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冒険者オーガストの平穏万歳  作者: 蒸らしエルモ
3話:帝都で大騒ぎ
20/24

20:私と世界と魔女の話


 暗い部屋の中を五つのカンテラが照らしていた。

 広い広いその部屋の中心には、石造りの簡素なアーチが佇んでおり、そして今、何もないはずのアーチの向こう側から何かがやって来ようとしていた。


<我らが主のご到着です>


 魚群もどきが告げる。

 気付けば周囲に立つ皆の視線がアーチに釘付けであった。無論、私も。

 皆が固唾を飲んで見守る中、魚群もどきがほどけ、どこかへ散り散りになっていく。


 アーチの中の空間が、とぷん、と波打つ。


 光るわけでも、音がなるわけでもなく、ひどく静かに、そして厳かに、それは現れる。

 水面から静かに浮かび上がるかのように、存在しないアーチの向こう側から歩いてきたように、実に軽々と彼女は現れた。


 背は高くスラリとした身体をローブでくるみ、頭にはつばの広い三角帽子を被り、杖を携えたいかにも魔女然とした格好をしていた。

 かつてはさぞ美しかったであろう女だった。その顔は右半分が焼け爛れ崩れていた。

 豊かな金髪をかき上げながら女は言った。


「んふふ、出迎えご苦労さま。」


 優しげで柔らかな声音の中に、ねっとりと粘着質な響きが含まれている。

 猫なで声の様な媚びる感じではなく、可愛がるような、見下すような声である。


 声を聞いたことで女が何者かを確信する。


「……魔女か。」

「ええ、ご明察の通りよ。オーガスト。」


 魔女が微笑む。金の瞳は緩やかな弧を描き、嬉しさに口角が持ち上がる。

 慈母のような微笑みでこちらを見つめた後、周囲に目を向けた。

 調査員の面々を底冷えするような瞳で眺める。


「うーん。……やっぱり要らないわね。

もうちょっと腕が立つなら使いようもあったんだけど……。

ソールズの奴もわざとやったわね、これ。

あいつは昔からそうなんだから。」


 ひどいと思わない?

 そう言って魔女は杖を床に打ち鳴らす。


 声を上げることすら許されずに、バタバタと調査員たちが倒れていく。

 目を向けずとも音だけで分かる。あんな倒れ方、生きていたら出来ない。

 彼らは皆、死んでいた。

 いかなる方法かまでは理解出来ないが、目の前の魔女が六人を死に至らしめたのだ。


「さてさて、邪魔なものも片付いたし、改めて紹介しましょうか。


私はフランベルール・アトア・ゼンバー。


人は私を魔女と呼ぶわ。笑っちゃうわよね。何だか魔王より下みたいでしょ、その言い方だと。」


 つい先ほど六人を殺して見せたというのに、とても親しげに魔女は話しかけてくる。

 彼女にとって、人が取るに足らないものであることが伝わってくる。

 魔女は調査員たちを殺した後に、その死体へと目を向けていないのだ。彼らのことを、床の埃と変わらないものと考えているからだ。


 恐ろしい。そして、おぞましい。


 黙り込むこちらに、可愛らしく小首を傾げて魔女は言う。


「もう知ってはいるけど、あなたのお名前を教えてちょうだいな。」

「……冒険者のオーガストだ。」


 震えそうになる声を抑え込み答えた。丁寧になど話せない。幸い、ぶっきらぼうな言い方でも魔女は気にしていないようであった。

 そして問う。何が目的か、と。


「そうね、目的ね……。

お話をしたかったのがまず一つ。

それからお仕事をしてほしいのがもう一つ。

全部で二つね。」


 魔女はにこやかだ。

 出会ってからずっと私に対しては親しげだ。対等とまではいかなくとも、どこか認めているような感じである。


「不思議そうね、オーガスト。

大方、なぜ自分は殺されなかったかを考えているのかしら。


それはね、殺されなかったのではなく、殺せなかったが正しいのよ。」

「どういうことだ?」

「私もあなたも彼の駒なのよ。手駒同士で潰し合ったら、打つ手が無くなるじゃない。


そこの人間どもは特に役割が無かった。だから死んだ。

あなたは役割が有る。だから生きてる。

そう言うことよ。」

「……役割とは何だ。」

「良い予感がしないでしょ。正解よ。

とっても嫌な役割があなたには課せられている。」


 ちょっと長い話になるんだけど聞いてくれるかしら。

 魔女はそう尋ねてきた。

 頷き、勧められるままに床に座る。

 彼女はアーチの脇に腰掛けた。



***



 そうね、まず何から話そうかしら。

 ……私がどうして魔女と呼ばれるかは知っているかしら。

 知らない?

