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第二話


「もしかして、コブタちゃん?」


その正体不明のサル・・・のような娘に”コブタちゃん”と呼ばれ、動きが止まる真珠。


『コブタちゃん・・・コブタちゃん・・・コブタちゃん・・・遠い昔にそんな名で呼ばれていたような・・・』


真珠は思い出したくない記憶を封印した記憶の金庫を解禁した。   うっすらと頭の中に浮かんできたのは、リンクの中だった。

何年前のことになるだろう。フィギュアスケート教室に入って何ヶ月かそこらかだろうか。   フィギュア教室・・・と言ってもリンクの中なので氷の上だが、そこには工事でよく見かける赤い三角錐のコーンがいくつも並べられ、子供が何箇所かに分けられていた。真珠はいつも入り口を入って一番右端で滑っていた。一緒に入った子たちの中には左の方に移っていく子も沢山いた。


「先生・・・なんで私はあっちに行っちゃダメなの? 真珠もあっちに行って滑りたい」

「もう少ししたらね 頑張って行けるようになろうね!」


その頃から真珠を教えていた松山コーチは困ったような顔をして言った。


「バーカ こっちは上手い人専用のエリートコースなんだよ! お前みたいなデブの豚子はムリムリー」


意地の悪い男の子たちがスイスイ滑りながら真珠をからかった。この頃の真珠はチビでコロコロしていてよくからかわれる対象だった。


「♪ブーブー ブタコ! ブタコ! ブタコ! ブー ブー ブー♪」 


いじわるな歌にいつも真珠は涙をためて怒った。



「ブタコじゃないもん!! ブタコじゃないもん!!」


泣きわめく寸前、割って入ってきた子がいた


「やめなよ!! ”コブタちゃん”だって才能ないのに一生懸命頑張ってんだから!! 人の気持ちも考えなよ!!」


グサリ。とその子の言葉の方が真珠のプライドは深く傷つけられたのだが、助けられたような気もするし複雑な気持ちだ。


「コブタちゃん。あんな子たちのことなんて気にしちゃダメだよ? それじゃ私はアッチ側だから」


そう言うとスイスイとエリートコースの方に向かうその子。 

名前は・・・・たしか・・・・


真珠は我に返ってその子の名前を思い出した。


「かえで! あんた中山 楓?」


そのサルのような少女はピクピクしながら力なくうなずく、だいぶ衰弱しているようだ。

真珠はそのサルが楓だとわかると恐る恐る近づいた。


「でも、あんた確かどっかに引っ越したんじゃ・・・」


楓は全身茶色の着ぐるみのようなつなぎをきてご丁寧に大きい耳までつけていた。


「楓?」


楓は反応をしなかった。真珠はびっくりしてとっさに楓を抱き上げた。


「楓!? ちょっと だいじょう・・・・クサっ!!!! 」


むお~んと鼻をつんざく異臭。14年生きてきてここまで臭いのは初めてだ。思わず楓を突き放してしまう。


「し・・・しどい」


楓は小さな声で呟いた。


                             ★


すでに東の空は闇に沈んでいて西にすこし赤みが残り建物のシルエットをくっきり映し出している。真珠の家は昔は山だったところを分譲して住宅街にした場所でなだらかな坂の上の方に立っているので、夕暮れ時などは街が美しく感じる。


「ふわあぁぁぁ☆」


お風呂に入れ、キレイになった楓は食卓に並べられた夕食に釘付けだ。今日は真珠の母の得意料理、煮込みハンバーグだ。ソースは干しぶどうが隠し味だ。茹でたじゃがいもの皮を剥き、粗くきざんでニンジンとキュウリとマヨネーズを和えたポテトサラダと絶妙に合う。

