カメラ
「う……うっ……うーん」
私は目を開けた。
でも、目を開けたとしても何の意味もなかった。
薄暗くて周りが見えなかったからだ。
私の身体は寝椅子かリクライニングシートに横になって何かに固定されているのだろう。
まったくといっていいほど動けなかった。
突然、私の顔めがけてフラッシュがたかれた。
背筋が凍りゾッとした。
目の前に一瞬だけ超小型のカメラが見えたからだ。
きっと、SLRビューファインダーを備えた超小型電子カメラだろう。
「ハッ!」
ここは……恐らく西村 研次郎の家かゴミ屋敷の謎の空間なのだろう……。
ギュ―――ン。ギュ―――ン。
……ギュ―――――ン。ガタガタガタガタ。
何かのロールのようなものが、もの凄い速さで回転する音が今いる場所の奥から聞こえてくる。幾つもの物体が回転しているようで、耳障りなその音は、どう聴いても無数の回転するロールか似たようなもののように思えた。
私はサッと血の気が引いて、身動き取れない椅子かベッドから、なんとか逃げ出そうと身体を捩ったり暴れだした。
「お願い助けて! あなたは西村さんでしょ! そうなんでしょ!!」
しかし、無慈悲なたくさんの回転音だけが木霊する。
幸い私は首だけが左右に動けた。
恐ろしいが、回転音のする場所を探すため首を捻ったり上げたりしながら、音の発生源を探した。
暗くて何も見えない場所だったが、一瞬。拘束された場所から右の奥に火花が飛び散り。回転音の正体を目撃した。
それは、工業用ローラーだった。
床に設置されたローラーの上には見たこともない大型機械がこちらへと運ばれてきた。
ローラーの猛スピードと、その摩擦で大型機械についてある車輪から火花が飛んでいたのだ。
「キャ―――――!!」
暗闇の中でライトが点いた。
そういえば、その大型機械は幼い頃に図鑑で見たことのある……ロールベンダーだった。
私は半狂乱になって拘束されているのに、その場で暴れ出した。
どうやら革製のベルトで手足と胴体を寝椅子に固定されているようだった。このままでは勇と同じなのだろう。勇はロールベンダーによって、異様な死体となってしまったのだろう。
実家の郵便箱に勇の遺体の写真が入っていたのだ。
私は本当は逃げたかった。
どこまでも……。
「探偵さん!!」
見ると、大型機械のライトで照射された岩見さんがどこかから血相変えて駆けつけてきてくれた。
私は、岩見さんの動きがスローモーションのように見えた。
どうして、ここに岩見さんがいるのだろう?
死ぬ間際の私の頭にはそんな疑問が過っていた。
岩見さんは私を拘束している寝椅子のベルトを必死に取り外してくれている。私にはその動きやロールベンダーが岩見さんを頭部から右肩にかけて曲げるのを、全てがスローモーションの世界で認知していた。
革製のベルトが全て外れ、寝椅子から開放される。
岩見さんの身体が見る見るうちに、骨や肉のはじける音と共にあり得ないほど曲がっていく。
私は立ち上がると、この男子トイレから逃げ出した。
「ハアッ、ハアッ、ㇵッ、ハッ……」
私は必死に男子トイレから、誰か? それとも機械? から逃げる。
ここから逃れられるのかはわからない。
見たこともない知らない建物の中を走っていた。
部屋は無数にあった。
だが、みな風変わりしていて、様々な機械が設置されている。
そして、追ってくるのが相手か機械かもわからないのだから怖くて仕方がなかった。
「あなたはひょっとして西村さんなのーーー!! こんなことをしても何の意味もないわよーーーー!! ハア、ハア、ㇵッ……。すぐに捕まるわよーーーー!!」
後ろの方へと誰にともなく私は叫んでいた。
息切れが限界まで来てしまった。
呼吸が苦しい。
でも、立ち止まるわけにはいかない。
足が震えて身動きがとれなくなってしまう。
このままだと……。
突然、後ろの方からガソリンの物凄い揮発臭がした。
「うっ!!」
慌てて走りながらハンカチを取り出し、口と鼻に押し当てる。途端に息苦しさが増したことを恨んだ。
出入り口らしい場所を見つけた。
さっきまでいた男子トイレから50メートル間隔に上へ向かう階段が連なっていた。
まさか、この建物内で放火をするわけではないはずと思っているが、私は必死に向かっていた。
階段は粗雑な木材でできていて、踊り場がなく。遥か上へと一直線に伸びていた。
岩見さんはこんなところから降りてきてくれたんだ。