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第十話

会場では相変わらず、楓のせいで調子を崩した選手の演技が続いている。


だが、大会も佳境に入っていた。

前日一応トップだった真珠の出番は最後だったが、そろそろ準備しなければならない。


松山コーチは真珠を呼びに一緒に見ていたクラブの子やコーチに一言いってから、観客席から降りた。階段を通りすぎ、関係者以外立ち入り禁止の廊下に、コーチ証を見せ入る。

リンクの入り口に向かう方角の廊下の先には演技に失敗した子がまだ泣いていて、コーチがなぐさめていた。

それとは逆の方向に更衣室兼、控え室がある。松山は足早に向かい、更衣室の前でドアに手をかけたまま止まった。


そして目をつぶった。


「お願い・・・・」


ギュッとノブを握り締め一気にドアを開けた。


「真珠。そろそろ出番よ・・・」


真珠は・・・・寝ていた。

まるで教室で坐りなれた席でつまらない授業を聞いているように・・・

組んだ腕に顔をうずめていた。

松山の声にゆっくりと首をもたげる。


「あ・・・もう、そんな時間・・・・」


だるそうに目の前に散乱した自分の荷物を片付け、ロッカーにしまう。


「・・・・・」


松山は何も言わず、真珠が廊下に来るのを待った。


真珠は首をゆっくりと回し、背中で両手を組むと器用に柔らかな肩を回しながら廊下に出た。

松山は丁寧にドアを閉じた。


「楓ちゃんに勝つ計算・・・・してたの? 」


松山はリンクに向かう真珠の後ろについて、地面を見ながら聞いた。


「ええ・・・単独3回転ジャンプを2種類と3回転+2回転+2回転のコンビネーションでステップ・スパイラル・スピンでレベル4もらったら、130点もらって圧勝ですよ!

ハハハハハ」


真珠は大きな声で笑った。体の芯にも心の芯にも力が入っていないそんな乾いた笑い。

着ているコートの裾をギュッと松山は掴んだ。我慢する時の彼女の癖だった。


暗い廊下を抜けリンクの入り口が近づくとやけに白く眩しい。

松山には真珠のシルエットしか見えない。

その辺りで真珠は一瞬、立ち止まった。つられて松山も止まる。


「松山先生・・・・」

「・・・?・・・」


少しかすれたような小さな声。


「ありがとうございました。」


そう言うと真珠はまたリンクの方に歩いていった。

松山は硬直した。

このタイミングで言うこのセリフ・・・

松山ははじかれたような表情をしたまま、唇をかみ締めた。

更に強くコートの裾を握り締めた。もうシワだらけだ。

無言のまま、光の中の会場に入っていった。



真珠と松山がリンクに着くと、もう真珠の前の選手は演技を追え、その子の応援者たちからの拍手につられ、会場がまばらな拍手を送っていた。次の選手は普通、すぐに交代でリンクに入る。

真珠は慌ててスケート靴のブレードカバーを外し松山に渡し、氷の上に乗った。


氷のコンディションを確かめつつ、ゆっくりと大きな円を描くようにリンクをまわる。

ヒンヤリとした空気の風が真珠の頬を通り過ぎる。


前の子の結果がアナウンスされ、電光掲示板に数字が出た。

真珠はその掲示板を見もせず、おおきく深呼吸をして腰に手をあて、演技のスタート地点にゆっくりと味わうように向かった。


『ああ・・・・ねたましい・・・・』


真珠は光り輝く天井の照明を見つめた。


『私にもっと才能があったら・・・・私にもっと時間があったら・・・・』


まわりを見渡す。

リンクがいつもより広くそして白く見える。

いつもは審査員の位置を確認し、光の加減で少しでも明るく綺麗に見える場所まで確認している。だが、今日はちがう。

真珠は観客席の方を見た。 所属するスケートクラブの面々とその近くに真珠の両親がいた。


『あ・・・珍しい。 お父さん今日は来てたんだ・・・・いつも仕事でお母さんだけなのに・・・・』


両親を見てニコッと笑った。両親も真珠の笑顔に反応して手を振った。


『良かった・・・・・最後に生で見せられる・・・・』


両手を地面に向かって広げ、右足のつま先を立てた。

目を閉じ、集中を始めた。

・・・・・・まわりの雑音が消えていく・・・・・


そうしてじっと曲がかかるのを待つ。




関係者入り口から楓は蒼井の左手を引っ張ってリンクの壁に近づく。

蒼井は嫌そうに引っ張られている。


「ちょっと・・・どうしても見る気? だったら、控え室で待ってるよ私は・・・」


リンクの壁際につくと楓は、戻ろうとする蒼井の左手を胸の辺りでギュッと捕まえて離さなかった。

わくわくとした楓の顔と連動するように鼓動も伝わる。

蒼井はため息をついて観念した。


アナウンスが会場中に流れた。


「エントリー23番 鈴原真珠さん」


会場中の観客が口をつぐんだ。しかし、それはマナーであって期待を持った静寂ではなかった。今日、最初の演者、楓の演技を見てしまった観客は、自分の応援する選手でさえ退屈で仕方なかった。しかも、皆がみな、調子を崩し失敗の連続・・・

”あと一人で終わる” 

明らかに。あと3分30秒が経つのを待っているだけの静寂だった。


ピクッ!