「これ 食べていいの?」

楓はまるでお預けを待っている犬のように鼻息を荒くして真珠の母に聞いた。


「もちろん! たくさん食べなさい」

キッチンで野菜スープの火を弱めながら真珠の母は優しい声で答えた。


「頂きます!! ギャー美味しい!! むぉぉぉ 米! 白い米だぁ~♪」


楓は凄い勢いで食べ始めた

楓はよほどお腹が減っていたのか、ハンバーグの中心を箸で刺して持ち上げ大きく歯型くっきりつくほどバクつき、いっぱいの口の中へポテトサラダを詰め込んだ。真珠の母親が後に出来た野菜スープを置くとすぐに皿ごと口に運び、ハフハフ言わせながらハンバーグとポテトサラダを喉に流しこんだ。と思ったらハンバーグの皿にご飯と残りのハンバーグを入れ、再び口にカキこみはじめた。


 

「ほばさん ほはわひ (おばさん おかわり)」


一瞬で何もなくなった茶碗を真珠の母親に渡すと、景気良く食べる楓に気持ちよさそうにニコニコしておかわりのご飯をよそった。


キッチンの一人大食い大会の後ろで続き部屋のリビングで真珠はソファーに座りノートパソコンを開いていた。楓を風呂に入れたので真珠も風呂上りで髪を下ろしている。


『まったく・・・明日は大事な日なのに・・・ 変なの拾っちゃったわ』



うるさそうに楓を横目で見るが、すぐにパソコンに目を戻した。


『なんとか明日からのブロック予選でコーチ達の予想を裏切る演技をしなくちゃ・・・でもどうしたらいいんだろう・・・』



真珠のパソコンでフィギュアのサイトなどを検索しまくっていた。なにか新しい、自分の思いつかなかったような発想が隠されていないか必死で探していた。だが世の中そんなに甘くない。真珠はため息をつきはじめた。


「楓ちゃん このバッグも洗うわよ・・・うっ 臭っ・・・?  あら!」


真珠の母親は食事の世話を離れ、汚れきった楓の荷物を洗濯しようといた。

そのボロボロのバッグの中にフィギュアスケートの靴が入っていた。


「楓ちゃんもフィギュア続けてたのねぇ」


鼻をつまみながらスケート靴を母親は出した。


「うん! 今度初めて大会に出るの!」


まだ食事中の楓は、沢庵を箸で挟みながら答えた。

真珠は驚いて振向く。


「え?! 大会って、この時期に大会ってもしかしてブロック予選?」

「うん!! コブタちゃんも?」


楓はうれしそうに楓の方に乗り出した。が、挟んでいた沢庵が落ちるとすばやく空中で口でキャッチした。

真珠は目を丸くして楓を見た。


『へー、てことは楓も6級持ってるんだ。フィギュアのバッヂテストは6級から「特別テスト」と呼ばれるくらい難易度が増す。ほとんどの子があきらめて私のクラブでも現役で6級取ってジュニアに進んでるの私だけなのに・・・』


ちなみにフィギュアスケートの大会は13歳まで4級以上をノービス大会。13歳以上18歳以下で6級以上でジュニア大会。15歳以上で7級以上でシニア大会と言い、テレビでやっているような大会はほとんどがシニアの大会である。

真珠はパソコンを閉じて食卓についた。


「・・・ていうか、あんた。なんであんな所で行き倒れなんてしてたのよ。」


箸を持ち野菜スープだけを皿によそった。


「あのね。フィギュアスケートって音楽を体で表現するでしょう? だからいろんな事を知らないとダメだって先生が・・・」

「ま・・まぁ、それはそうかもね」


野菜スープはキャベツ、ニンジン、たまねぎ、ベーコンが食べやすい大きさに煮込んであり味付けはコンソメであっさりしている。真珠はその中のベーコンを皿から出した。


「それでね。楓、動物の気持ちがわかりませんって先生に言ったの。そしたらね・・・」

「え? 動物? なんで動物?」


真珠の質問を聞こえなかったかのように楓は話を続けた。


「《じゃあ、人間に一番近いサルの気持ちだったら、わかりやすいんじゃないの?》って先生がいうからぁ ちょっとサルになって暮らしてみようと思って・・・」


楓は得意気に笑った

真珠は楓の変人ぶりにあきれておでこに手をやった。

昔のことを思い出した。 


時にはお花の気持ちがわからないと言って一日中、動かず太陽の手をかざしていたり・・

時にはカラスの気持ちがわからないと言ってリンクの屋上から、飛び降りようとしてみたり・・・(その時はさすがに真珠が止めた)

