第四話
『出来る!・・・出来るっ!!! 』
真珠は何度も3Aを繰り返した。
高いジャンプを要するエネルギーを蓄えるため仮定トゥピックの部分に一気に一瞬に負荷をかける。その時のタイミングが一番難しいのだが、今の真珠はまるで魔法がかかったように成功を繰り返した。うれしくてたまらず笑みがこぼれる。
しかし、蒼井の表情は難しく眉をひそめている。
真珠はそのまま蒼井の前にやってくる。
「あの・・・ありがとうございます!! 」
真珠は丁寧にお辞儀をした。
「いや、こちらこそ、楓がお世話になったから・・・」
「そんな・・・」
真珠は腕時計を見た。もう準備をしないと間に合わない・・・
もう一度深くお辞儀をするとくるりと踵を返しバッグの置いた方に向かった。
「でも・・・今の・・・」
蒼井は手で口を隠し何か言いよどんだ。
「はい? 」
振り返った真珠には、まだ微笑みがこぼれている。
「いや・・・いいんだ・・・」
何か言いかけたはずの蒼井は言葉を飲み込み下を向いた。
「じゃね・・・」
蒼井はその場を去ろうと真珠に背を向けた。
「あ・・あの・・・」
蒼井は足を止め、耳だけを真珠に向けた。
「もし、頼んだら・・・・私もコーチしてもらえるんですか? 」
真珠はまるで好きな男の子に告白しているかのように顔を真っ赤にしていた。
「悪いね・・・」
即答だった。だが真珠にとって蒼井は雲の上のような人だった・・・
断られる覚悟はあった。まして・・・自分のような要領の悪い選手はなおさらだろう・・・
そう思ったとき、蒼井は振り返った。
「いや、あなたがどうとかじゃなくて・・・」
軽く鼻でため息をつく蒼井。
「迷ってるんだ・・・私も・・・このままこの世界にいるか・・・」
蒼井はどこも見ていない視線を地面に向けていた。
真珠には蒼井の言葉に重みを感じ、今の歳の自分ではそれ以上何も聞くことはできなかった。
その時、真珠のバッグの中で携帯が鳴る。アラームだった。
「あれ・・・もうすぐ楓の出番なんじゃないんですか?」
「!!! 」
蒼井は一気に青ざめる。
「楓・・・見なかった・・・よね?」
「い・・いないんですか?! 」
★
蒼井と真珠は2人がかりで楓を探した。トイレ、階段、控え室、木の上、植木の間・・・
あらゆる所を探しまわった。
真珠を控え室をもう一度よく見るとロッカーの上に真珠の母親に作ってもらった四段重ね弁当の空き箱を見つける。
「いた?! 」
蒼井が控え室に入ってきた。
「いえ、でもロッカーの上に弁当箱が・・・」
「あのサル娘!! 人のつまみをー!! 」
「蒼井さん、もしかして・・・弁当を探してたんですか?」
真珠が呆れていると、遠くからアナウンスが聞こえる
{エントリーナンバー 15 中山 楓さん }
「! 」
真珠と蒼井はリンクの方に急いで向かった。薄暗い廊下を抜けるをまぶしいカクテル光線が目に入る。
しかし・・・ひと目見て異常に気づく。 あまりにもお腹が膨れている。真珠はあきれて呟いた。
「ちゃんと・・・出てるけど・・・お腹も出てる・・・」
「弁当返せー!! 」
蒼井は楓にどなった。
だが楓には全然聞こえないようだ
。
「ちっ! 極刑決定!!」
リンクの壁を蹴る蒼井。
しかし、そんな蒼井をよそに真珠は深刻な顔で楓を凝視していた。
『さっきので、よくわかった。蒼井桜はやっぱり天才だ・・・こんな人に教えられている楓・・・昨日見た3F+3Tといい・・・
いったいどれ程の演技を見せてくれるの? 楓!! 』
リンク、会場いっぱいに曲が流れはじめた。
★
その大きく膨らんだお腹で楓は滑り出した・・・・そして最初のジャンプに入ると思った時だった。
「 うぷっ! 」
口を押さえた楓は急いでコーチボックスのほうに向かった。
「おえええぇぇぇぇ・・・・」
その声が会場中に響き渡る。 音楽が止まった・・・
一瞬の静寂が来た後、会場はドォっと笑い声に包まれる。
「た・・・食べ過ぎた・・・」
倒れた楓は、ぷるぷるしながら呟いた。
大会関係者の人なのか腕章をつけたスタッフが楓を介抱した。
「すみません、中山 楓選手の関係者・・・コーチはいませんかー! 」
蒼井と真珠のすぐ横で楓のコーチを探すスタッフ。一瞬、蒼井と目が会う。
「知りません。 そんな子知りません! 他人です。」
小刻みに手を振る蒼井に唖然とする真珠。
「ぜんぜぇ~」
楓が蒼井の方に震える手を伸ばす。
「シャ―――――!!! 」
楓の手を避け猫のように威嚇した。
そんなやりとりを、茫然と見ていた真珠の後ろから松山コーチが声をかけた。
「真珠 探したわ・・・そろそろ用意しないと本当に間に合わないよ」