真珠が小さな反応をした。と同時に曲が流れはじめた。

グイグイと肘を背中の方に曲げ何か見えない塊を押すように真珠はザッと勢いよく前方に滑り出した。


蒼井は真珠の滑り出しより、音楽に反応した。


(この曲・・・”カヴァレリア・ルスティカーナ”・・・悲劇の愛の戯曲か・・・)


ぼんやりと曲名を思い出した。



松山はコーチの同僚、相沢と共に壁際で真珠の滑り出しを見ていた。

手には真珠の演技予定表を握り締めていた。


「真珠に ”ありがとう” って言われた」

「え・・・それって・・・」

「・・・・」


演技表が更に歪む。松山の手がまた強く握ったからだ。


「予定だと、最初は2ダブルアクセル・・・・」


松山は呟く。


(・・・・真珠・・・・)


祈るように心の中で真珠に声をかける。


「でも、松山は止めてたけど、昨日真珠は3トリプルアクセル跳んでるよ? もし跳べば評価は低くても基礎点は断然高いはず・・・」


相沢は例え止めたとしても真珠が言うとおりにするわけない。そう言っているのだ。

真珠が後方から前方に向きを変えた。


(真珠!! )


松山の祈りと共に真珠は跳んだ。

1回転、2回転・・・


ジャッ! っとした音と共に綺麗に着地に成功した。


「ああ、2回転にしてきたか・・・やちゃえばよかったのに・・・」


相沢は拳を握り締めて悔しがる。

松山は何も言わず真珠の演技を冷静に見守ってる。


「次は?」

「2ダブルフリップ+2ダブルトゥループ


相沢の問いに素早く答える松山。

その2人の言葉が聞こえるぐらい位置に楓と蒼井もいた。

ドキドキしている楓と違い、蒼井は完全にあわれんだ表情で見ていた。


真珠は予定表に書かれている通りに2ダブルフリップ+2ダブルトゥループを跳んだ。


そのまま、フワッと跳んだかと思うとスピンを始め回転したまま片手で上げた片足のブレードを背中で持ち上げ美しくスピンを魅せる。

そのスピンも全く変哲のない今までのスピンだった。


(なるほどね・・・)


蒼井は真珠の演技を見て確信した。


(どうやっても、楓の得点に届かないと悟り、もう無理して上のレベルのジャンプやスピンに挑戦する気さえ失せた・・・・完全に勝ちをあきらめたってことか・・・・)


だが、その時だった。


「・・・よし・・・・」


蒼井は少し離れた所での小さな小さな呟きを聞いて、そこに目をやった。

松山だった。

その、まるでパッしない松山の横顔は、なぜかうっすらと微笑がこぼれている。

蒼井はその不可解な表情に眉をひそめた。


「うーん 」


真珠の演技はスパイラルに入っていた。

審査員達も眉をひそめ、不思議そうな顔をした。


「高レベルの要素こそ少ないものの、なんと美しく安定感のあるスパイラルだ・・」


身を乗り出した審査員もいた


「先ほどのスピンもそうだったが・・・よほどの練習をこなさなければあんな安定感は出ない・・・まるでお手本のようなディープエッジな滑りだ・・・」


「何度か、他の大会でこの子を見かけたことがあるけど、もっと挑戦的な雰囲気だったわ、今日の演技はなんて・・・」


他の審査員達もみな同じように思っていた。


「なんと・・・・”けなげ”な・・・・」



蒼井は楓が抱えて離さなかった手を引き抜き腕組みをした。

そして無意識に組んだ腕の中で手を強く握る。


(なんなんだ・・・この違和感は・・・)


じぃっと真珠の表情に目をこらす。その瞳は明らかに目の前にある何かを全力で追いかける人間の瞳だ。


(なぜ・・・そんなに必死な・・・とても勝負をあきらめてる者の表情ではない・・・

なぜ?! 絶対に勝てないのに! )


その時、楓が壁からリンクに乗り出し呟いた。


「すごーい コブタちゃん。完全に曲にシンクロしてる・・・」


「! 」


蒼井は何かに気づいたように楓と同じように身を乗り出した。


「・・・まさか・・・・」


真珠は大きく手を広げ、またジャンプをした。

その必死の表情。必死の演技、そしてその安定感・・・・

もはや、退屈しているものなど、誰もいなかった。


「・・・・まさか・・・! 」


蒼井は・・・いや、審査員達にもそして観客もみな感じた。

その安定感に裏打ちされた演者の練習量を・・・いや・・・人生を・・・



”この子はこのために生きてきた”



誰もが真珠を応援したくなるような気持ちになっていた。


ブルッ・・・!


蒼井は逆毛が立つような電気が走ったような感覚を背筋に感じた。

そして、まるで恐ろしいものを見るように松山の方を見た。


演技表など、もうクチャクチャに握り締め松山は真珠を念じるように祈るように見つめている。興奮を押さえながら・・・

・・・まるで自分が演技しているように全身に力を入れながら。


(まさか・・・これを狙っていたって言うの?! )


蒼井は視線を真珠に戻した。

曲は佳境に入っていた。真珠も最後のステップに入っていた。


蒼井の鼓動は早鐘のように打っていた。


「・・・ピエトロ・マスカーニ・・・」


小さく震えながら、呟いた。




「コブタの真珠」第十話を読んで頂きありがとうございます。

いよいよ次回最終回となります。 真珠はどうなるのか!?

ご期待ください!!

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