時には猫の気持ちがわからないと言ってリンクの近くで一番凶暴な野良猫と本気でテリトリー争いをしていたり・・・

数々の変人伝説は数えあげたらキリが無い。


『そうそう、”そういう”子だった。変わってないなぁ』



真珠は大きくため息をついた。

楓は話を続けた。


「それでね、しばらくサル山で暮らしてたら、どこにいるか何処にいるかわからなくなっちゃって・・・意地悪なおじさんは怒るし(作物を勝手に食べたから)、お巡りさんは追ってくるし(ゴミ箱を漁っていたから)・・・お腹が減って、本当に死ぬかと思って・・・怖くて・・・そしたらコブタちゃんを見つけて・・・」


楓は目をウルウルさせ箸を持ったまま真珠の手を強く握った。


「コブタちゃんは命の恩人ですぅ!! 一生ついていきますぅ!! 」

「来るな。」


真珠はヒキ気味で呟いた。


「あ、でも一回は帰らなきゃ。大会も来月くらいから始まるし・・・」


楓はかわいげに人差し指をアゴの下に置いた。

真珠は呆れて楓の肩にゆっくりと手をやった。


「大会・・・明日からだよ。」


ぷーっと楓は吹きだした。


「もー コブタちゃーん 今まだ9月初め位でしょー ププププ♪」


真珠はカレンダーを指差した。力いっぱい。弱い子でもわかるように。


「今日は10月6日。」


さすがに楓の顔がみるみる青くなる・・・


「ウッキャッキャッキュウー!!(※サル語 どうしようー!! ) 」


真珠は大きくため息をついた。



                           ★

楓は電話を前にして大きく深呼吸をした。

ピ・ピ・パ・ポ・・・・電話番号は暗記してるらしくスムーズに押している。


[プルルル・・・プルルル・・・ガチャ]


電話の相手が電話を取った音だ。


「あっ 先生? か・・・楓です☆ お・お元気ですか?」


受話器のコードをクルクル指でひっかけた。


[バカモノ―――――!!!!!]


