近づき手をとった。


「コブタちゃん 見てくれた! コブタちゃんのために一生懸命、頑張ってきたよ☆」

「・・・う、うん」


真珠は答えるのもやっとだった。

楓は真珠の手を握ったまま、蒼井の方に振り返る


「先生! お腹減った うきー!! 」

「あーん・・・ 」


蒼井はジロリと楓をにらむ、しかし、口元は緩んでいた。

足元に置いてあったバッグの中からさっとバナナの房を取り出す。


「はい。」

「えー またバナナー?! 他のがいい!!! 」


楓はそう言いながらバナナをふんだくった。


「ほら 行くよ。」

「へ? ほほに?(どこに?)」

「教えただろ! 結果聞く場所。 キス&クライだよ」

「ふえ~?」


楓は面倒くさそうに嫌な顔をした。

蒼井は嫌そうな楓の衣装を掴み猫のように持ち上げ連れて行く

蒼井に持たれながら真珠の方に振り返り手を振る。


「はほへへー(あとでね~)」


真珠は全身に力が入らない・・・まるで、風邪で熱でもあるかのようにグッタリと体が重い。実力の差にも衝撃だったが、それより気になるのは結果だった。

真珠の頭の中は必死に過去のジュニア大会の最高点を思い出そうとしていた・・・


{ただいまの中山 楓さんの得点・・・・・}


会場にアナウンスが響く。

真珠は電光掲示板に振り向いた。久しぶりに動いた気がした。

背中が冷たい・・・・見ているだけで、こんなに冷や汗をかいたのは生まれて初めてだ。

{技術点 63.00点 構成点 65.60点


トータル 128,6 }


ワァァァァァァァァァァァァァ!!!


再び歓声が上がる。

キス&クライで蒼井が一人ガッツポーズをしていた。

楓はつまらなそうにバナナを頬張っていた。


真珠はヒザに力が入らなくなり一瞬ガクッと落ちた、だがすぐ立ちなおした。


「フリーだけで・・・・128点・・・・ 」


ジュニアのフリーは要素が12個と決められていてシニアより一個少ない。それなのにシニア大会のそれも世界大会並みの成績だ。


間違いなく全ての要素が最高レベルと評価されている証拠だった。

構成点も、平均8点以上という最高評価を得ているだろう。


ジュニアの世界ではたまにこういうことが起きる。

圧倒的天才の出現。理不尽なまでの才能開花。桁違いの点数を叩きだす新人選手が突然現れることがある。

あのM・A選手もそうだった。

彗星のように現れ、桁違いの成績で優勝を重ねていった・・・


そして、なんとなく真珠には予感のようなモノがあった。

サルの気持ちを理解するために行き倒れた楓。

小さい時から、ちっとも変わらない楓。

曲を聴いて人目も気にせず踊りだす楓。


楓は自分と、いや普通の人とは違うということが。


重い足をひきずって真珠は控え室の方に向かう。


『完全に計算が崩れた・・・』


更衣室に入るとすぐにいつも持ってきているネットブックを取り出し開く。

自分の予定要素数パターンと点数を出した。


『私のフリープログラムの予想スコアは75点台・・・未完成3Aトリプルアクセルや、まだ成功率の低い3Fトリプルフリップ+3Tトリプルトゥループに成功しても80点くらいだ・・・ショートの得点40点と合わせても120点。楓には8点足りない・・どうしたら・・・』


