22:新しき魔王の回顧
本話を入れて三話で完結する予定となっています。
少しお時間をいただくかと思いますが、最後までお付き合いくだされば幸いです。
「……俺は何がしたいんだろうな。」
眼下に広がる王都の街並みを眺めながら、国王ゼンド二世はひとりごちる。その声はドロリとした粘性を持っていた。怒り、妬み、憎しみ、様々な負の感情を多分に含んでいる。
既に夜半を過ぎ、人々は寝静まった頃のはずだ。月明かりが家々を照らしている。
「もっとも安心して寝られるものなど、事の分からぬ赤子くらいだろうがな……。」
ゼンド二世自身の、現状に対する痛烈な皮肉に思わず彼の口許から苦笑が溢れる。
かつての願いは呪いへと転じ、夢見た未来は永劫に訪れない。
その象徴がこの王都であった。点けられたままになったランプ、その光がそこかしこで漏れているこの眠れぬ都市が、彼の目指したものであったのか。
「ああ、ままならぬものだな。」
呟き、窓から離れる。棚から酒を取り出し、椅子に腰かけると、ゼンド二世はそれは勢いよく呷った。
火酒を一息に瓶の半分ほども飲んでみせたというのに、ゼンド二世の顔色は一つも変わらない。
それも当然の事だった。
ゼンド二世は既に人ではなかったからだ。
彼はもう、一時、酒に逃げることすらも許されないのだ。
ゼンド二世、かつてはベルジャーミルと名乗っていた彼は、一月ほど前に即位した年若い国王である。
彼が即位することになった理由は単純。彼よりも上位の継承権を持つ者と、先代の国王が皆死んでしまったからである。さらに言うならば、その死因にはゼンド二世が関わっていた。
つまり、暗殺である。
ボトルを傾けながら、ゼンド二世はその時の事を思い起こす。彼にとっての、ある意味での始まりを。
***
今から一月前のことである。
ゼンド二世、この時はまだベルジャーミルである彼は、父王に呼び出されてその執務室に居た。
執務室には部屋の主であるゼンド一世の他に、何人もの姿があった。その中には、ベルジャーミルの兄である王太子や第二王子、滅多に自領から出てこない王弟までも居た。
何が起きるのかと心配になるベルジャーミルをよそに、ゼンド一世が口を開く。
「時間だ。始めよう。
此度はよく集まってくれた。良き忠臣に支えられ王国は益々の発展を遂げるに違いない。
少し話を聞きたい事が出来てな。事が事だけに余の執務室に来てもらった。」
ゼンド一世の前置きに、ベルジャーミルの不安は増大する。
国王の執務室に人が呼ばれる。これが一人や二人であれば、今までにも無いことではない。ゼンド一世はあまり執務室に人を入れたがらないが、ベルジャーミルも呼びだされた事はある。
だが、三人以上呼ぶ時はこれまで常に会議室が使われてきたはずだった。
知る限りはじめての事態に、ベルジャーミルの直感が騒ぎ立てる。
「事とは勇者についてだ。
あれらが喚び出されて早数ヵ月。予言にあった災いは訪れぬ。それは良いことだ。だがな、あれらが召喚された時と比べて、然して成長しておらぬと聞く。
ベルジャーミルよ、それについてどう思う?」
ベルジャーミルは己の血の気が引く音を聞いた。
勇者の庇護は彼の役目であるからだ。しかし、彼は勇者の成長度合いを正確に報告し、それについて了承を得ていたはずだった。だと言うのに、いきなり吊し上げのようになっているのは何故なのか。
さっと辺りに目をやれば、面白がるようにベルジャーミルのことを見る第二王子の姿があった。
己が罠に嵌められたことをベルジャーミルは悟った。そして、どうにか罠から脱すべく、父王の問いかけに返答する。
「……恐れながら申し上げます。
勇者の件につきましては、報告に上げておりました通りにございます。それについては、陛下より是とお答えいただいていたと思いますが。」
「ほう。ならば余が全てを知った上でこのような場を設けたと申すのだな。」
「いえ!いえ、違います陛下!