まるで受話器から”バカモノ”の文字が具現化して楓のほっぺたに衝突したような衝撃。

真珠は何も言わず再びパソコンを開いていた。


「え? 練習? や・やってます。やってます。 ホントに跳べてます ハハハハ」


楓の乾いた笑いでごまかした。


『サル山のどこで・・・?』



真珠はカシャカシャとソファーでキーを打ちながら思った。


「迎え? だだだ・大丈夫ですよ! 親友のコブタちゃんも明日大会に出るんで一緒に。はい! 明日!!」


ガチャリ! 「ふー」楓は額に出た冷や汗をぬぐった。


「”ふー”ってちょっと! アンタ泊まってく気? 私だって明日の準備が・・・」


アワてて真珠はソファーから立ち上がった。


「だってー 先生怒ってるんだものー」


楓はちいさな子供のように泣き喚いた。


「怒られろ! 当たり前だろ!」


真珠は大声で怒った。

真珠の母が洗濯機を回してリビングに戻ってきて口をはさんだ。


「まーまーいいじゃないの真珠、もう晩いんだし・・・」


やさしく楓の頭をなでた。


「そうだよぅ 一緒にピロートークしようよぅ コブタちゃん☆」

「するか! てゆうかコブタちゃんて呼ぶな! 」


真珠は結構本気で怒っていたのだが、楓には全く伝わっていなかった。



                          ★

真珠の部屋は階段を上がった所すぐの部屋だった。


「カー コー」


楓は横になるとすぐに寝息を立て始めた。しかも用意された布団ではなく、真珠のベッドでスヤスヤと。真珠は気を使って部屋の電気を消して机でパソコンだけつけていた。


「まったく いい迷惑な・・・」


ベッドの楓をチラッと見た。

検索サイトで”中山 楓”を検索する。 しかし一切、情報は出てこなかった。


「本当に初めてなんだ・・・ノービス(主に小学生の大会 4級以上)のデータも全く無い。 初出場の人なんてマークしてないから知らなかった」


パソコンの電源を切る。もういい時間だ。明日のためにも睡眠時間もしっかり取らなければならないと思った。

ゆっくりと電源が切れていく中、朝、コーチに言ったことを思い出した。


『わかりました。 もし今度の大会優勝できなかったら私・・・・フィギュア辞めます。」』



パソコンのモニターが消え目に残像が残る。部屋の中が真っ暗になる。


「計算通りなら予選での優勝は可能・・・・。 でもそれだけじゃコーチも親も認めてくれない・・・”才能”を予想を裏切る何かを見せないと・・・」


椅子を静かに戻すとすぐ後ろにひいてある客室用の掛け布団をめくる。客室用は妙に湿り気があり重い。目が慣れてきてうっすら楓の顔が見える。真珠はクスッと微笑んだ。


「この子はある意味、予想外の事ばかりしそうだけど・・・”サルダンス”とか」


楓は口を開けて寝ている。

真珠もアゴのあたりまで深く布団をかけた。


サル・・・


目を閉じて寝る事に集中した


サル・・・


その時、朝みた映像が蘇ってきた。

それはなぜかリンクの通路に落ちていて踏んでしまったバナナの皮。 

真珠は閉じた目をぱっちりと開けた。


「まさか・・・」


そのバナナの皮を踏んだのは、真珠より早くきて練習していて、真珠の気配に気づいて逃げるように消えてしまったあの正体不明の人・・・・


「まさか・・・」


その人は3(トリプルフリップ+3トリプルトゥループの基礎点9.5のシニアレベルコンビネーションを決めていた。今のクラブには自分以外でジュニア以上の人はいない。


「まさか・・・・!」


そしてさっきの楓の電話の会話を思い出した。


『え? 練習? や・やってます。やってます。 ホントに跳べてます ハハハハ』


真珠は上半身を起こし楓の寝顔を凝視した。



「あれ・・・楓?」


せまい六畳の闇の中、楓の寝息だけが聞こえる中、ほのかに緊張感がただよった。



                          ★

なんとなく昨日より寒くなった気がする朝。

今日、真珠と楓はフィギュアスケート大会ブロック予選に出場する。


あまりに汚かった楓のサルの着ぐるみは物干しで乾くのを待たれ、真珠の服を楓は借りて着ている。タータンチェック柄のスカートと白いワンピース、一瞬どこかの制服に見える。2人は玄関で靴を履いていた。