今から自分が出来る技の並べ替えでなんとか128点を超えられないか・・・

ルール上では、後半で出す要素は1.1倍になる。真珠はパソコンの画面上で何度も何度も並べ直す。


『どうしたら・・・128点を抜ける?!・・・・』


カシャカシャと誰もいない更衣室の中でキーを叩く音が響く。



会場では大会は進み次々に選手が演技をしていた。

だが、一番手の楓の演技の後で観客席はかなり静かになっていた。


その観客席の中で真珠の所属するクラブが固まっている席で

松山コーチは真珠の用意した予想と結果を照らし合わせていた。


「やっぱり・・・・」

「?」


他のコーチが松山の呟きに反応して目を向ける。


「真珠の予測が外れてる・・・・今まで、ほぼ百発百中という位だったのに・・・」

「え! うそ・・・」


松山の持っている予想の紙を隣から覗く。


「! 」


その時、現在してる子が突然ジャンプをミスした。


「あの子も・・・」


松山の額から一筋、汗が流れる。明らかに熱いからかく汗ではない。


「前の子も、その前の子も・・・自分のスケートを見失って、失敗の連続だわ・・

みんな真珠の予想よりかなり低い・・・」


予想の紙を下ろし、眉をひそめ観客席の一角にある階段の壁に寄りかかり他の子の演技を見る蒼井桜とその後ろでつまらなそうに。まだバナナを食べている楓を見た。


「この大会・・完全に壊されたわね・・・・中山 楓に・・・・蒼井 桜に・・・・」



(やっぱり・・・こうなったか・・・)


蒼井 桜は腕を組み壁に寄りかかったまま、大失敗を繰り返す選手達を横目で見ていた。


(”私達”のやったフィギュアは完璧な技術力の上で成り立つアドリブ・・・

楓はまだ短いながらも人生のほぼ全てをフィギュアスケートと感受性を育てることにあてている。 )


演技を終えた選手がまた失敗で泣きじゃくりコーチに抱きついている。


(こんな発展途上の子供達の前で、披露すべきではなかった・・・)


蒼井は組んでいた腕で自分の肩をぎゅっとしめ、視線を地面に向けた。


(・・・というより・・・・・もう見せるべきではないのか・・・)


大きくため息をついた。


(競うべき相手がいない・・・・)


足もとでバナナを食べている楓に目をやる。


(今ならまだ。 この子を普通にできるかもしれない・・・)


ほのかに蒼井は口をゆるめ、笑みを作った。


「楓、何食べたい? 」


楓は嬉しそうに振り向く。


「え?! 外食? ホントに!?? 」


楓は鼻息を荒くうっとりとしてヨダレをたらした


「松坂牛・・・・」

「無理!! どこで覚えたそんなもん・・・」


楓は口をとんがらせてブーイングをする。


(私の理想をこの子に押し付けた責任は・・・取らなければ・・・・)


すねている楓を見ながら、強い決意を瞳に宿らせる蒼井だった。

そしてまた、次の選手がリンクに入っていった。



更衣室。

ジーっとネットブックの動作音だけが響いている。

化粧道具が置かれる筈のテーブルにはクシャクシャになったメモらしきゴミがいくつも

転がっている。

パイプ椅子に座り、手をぶらーんとさせ、だらしなく背もたれに寄りかかり虚脱しきった

真珠が鏡の前の自分とずっと視線を合わせていた。

その顔は異様なほど白い。


『無理だ・・・今の私では、どうやっても届かない』


朝、練習したきり、スケート靴を履いたままだ。


『このまま2位通過しても、仮に東日本大会を抜け全日本大会に出場出来たとしても楓がいるかぎり、表彰台に上がれるのは残り2人。去年までのデータを見ると私の最高点でギリギリ4位。しかも他の選手も確実にレベルアップしてる可能性が高い。・・・なんとか一年以内に7級を取れてシニアに行けたとしても、もっとレベルの高い戦いが待っている。しかも今の混戦状態のシニア界で、グランプリシリーズに選ばれる新人の枠なんて一人がいいところ・・・