ただ臣は、何かしらの行き違いがあったのではないかと、そう申し上げたいだけなのです!」
一瞬の沈黙。ゼンド一世は動きを止め、王太子をはじめとしたその場に集められた臣下の者は、皆一様に主の次の動きを見逃すまいと目を凝らす。
ゼンド一世はぶるりと身震いすると言った。ただ一言、「赦せぬ。」と。
その苛烈な文言に、一同が呆気に取られる。ベルジャーミルを陥れようと画策していた第二王子すらもだ。それほどに強烈な言葉であった。
王が赦せぬと言ったのならば、それは決して赦されない事になる。実の息子に向けるような言葉ではないのだ。
その場の誰もが、王に説明を求めた。ベルジャーミルがそれほどのことをしていたのか王に尋ねた。顔を青くして尋ねた者は王弟であった。ゼンド一世は弟に何も答えず黙って睨み付けていた。
そして、一同をぐるりと見回してからゼンド一世が口を開く。
「断じて赦さぬ。それはそこの愚か者に限らぬ。余の言を疑い、余の意を解さぬ者共全てだ。」
強い言葉であった。意味も込められた意思も力強かった。その力強さを、その場に居る誰もが恐れた。
王の鋭い眼光は、執務室に集った配下たちを貫く。
「そうだ。貴様ら全てが赦されぬ。当然のことよな。臣下でありながら余の心を解さぬのであるのだから。」
「━━━━父上!正気ですか!」
王太子が堪えきれないといった様子で叫ぶ。
「勿論、正気であるとも。臣下の身で主君を気狂いと断じるような愚か者とは違うのだ。」
「私は!王太子で貴方の息子ですよ!」
「ならば尚更のこと。息子でありながら親を疑うとはなんたる不孝者だ。」
ゼンド一世の様子は頑なと言ってよいものだった。王太子とともに第二王子や王弟、その派閥の貴族たちも言い募るが、王は言葉を翻さない。
喧々囂々と騒ぎ立てる配下を呆れた目で王は眺めていた。それはしばらく続き、外から見ていたベルジャーミルだけは気づいた。ゼンド一世が何かを呟いたのだ。
すると、王の執務机に近づいていた呼び出された者たちでも一際高貴な者、王子たちや王弟が胸を押さえて倒れたのである。
部屋の中はパニックになった。慌てて王子たちを引き起こそうとする者に向けて、王は蛇のように冷たい視線を浴びせながらまたもや何かを呟く。
バタリと倒れ伏す配下と対照的に、王は椅子から立ち上がる。
「喜べ。王国千年の繁栄の礎となるのだ。」
ゼンド一世の唇が弧を画く。
バタバタと倒れた人によって、執務室の床は埋もれていた。立っているのはベルジャーミルとゼンド一世しか残らなかった。
「……やはりお前は倒れぬか、ベルジャーミル。あの者が申した通りであるな。仕方あるまい。余がこの手で葬ろうぞ、我が息子よ。」
執務机の向こうから、ぐるりと回ってやってくるゼンド一世を前にして、ベルジャーミルは動けなかった。それは、倒れ伏す人々を平然と踏みつけにする父に戸惑ったからであり、殺されるこの時に至っても主君である王に対して抗うという選択肢を取れなかったからでもあり、彼の限界点であったからだ。
「……あ、え、うぅ……。」
いつのまにやらゼンド一世は剣を握っており、ベルジャーミルは言葉にならぬ呻き声しかあげられなかった。
ゼンド一世がベルジャーミルの前に立つ。
ただ突っ立つ木偶の坊を斬るには必要ないほどに流麗な、とても十数年玉座にあったと思えぬ剣捌きでゼンド一世はベルジャーミルを一刀の下に斬り伏せる。
自分の身体から血が噴き出すのを見てもまだ、ベルジャーミルには現実感が得られなかった。痛みを感じても、それが現実と信じられなかった。
床に膝をつき、手をつき、支えられず身体が床に落ちる。
ようやく事を受け入れた時、ベルジャーミルの頭の中は死にたくないという気持ちで一杯だった。