「じゃあこれ、お弁当ね。楓ちゃんの分もあるわよ 一人四段重ねよ」


真珠の母親は得意気にわたした。


「だからいつも量が多すぎるのよ」


真珠の迷惑そうな顔の横でうきゃーとキラキラ瞳を輝かせてよだれをすする楓がうれしそうに受け取った。


「真珠。」


真珠が声のした方に振り返ると、一階の寝室のドアから父、正則が顔をだしていた。


『そろそろ潮時じゃないか?』


昨日の記憶が蘇る、真珠は一瞬緊張した。





「頑張れよ。」


緊張していた真珠の体から力すーっと抜けた。


「あ、当たり前でしょ! 」


真珠は楓と共に玄関を出た。


『本当はわかってる・・・お父さんもお母さんも、コーチだって本当は私に勝って欲しい・・』


バス停にいつものバスが来ていた。

楓が居る分、いつもより今日は少しだけ遅れていたが毎日のる真珠を心配して待っていてくれたのかもしれない。乗るとき、運転手は二コリとした。


『誰もわざわざ悪意があって自分を邪魔する人がいるわけじゃないんだよね』


いつものバスから見る景色が妙にきれいな気がした。



                            ★

バスは順調に駅についた。楓は大事そうに弁当を両手で持ちながらバスを降りた。真珠は初めて運転手に会釈をしてから降りた。

父親のエールと運転手の笑顔に真珠はやる気が出てきた。


そうなると気になるのは目の前で弁当を抱えて歩く楓だ。とにかくノーマークなのだ。どんなことでもデータが欲しいとおもった 。真珠はターミナルから駅ビルに向かう赤信号でそれとなく探りをいれてみることにした。


「ねぇ 楓。その・・・今日のショートは何の音楽でやるの?」

「? 曲名? わかんない・・・コブタちゃん曲名覚えてるの? すごいねー」


楓はマジマジと真珠の顔を見るとにっこりと笑った。真珠は目を細めて引きつった笑顔を返した。よく考えてみれば楓は一ヶ月以上もサル山で生活し、家にはおろかコーチとも会っていないのだ。もしかしたら綿密な打ち合わせなどをしないまま、前回のプログラムで大会に臨むのかもしれない。


「じゃぁ・・要素は? ジャンプとかステップとか・・・」


さらっと重要な質問をしてみた。要素さえわかれば技術点の基礎点くらい計算できるからだ。


「えーっと・・・」


楓は弁当を片手に持ち替え右手の人差し指で額をつついた。

真珠は息をのむ。


「3アヒル+2カルガモ、2スカンクジャンプ、ふわっとフラミンゴスピン、サルダンス、リスダンス、トリプルカルガモ、ネコ+イノシシスピン・・・とかかな?」

「暗号かよ!!」


思わず大声でつっこんでしまった。他の歩行者が真珠を見る。すこし小さな声で楓に囁いた。


「ルッツとかアクセルとか、そういう呼び方があるでしょう?」

「えー楓、そっちの覚え方してないからぁ・・・」


問題のわからない子のように困った顔をする楓。信号は青に変わり、ゆっくりとみんな歩きだす。


「あんた今までどんなレッスン受けてきたのよ」


呆れため息まじりの本音だった。


「うんとねーあんまり日本にいなかった。」


その言葉に再び真珠は楓を見る


『か・・・海外留学?! 超エリートじゃない!! 』



だとすれば、相当高度なレッスンを受けてきたのかもしれない。クラシックバレエなどを取り入れ指先、足先までの表現を身に着けるシニア選手も少なくない。まして海外となれば有名で優秀なコーチが山ほどいる。