・・・・・・・・・・・私にはもう取れる椅子は・・・・・・ない』


真珠は静かにネットブックを閉じた。



会場の階段の壁に寄りかかりしばらく大会を見ていた蒼井は楓と共に足元に置いてあった大きなバッグを持ち上げた。そこには楓の着替えなど全てが入っていた。


「よし、忘れ物はないね?」

「え? 」


楓は座ったまま驚いて蒼井の顔を見た。


「もしかして、先生・・・帰る気? 」

「メシ、食べにいきたいんだろ? 」


蒼井はあからさまに面倒くさそうに眉間にシワをよせた。楓と視線を合わさない。


「ダメだよ! まだコブタちゃんの見てないもの。 昨日見逃しちゃったし・・・」


楓も眉をひそめ口をとんがらせて言った。

一瞬、楓を見てすぐ横の方に視線を移す蒼井が答えた。


「もう今日はまともな演技の出来る子なんていないよ」

「?  ウキャ?(※サル語 なぜに?)」


イラっとした蒼井は楓の右手首を掴み、強引に立たせようと引っ張った。


「とにかく行くんだよ! 」

「やぁ~だぁ~!!!! 」


ズズっと体の軽い楓が動く。その瞬間、楓は思い切り掴んでいる蒼井の手に噛み付いた。


「痛!! 」

「フ――――――――――!!! 」


獣のように髪の毛を逆立てて威嚇する楓。

蒼井は噛まれた手を摩りながら楓をにらみつけ、そしてまた視線を外した。

そして、大きくため息をついた。


「じゃあ、はっきり言うけど・・・・」


ドスンっと重そうなバッグを一度、床に下ろした。


「あの鈴原真珠って子、ありゃダメだよ。」


蒼井は不機嫌そうに更に眉間にシワが寄った。


「発育が早いとか、そんな事だけじゃない。 勘が悪い。悪すぎる。3トリプルアクセルは特別にしたって、他のジャンプだっておそらく相当練習しないと跳べなかったはずだ。自分の体の重心やら軸やらの感覚が希薄なのさ。そういうのはある種、感覚で跳ぶもんなんだ。アンタみたいにね。 それに、14歳で6級持ってる子が昨日見た限りじゃ3回転もおぼつかない。確実じゃないから、皆跳ばないだけで、成功率70%くらいの3回転は皆、いくつか持ってるもんだ。たぶん、あの子は一つもない。ギリギリ、トゥループでいけるかどうか・・・・はっきり言って才能が無い。 」


蒼井は一度も楓と視線を合わさず言い切った。

”コブタ”の名は今まで楓から何度も聞いていた。楓にとって真珠がどんなに大切に思っている友人か、蒼井にはわかっていた。

だから、こんな台詞を本当は言いたくなかったし、それを聞いた楓の顔も見たくなかった。


「可哀想に。あのコーチが無能なのさ。発育の事といい、感覚のことといい、

あのコーチは大事なことを、おそらく解っていて言わなかった。もっと他の育て方もあったろうに・・・それにもっと早く言っていればもっと早くあきらめられていた。」


楓はアグラの崩れた格好で両手に地面を手をつき、茫然と聞いている・・・

・・・・と思ったら、突然、ふきだした。


「プ――――!!! ブハハハハ 」

「な、何笑ってんだよ!! 真剣に話してんのに! 」


笑い出した楓をやっと蒼井は見た。


「だって・・・・プハハ・・・当たり前なんだもん・・・」

「あ? 」


蒼井は楓を見て驚いた。

楓は笑ってなどいなかった。、今まで蒼井が見たことのないような顔だった・・・


「昔から、トロくて、太ってて・・・いつもみんなから、『いつ辞めるの?』、『お前には無理。』って言われてて・・・いつも泣きべそかいてて・・・」


その頬は少し赤らみ、すわったような目つきでぼんやりと会場の方を見つめていた。

大好きな友人を語るような表情ではない・・・それは不安と情熱が絡み合ったような表情。


「でも・・・”居る”の。 なぜかいつもコブタちゃんは、そこに居る。」


楓の表情は明らかに”ライバル”を見ている顔だった。


「いつも不器用に、いつも泣きそうに、コブタちゃんは”そこ”居る。

いつも”りんく”の上にいるの・・・」


蒼井には楓の言っている意味がよく解らなかった。




「コブタの真珠」第九話を読んで頂きありがとうございます。

いよいよ佳境に近づいてきました。

この物語は全11話で完結します。

是非、また読みにきてくださいね!!

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