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冒険者オーガストの平穏万歳  作者: 蒸らしエルモ
3話:帝都で大騒ぎ
21/24

21:古き魔女の企みと新たな魔王の所業


 帝国立魔術錬金術学院、その学長室に私は居た。


「やあ、オーガスト君。元気そうでなによりです。

今回出た損害ですが、あまり気にしないでくださいね。あれは君のせいでは無いのですから。

言うなれば、そう、不幸な事故だったのですよ。」


 部屋の主であるヘンブラムが、神妙な顔をする。

 まるで、残念でしょうがないような表情を作って首を振る。

 その姿は犠牲者の死を悼み関係者を慰める、高官としての模範的な有り様と言えた。


 だからこそ、反吐が出る。


 目の前の男が、それと分かって部下を死地へと送り込む、クソ野郎なのだと知ってしまったから。

 握り込んだ拳が軋みを立てる。


「お前、知っていたな?」


 怒りに震えないよう抑えつけた声は、自分でも驚くほどに低いものだった。

 俯いていた顔を上げ、机越しに奴を睨む。

 バチリ、と視線が合った。

 ヘンブラムの灰褐色の瞳は、悲しげで、それ以上に諦念が浮かんでいた。


「ああ、知っていたとも。全部聞かされていたし、私の方で調べてもいた。

あの女がどんなものかも薄々理解していたとも。

……そして、君にそれを黙っていた。」


 済まなかったね。ヘンブラムは疲れたように笑う。今までの取り繕ったような空気が消えていた。

 仮面を外した素のヘンブラムがそこに居た。

 とても草臥れた様子の老人に、かける言葉が見つからない。

 ヘンブラムは、落ち窪んだ目をこちらに向けた。疲労の色が濃い。最後に会ってから10も20も老け込んでしまったように見える。


「あの魔女から何を聞かされたか知らないが、あいつは出鱈目ばかり言うから信じないことを勧めるぞ。」


 ヘンブラムは忌々しげに吐き捨てる。

 余程魔女が嫌いらしい。これには私も同意見だ。

 だが、魔女は無視できないことを話していた。


「あの魔女は、私が【竜】になると言っていた。

それから、魔王についても話した。

全部嘘だと思っていいのか?」

「っ!」


 ヘンブラムは目を見開く。口からは呻きが漏れ出した。節くれだった指が白くなるほど手が握り込まれる。ガタリ、と椅子が鳴る。

 驚きのあまり、何も言えなくなっている彼を見て悟った。魔女が語ったことに真実が混ざっていたことを。

 ヘンブラムはあーだの、うーだの呻くばかりであったが、やがて諦めたのか決心がついたのか詳しいところを話し始めた。


「……君が【竜】になるという話だが。

これはおそらく事実だ。君自身、覚えがあることだろう。君の肉体は既に人のそれからは外れつつある。我々の検査でもその形跡は見られた。もっとも、【竜】になりつつあるのを理解しているのは私くらいのものだがね。」


 ヘンブラムの濁りきった冥い瞳がこちらを捉えて離さない。その顔に憔悴の色を浮かべ、しかし声だけはやけに力強く彼は言う。


「魔王について何を聞いたか知らないが、こちらもある程度私たちで把握している。

聞いていくか?正直なところ、君にとっては愉快でない話になるが。」


 眉間に皺を寄せて険しい顔をしたヘンブラムに、私は聞かせてくれと頼む。

 口ごもる彼だが、なんとか話してくれた。

 それはたしかに私にとって衝撃的で、聞かなければ良かったことかもしれない。


「魔王は王国に居る。」

「何だと。帝国に居るんじゃないのか?」

「それを言ったのが魔女ならば、誤りを吹き込まれたのだよ。何故かは知らんが、事実と異なることばかり話す奴だったからね。


魔王は王国に居るのだ。

既に奴は動き始め、王国はその手に落ちた。彼の者の名はゼンド二世。王国の国王だ。」

「……待ってくれ。国王陛下の御名はゼンド一世だったはず!」

「ゼンド一世陛下は、既に儚くなられている。王太子殿下も第二王子殿下も同時期にだ。」


 は、いや、だとすると。待て。まさか。

 言葉が出ない。いや、思考が回りすぎて発声が追いつかないのだ。冷静さを欠く心とは裏腹に、無慈悲なまでに回り続ける思考は答えを導き出す。


「ベルジャーミル殿下……。」


 何故。どうして。頭の中では答えの出ない疑問が空転する。

 しかし、彼しか残っていないのだ。王位を継げる立場の人間が。


「その通りだ。かつてベルジャーミルと名乗った男は、今ではゼンド二世と名乗り、即位と同時に自身が魔王であると周辺諸国に宣言した。理由は分からない。倒してほしいのか、罠にかけるつもりなのか。はたまた単純に、遊びのつもりかもしれないね。」