「どこ行ったの? ロシア? アメリカ?」


一段飛ばしで階段を上がる楓に追いつきながら真珠は質問を重ねる。


「アフリカとかブラジルとかぁー☆ あー懐かしいなぁ 象に踏んづけられそうになったなー そうだ!楓、ライオンに追いかけられたこともあるんだよ!」

「うそをつけ!! フィギュア関係ないじゃん 」


真珠は再び大声でつっこんでしまった。


「本当だよぉ? これがその時の爪あと。」


楓は左脇の背中を見せると確かにそれらしき傷跡がある。


『も・・・もしかして手の内隠されてる?』


真珠は楓を疑ったが、そんな器用な子ではないことはよく知っている。


「学校は? あんた私と同い年でしょう?」

「学校? やだなー。ちゃんと卒業したよ。アンゴ●・チョクウェ族の小学校! 日本とはちょっと学科が違うけど、呪術とか儀式とか」

「ちょ・・・うぇ・・・?」


真珠は楓の言っている部族の名前さえ聞き取れずイライラした。


「あー日本の学校懐かしいねー 苦労したなー 九九とか・・ ににんがし、にさんがろく、にしがきゅう、にご・・・にご・・・・」


楓は頭が痛くなったような錯覚に陥った。


『これ以上詮索するのはやめよう・・・一人で集中してた方がマシだ』



楓に切符を買ってやりホームに降りる。早朝だが、まばらに人がいた。


「で? コブタちゃんは何をやるの?」


楓は静かになった真珠の肩によりそって話しかける。真珠は迷惑そうに肩をその分ずらす。


「ショートはチャイコフスキーくるみ割り人形の[花のワルツ]」

「へーどんなの? どんなの?」


楓がうるさく聞く。真珠はバッグから音楽プレーヤーを取り出した。


「聞く?」

「聞く! 聞く!」


少しは静かになるだろうと思い、楓にイヤホンをはめて再生をしてやった。

楓の耳の中で音楽が始まる。

楓は本当に静かになり音楽に聞きいった。


「うわぁ いい曲だねぇ・・・」


真珠が楓の顔を見ると頬がかすかに紅潮していた。興奮しているのだ。と思いきやいきなり楓は両手を大きく動かし踊りだした。


『お・・・踊りだすか 普通?! 』


真珠の方が恥ずかしさで顔が真っ赤になっていく。

しかし、楓は本域で踊りだす。まるで氷上のようにクルッ回転したりした。

あまりに気持ちよさそうに踊る姿に真珠は楓を止められなかった。

一瞬」、幼いころの楓と今の楓が重なる。


『この子、本当に小さい頃と変わってない・・・』



楓の踊りをまばらながらもホームの人が全員見ていた。しかし誰も嫌そうな顔をしなかった。それほど楓は無邪気で無垢に見えた。


「楽しそう・・・」


真珠はうらやましそうに呟いた。その時”電車が着ます”の看板が点きアナウンスが流れはじめた。真珠はあわてて楓のイヤホンを外し楓を止めた。


「ほら、」電車が来るから・・・」

「あ・・・うん」


楓は大人しくイヤホンを外され地面に置いた弁当を再び大事そうに両手で持った。


「ほぉー・・・」


楓が熱のこもったため息をひとつついた。


「すーっと踊っていたい・・・」


なにげない一言だった。真珠にとってその言葉は自分の心境とぴったりだった。


ゴーっという音ともに列車がホームに入ってくる。


「・・・・・そうだね・・・」


列車の風圧でなびく髪が目に入らないよう、こめかみ辺りで押さえながら真珠は素直に言った。



                           ★


土曜のそれも早朝の始発だ。当然、2人とも席に座れた。

楓は弁当をとなりの座席に置き、子供のように後ろを向いて外の景色を夢中になって見ている。そんな無邪気な楓を真珠はあまり恥ずかしく思わなくなってきた。というより楓と自分とでいる2人の空間があの頃の・・・子供の頃に帰ったような気分で真珠は妙にリラックスしていた。

その時、ポケットでマナーモードにしてある携帯が震えてすぐ止まった。メールだ。

松山コーチからだった。


{おはよう 真珠! 無事起きたかな? 昨日の件。本当にそんな意味は無かったんだよ。

とにかく今日はがんばろう! なんにしても悔いのない演技をしようね。じゃあ会場で待ってるから。}


・・・・悔いのない演技・・・・



パタッ!!