 じゃあ、そこから話しましょう。


 私は今からかなり前、正確な年月なんて覚えていないくらい前に生まれたわ。普通の村娘だったの。変わっているところは一つだけ、村の魔術師に師事していたこと。

 成人を迎える頃には立派な魔術師だったわ。


 ある晩のことよ。今でもその時のことはよく覚えている。その夜は分厚い雲が空を覆っていてね、月の光が全く届かなかった。

 だからでしょうね。村を野盗が襲ったの。

 大変だったわ、村の男が応戦したんだけど、奇襲をかけられて後手に回っていた。私も応戦して何人か殺したわ。

 きっと私のせいね。抵抗が激しいから、村に火がかけられたのよ。半身を焼かれて息も絶え絶えなところを捕まって、周りではどんどん村人が殺されていて、思わず祈ってしまったの。


『こいつらを皆殺しに出来るだけの力をください』って。


 そうしたら、魔力が身体の奥底から溢れてきて、野盗どもを皆殺しよ。……村の皆ごとね。


 私は知らず知らずの内に、闇と取引していたの。祈りに答えたのは、闇だったのよ。

 世の中全ての人(『こいつら』)を皆殺しにするための力を与えられてしまったの。


 それからは大変だったわ、ホント。人に会う度、力が暴走して殺してしまうんだもの。

 すぐに化け物として手配がかかったわ。森に逃げても追われるし、山に隠れても探されるし、でも見つかっても私が返り討ちにしちゃうもんだから、賞金だけはどんどん吊り上がっていって。


 嫌気が差していた頃に彼と出会ったの。世界の化身に。


 あなたも出会ってるのよ。

 ええ、そう。鍛冶屋の彼よ。

 契約を結んで力を抑えて、代わりに才能のシステムを組み上げたの。すごいでしょ。

 で、門が開いた時に備えて、内緒で使い魔たちを用意したわ。バレてたらしいけど。

 ええ、あなたが魚群もどきと呼んでいたのは私の使い魔よ。

 使い魔を仕込む時に門を超えてね、それから死ななくなっちゃって。私を討伐に来た奴らも殺せないもんだから、怖がっちゃって怖がっちゃって。あれは笑えたわ。間抜けすぎるもの。


 まあ、そんなこんなで私は魔女と呼ばれるようになったわけ。

 なんとなくあなたとの繋がりが分かったかしら。



 さてさて、本題に入ろうかしら。

 あなたも私と同じように彼から役割が与えられているの。でも、私とは全く違う役割よ。


 あなた、剣を受け取ったでしょう?

 あの剣は、魔剣の中でも特別製。何せ世界がとある目的のためだけに力を注いだものなんだから。


 知りたい?どんな目的か。


 んふふ、教えてあげる。

 あなたの持つ魔剣はね、【竜】を生むための魔剣なのよ。

 人を【竜】へと変貌させる魔剣、手にしたのはあなたで三人目ね。【竜】になるのも三人目。

 前任者のことは皆が知ってるわ。アルブレヒトが倒した【竜】、あれが前の持ち主。それより前は、もう話が伝わってないみたいだけど。


 世界は英雄を欲しているの。でも英雄になるなら相応しい功績が必要でしょ?

 だから、功績にするための敵を用意しよう。っていうのが、その【竜】の魔剣の役目。

 あなたは踏み台に選ばれたのよ。

 英雄という主役を引き立てる悪役にされてしまったの。

 多分、今回はあの勇者たちに討伐させる算段なんじゃないかしら。魔王を倒す前のステップね。


 んふふ、打ちひしがれて声も出ないみたいね。


 でも、彼だって予定通りに事が進められた訳じゃないのよ。

 あなたの【竜】への覚醒は予定より遅れているし、魔王の覚醒は想定よりも早いし、勇者は皆魔王を討つには力不足。

 彼の計画はガタガタね。


 ……魔王が気になるの?居場所を知りたい?


 そうね、まあ、教えてもいっか。

 あなたとアルブレヒトが荒らしたネメンセ、そこで一番大きな森の中に居るわ。なんか手勢を揃えているみたいよ。



 話すべきはこんなところかしら。

 なんだか一方的に喋っちゃって、お話って感じにならなかったわね。

 じゃあ、やってもらいたいお仕事について話すわね。


 王都で暴れてほしいの。【竜】として。


 今からでも遅くないわ。【竜】になって勇者に倒されて。

 勇者たちにも損害は出るでしょうけど、それは些細な事よ。勇者たちに力を与えるために必要な事。目を瞑るべき事ね。


 私があなたに力を貸せば、王都まですぐに行ける。

 【竜】になるのだって魔術で手助けできる。


 だからお願い、私たちのためにその命をちょうだい?



***



 スラリと鞘から[明け星]が、【竜】の魔剣が抜き放たれる。

 魔女はそれを見て満足げな笑みを浮かべた。


 改めて[明け星]をしげしげと眺める。

 すごい剣だとは感じていた。まだ使いこなせていないのは実感していた。

 しかし、【竜】へと変える魔剣とは……。いや、何か人でなくなる感覚はあった。

 目を逸らしていたが、その感覚が正しかったのだ。

 仕方ない、二度目の人生なのだ。この命、皆のために使ってやろうじゃないか。


 頷こうとした時、何かが脳裏を過る。

『心残りが一つ消えた。』店主はそう笑って言った。

 あの店主が、こんなことを指して心残りと言ったのか?

 きっと違う。

 ……店主はきっと【竜】にならずに済む人間を探していたのだ。


 そうだ。この魔女は今の役割を明かさなかった。


 そうだ。この魔女は人の命を大切に扱わない。


 そうだ。この魔女は契約主を裏切る真似を繰り返している。


 一つ気付けば芋蔓式だ。おかしなところがズルズルと出てくる。

 ああ、そうだ。この魔女は信用できない。


「……くそったれ。」

「覚悟は決まった?」


 ニヤニヤとこちらを見ながら、余裕ぶっているその姿に怒りが湧いてくる。

 無限に思えるほど溢れ出す怒りを抑える。

 心は自身を律しようと必死なのに、身体は実に滑らかに動いた。


 瞬きの内に魔女との距離を詰め、


「嘘つきめ。」


 その一言とともに魔女の首を斬り落とした。

ご高覧くださりありがとうございます。

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