「帝国は。……帝国はどうするつもりですか?」

「私には決められないことだよ。ただ、開戦派と様子見派で意見が割れていると聞く。

魔王を討つには勇者の力が必要だ。しかし、大半の勇者は魔王の下に居る。僅かに居る外に出ていた勇者たちを、集結させるにも送り込むにも帝国だけの力では無理だ。そちらの調整も難航しているそうだよ。」


 嫌になるよね、と大分軽い調子を取り戻していたヘンブラムであったが、声の調子がガラリと変わる。ここからが君にとって嫌な話だ、と彼は優しく言った。その目には同情が湛えられていた。


「魔王ゼンド二世は、国内の掌握に力を入れていた。今ではもう必要ないみたいだが、数ヵ月前までは見せしめに処刑をしていたんだ。綱紀粛正が建前だったみたいだが、実態は脅威の排除と趣味の両立だ。貴族も平民も隔てなく殺されたそうだ。」


 ある程度結末が予想できる言葉だが、それでも握る拳に力が入った。爪が皮を破り血が溢れ、肉が盛り上がり傷が塞がる。なるほど、これは人の身体じゃない。

 私は既に人ではないみたいだ。それなら魔王はどうなんだ。


「……その処刑の対象に君の家族も選ばれた。罪状は敵国との内通。酷い話だ。帝国と王国は百年来の友好国であった筈なのに。

冒険者ギルドも解体させられた。王都で働いていた職員は処刑された。」


 バキリ、と音がした。口内に鈍い痛みが走り、遅れて血の味がしてくる。砕けた奥歯が口の中でゴロゴロと暴れる。


「兄も父も、死んだのか。」

「……ああ、確認しているよ。」


 酷い気分だ。胸の中に大きな氷の塊を抱え込んだような重さと冷たさ、ズキズキとした痛み、これらを感じながらも、同時にドロリとした溶岩のような熱さや息苦しさも感じる。ただただひたすらに苦しかった。溢れ出す衝動のままに、目につくもの全てを壊してしまいたかった。


「冒険者たちも処刑されたのか。ギルドの職員はどれくらい処刑されたんだ。」

「……皆だ。特別扱いなどなく、捕縛された者は全員が殺された。とても正気と思えないと、潜入していた調査員は話していたよ。」


 気づけば頬を熱いものが滴り落ちていた。それは水というには粘度が高く、涙にしては鉄臭かった。

 全身がミシミシ、バキバキと様々な音をたてる。およそ人の身体がたてるものと思えない騒々しさだ。

 その痛みと、この身を焼く怒りに吼える。

 理不尽を許さないと、憎悪を燃料に怒号を上げる。


「……そうか、それが狙いだったのか。私と話すことまで織り込み済みで!」


 ()()では何やら騒ぐ声が聞こえるが、もはや気にも留まらない。

 背にかかった石くれを払いのけて身震いする。足元は身体の重みに耐えかねるのか悲鳴を上げている。

 グワァッと翼を広げ、二度三度はためかせて調子を見る。確信を得たところで身体を空中に運ぶ。巨体はそれまでの騒々しさとは全く逆に、音もなくふわりと浮かんだ。

 頭をもたげ、天を仰ぐ。

 大きく息を吸い込み、喉も裂けよと月へと吼える。


「ゴォアアアァァァァァァァッ!!!!」


 大気が震え、眠りつつあった帝都が慌てて目覚めるのが感じ取れた。

 吼えながら帝都の空に飛び上がる。

 この咆哮は、怒号であり、布告であり、誓言であり、産声だ。


『魔王を討つ』


 何のために転生したのか。それはきっとこのためだった。

 

 頭の中でピースが嵌まるように、記憶が推測するのを助けるように、勝手に浮かんでくる。

 そうだ。魔剣の頃でも人を癒すことが出来ていた。アルブレヒトに倒され、苦しむ冒険者たちの傷を癒した。

 そうだ。魔剣は光を放っていた。考えてみればおかしな話だ。勇者しか使えない力を振るっていた。

 そうだ。魔女が嘘つきだとして、あの武具屋をどう説明するのか。あの親父は尋常の存在ではなかった。

 

 勇者と同じで、異なる世界から来た迷い人。それが光を授かるために必要な条件でルールの抜け穴なのだ。


 きっと、魔女の言葉はある一面では正しかった。

 なんとも皮肉なことだ。魔女の望んだ通り、これから王都で暴れることになる。断った時にはやってやった、と思ったというのに。


 翼が大きく空をかく。月を目掛けて天へと昇る。音を置き去りにするか、という加速に人間であった頃の感覚はついて来られない。あっという間に帝都は豆粒ほどになった。



 月光を一身に受け、新しき竜は王都を目指す。

 古き魔女の企みに乗っていることは理解している。それでもなお、新たな魔王の所業を赦せぬものとしてその竜は天を駆けた。

ご高覧くださりありがとうございます。

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