真珠は携帯をおもいきりよく畳んだ。眉間にしわを寄せ、口を真一文字に結んだその表情は あきらかに怒りがにじみでていた。


『”才能”を見せる・・・』


畳んだ携帯をさらに力強く握った。

車窓ごしの風景は次々に進んでいく。


『”予想を裏切る”ってことがこれで良いのかわからないけど・・・でも考えついた”答え”は一つしかない。』


真珠は携帯をポケットにしまいアゴを少し高くし目を細めて風景を見た。


『フィギュアスケートの要素で最も得点がもらえ”華”とも呼べる―――ジャンプ。

”才能”見せるとすればこれしかない・・・・』


下唇を噛んだ。


『ジャンプコンビネーション。3トリプルフリップ+2ダブルトゥループの予定を3トリプルアクセル+1シングルトゥループに変更する! 』


ちなみに女子の公式大会で3Aを決めているのは長いフィギュア史上でも3人しかいない。


『練習での成功率は20%を切る・・・成功してもGOE(技のレベル評価で加減点される制度)で減点はかなりあると思う・・・』


真珠の目は外の景色よりももっと遠くを見つめていた。


『賭けだけど・・・”才能”見せなきゃ、優勝したって同じこと・・・二度と引退勧告なんてさせない!』



                           ★



朝早いというのに会場はざわめいていた。沢山のクラブの生徒、コーチ。そして応援の親たちがそれぞれ塊になってざわめきを一層大きくしていた。

縦浜スケートクラブもその塊の一つだった。先輩の真珠の演技を見ようと小学生や下級生の生徒が私服で来ていた。

松山コーチが真珠たちに気づき手を振った。


「おはよう真珠 よく眠れた?」


真珠は気合の入ったような、にらみつけるような鋭い表情で松山コーチを見つめて挨拶を返した。


「はい。」


そんな真珠の緊迫感をモノともせず楓はまたおかしな行動をとりだした。真珠の背中に

隠れているのだ。シリアスな空気を飛ばされちょっと真珠は気に障っていた。


「何やってるのよ 楓?! 」

「しっ! 先生が居るかもしれないでしょ・・・」


真珠ので背中に隠れながら辺りの様子をじろじろとうかがっている。


「は? 何いってるの? あんた衣装とか先生が持ってきてくれるんでしょ?」

「そうだけど・・・まだ怒ってるかもしれないし・・・」


こころなしか楓は少し震えているような気がする。楓がここまで怖がるなんて・・・どんなコーチなんだろう・・・と真珠は思った。

その時、2人の視覚の外で足早に近づく足音。


「先生 怒ると怖いんだから・・・こういう時は極刑の・・・・」


そういうと楓は目をつぶって首をふり、恐怖をふりはらった。


「きょくけい?」


真珠が楓のほうに振り返ると同時に、ガボッと楓の頭をわしづかみにする人がいた。


「よく、わかってるじゃない。・・・か・え・で・ちゃん☆」


その人は耳で息を感じるほど口元を楓の耳に近づけて喋った。

震えながら楓はゆっくりと振り返る。


「極刑!! くすぐりの刑 三分間じゃー!!! このスカタンがー!!!」


そう叫ぶとその人は楓の両脇をくすぐり始めた。楓は逃げようとしても器用に追われ逃げられない。


「ひゃはははははは・・・・ははっは」


楓は笑いすぎで息が出来ないらしい。


『くすぐりの刑って・・・さすが楓の先生・・・幼稚な・・・』



真珠は引きつって笑った。楓はさすがに苦しくなってきたのかタップしはじめた。


「や、やめて・・死んじゃう!! あ・・・・蒼井先生―――!! 」


その言葉に真珠は半笑いを辞め、いたずらっぽく楓をくすぐってる人を良くみた。


その人は真珠も良くしっている人だった・・・



髪を下ろした姿は初めて見た。


 


映像で見るその人はいつもキレイに髪を束ねていたから・・・



私服姿も初めてだった。いつもは美しいコスチュームで氷上を滑っていたから・・・




「あ・・・蒼井 桜・・・」


楓のコーチは真珠のフィギュアスケートの原点であり目標の蒼井桜だった。




「コブタの真珠」第二話を読んで頂き本当にありがとうございます。

この物語は全11話です。

続きを読みに来ていただけるのをお待ちしております!!


かよきき

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