この場で唯一ベルジャーミルを救えるであろう人物に、彼は懇願する。
虚しくも、その願いが聞き届けられることはなかった。
視界が薄れ、意識が遠退く。
目を開けば、ベルジャーミルは不思議な場所に立っていた。もう死んだものだと思ったというのにどう言うことか。全く知らぬ場所に彼は戸惑いを隠せない。
そこは真っ白な空間だった。
天井と壁の境もないような、白く何もない空間にベルジャーミルは立っていた。
キョロキョロと見回せば、彼の後方遥か遠くに何かが見えた。遠すぎてそれが何だか彼には分からなかった。
天井も壁も真っ白だが、彼の立つ床にだけ他と違うところがあった。
蓋だ。
床に蓋が付いていた。
その蓋を開け中に潜れば、己が助かることを彼は自然と理解していた。
何も躊躇わずに蓋を跳ね開ける。その先は深い穴だ。そこにベルジャーミルは勢いよく飛び込んだ。
穴に落ちた時、ベルジャーミルは二つの事を理解した。
一つは身体に力が満ちていくこと。かつての自分より強大な何者かに変わりつつあることを理解した。
もう一つはこれが不可逆であること。穴に落ちるようにもう元には戻れない事を彼は理解した。
落ち行く中で彼は女の声を聞いた。
『んふふ。これで確定ね。』
***
ガチャリ、というドアを開ける音に物思いは中断される。
ゼンド二世はボトルを傍らに置き、開いたドアの方を見る。
「な~に、浸ってんのよ。」
その声は、思い起こしていたものと同一であった。何故ならドアを開けた女こそが声の主であったからだ。
だからか、ゼンド二世の居室に入ってきた彼女の無礼な発言は不問に付される。
ゼンド二世にとって見れば、頭の上がらない相手が父からこの女に代わったようなものだった。
「……何が悪い。あの時、お前の口車に乗せられなければな。」
「あら、人のせいにするの?
私が声をかけたのは、貴方が自分で答えを出した後なのに。」
女はそう言うとズイッとゼンド二世の方へ近寄る。窓から入り込む月明かりが女を照らし、その姿を露にする。
背は高くスラリとした身体をローブでくるみ、頭にはつばの広い三角帽子を被り、杖を携えたいかにも魔女然とした格好をしていた。
かつてはさぞ美しかったであろう女だった。その顔は右半分が焼け爛れ崩れていた。
豊かな金髪に隠されているが、その白い首には横一文字の真新しい傷跡が残されている。
魔女フランベルール・アトア・ゼンバーがそこに居た。
「あの時、門を捨てて堕ちていったのは貴方の選択。
歪んでしまった父を殺すことにしたのも貴方の選択。
私の手をとったのも貴方の選択。
無辜の民を恐怖の淵に叩き落としたのも貴方の選択。
全部、ぜ~んぶ貴方の選択なのよ、魔王様。」
魔女は笑いながらそう断じ、ゼンド二世の顔が歪む。
ケタケタと笑いながら、ゼンド二世の飲みさしの火酒を魔女は呷る。悪くないわね、と呟きながら、魔女はさらにゼンド二世に迫る。
「んふふ。もう後戻りは叶わないと教えてあげたでしょう?」
だって貴方は魔王なんだから、とゼンド二世の頬をさすりながら魔女は笑う。
「……お前の企み通り行くと思うなよ。」
「んふふ。貴方のそういうところ、嫌いじゃないわよ。」
魔女を突き放し睨み付けるゼンド二世。魔女は彼の視線を受けて艶然と笑みを深める。
その時だった。
「ゴォアアアァァァァァァァァァ!!!」
王都中に咆哮が轟いた。
魔女が顔色を変える。
何か巨大なものが迫る感覚にゼンド二世の血の気が引く。彼は慌てて窓際から離れ、居室から執務室へと向かう。
既に月は沈み、街を満たした月光は途絶え、空は闇に覆われていた。
ご高覧くださりありがとうございます。
よろしければ評価、いいねをしてくださると励みになります。
あと二話、よろしくお願いいたします。