「あ はい! 」
コーチと共に控え室の方に向かい薄暗い廊下に入った。
スタッフがあわてて
モップとバケツを持ちリンクの方に走っていくスタッフとすれ違う。
真珠は逆方向に歩きながら、そのスタッフを見送った。
『・・・ラッキーかもしれない・・・』
未知で蒼井桜に教えを享受してきた楓を、真珠は一番恐れていた。
ショートプログラムを棄権したことで楓に優勝の目はない。
真珠はコスチュームに着替えながら少しほっとした。
「でも・・・」
スケート靴をいつもどおり念入り縛り終わるとゆっくりと顔を上げた
その強い瞳は覚悟と決意と挑戦と・・・様々なプレッシャーが入り混じっていだ。
★
曲もクライマックスを過ぎた、まもなく前の選手も演技を終えそうだ。
真珠は一番最後から3番目の滑走だ。
コーチボックスで松山コーチと待機、準備運動をし続ける。
「先生、他の選手の結果はどうでした? 」
壁に片足を高く上げ更に上半身を上げた片足に近づける。一般の人から見たら考えられないほど柔軟な体だ。
「ほぼ、真珠の予想通りよ」
松山コーチは真珠にもらった予想の紙をポケットから出した。実際の結果を予想の横に赤ペンで書いてある。
「よし・・・」
真珠は小さく拳を握った。
{エントリーナンバー36・・・鈴原真珠さん}
アナウンスが場内に流れる。真珠はブレードカバーを取り松山に渡した。
「真珠、しっかりね」
「先生・・・」
真珠は松山の目を見た。
「見ててください」
真珠はゆっくりとリンクに入った。
『見ててください。 私の”才能”を・・・! 』
静寂が会場を支配する。
松山はコーチボックスで祈るように手を合わせた。
蒼井はその後ろで手を組んだまま壁に寄りかかり見ている。
観客、審査員、みんなが真珠に集中している。
★
真珠のはじまりのポーズをとる。左足に重心をおき、右手は腰にかけ、左手を横に伸ばし
その手を下に向けていた。
チャイコフスキー ”くるみ割り人形”の中から「花のワルツ」
曲が流れはじめる。
下に向けていた左手を花が咲いたように上にかざし、後方に滑り出す。
最初のジャンプは2A。 真珠はステップと共に前向きに滑りだす
そして、左足トゥピックでブレーキをかけるように跳んだ!
1回転・・・2回転・・・半。 着地もキレイに決まる。
『2A +3.5』
続いては3F左足インラインに乗ったまま右足トゥピックで踏みきる・・
※(スケート靴はのブレードは刃が二本点いており、あまりまっすぐには滑らず常にカーブを描く、その時カーブの内側をイン外側をアウトといい、ジャンプはそれぞれ右足、左足、イン、アウトなど、細かい段取りを踏まないとジャンプと認められない。)
1回転、2回転、3回転・・これもキレイに右足着氷。
『3F +5.5』
真珠はいつものように頭の中をまるで計算機のように点数を加算していく。
次々と演技を成功させていく
「よし、いつもどおり良い滑り出し・・・」
見ている松山コーチは着ているコートの脇バラの辺りを無意識に力いっぱい掴んでいる。
曲の流れにピッタリ合っている。 一瞬、跳び右足を前に出し片足でスピンを回る。
『FSSp +2.3』
スピンを終えると後ろ向きで滑り、スピードを出す。
そして前向きになる。
曲はクライマックスを終えようとしている。
『 ココ!!! 』
風を切るなか真珠は目を見開き、体全体の神経を意識した。
指先、足先、髪の毛、頬に触れる風の流れ、ブレードの先の氷の感触まで感じるように。
その高めた集中力を左足にかけた。
そして、増したスピードと体重のエネルギーを左足トゥピックに集約する!
観客からは一瞬、ブレーキをかけたように見える。
そしてその反動を今度は左足ヒザで受け止め、一気に跳んだ!!
1回転・・・
2回転・・・・・・
3回転・・・・・・・・・・・・・半!!!
ジャッ!!着地!!
高く跳びさらに高速で回転した勢いを右足、右ひざで受けた。そうとうな負荷だったがかろうじてバランスを保つ真珠
『よし・・・・・!! 』
真珠は自然と顔がほころんだ。
3Aを成功させたのだ!
予定外の演技に松山コーチは驚いた。
真珠はすぐさま、着地した右足で1トゥループを跳んだ。
3A+1Tのコンビネーション・・・
『よし! 計算通り!! 』
真珠の顔は微笑みから完全なる笑みに変わる。締めくくりのステップシークエンスをはじめた。
だが、松山コーチは笑っていなかった。それどころか眉間にしわを寄せ
明らかに怒っている表情で真珠を見ていた。
「コブタの真珠」第4話を読んで頂きありがとうございます。
この物語は全11話です。 是非また読みにきてください!!




