20:私と世界と魔女の話
暗い部屋の中を五つのカンテラが照らしていた。
広い広いその部屋の中心には、石造りの簡素なアーチが佇んでおり、そして今、何もないはずのアーチの向こう側から何かがやって来ようとしていた。
<我らが主のご到着です>
魚群もどきが告げる。
気付けば周囲に立つ皆の視線がアーチに釘付けであった。無論、私も。
皆が固唾を飲んで見守る中、魚群もどきがほどけ、どこかへ散り散りになっていく。
アーチの中の空間が、とぷん、と波打つ。
光るわけでも、音がなるわけでもなく、ひどく静かに、そして厳かに、それは現れる。
水面から静かに浮かび上がるかのように、存在しないアーチの向こう側から歩いてきたように、実に軽々と彼女は現れた。
背は高くスラリとした身体をローブでくるみ、頭にはつばの広い三角帽子を被り、杖を携えたいかにも魔女然とした格好をしていた。
かつてはさぞ美しかったであろう女だった。その顔は右半分が焼け爛れ崩れていた。
豊かな金髪をかき上げながら女は言った。
「んふふ、出迎えご苦労さま。」
優しげで柔らかな声音の中に、ねっとりと粘着質な響きが含まれている。
猫なで声の様な媚びる感じではなく、可愛がるような、見下すような声である。
声を聞いたことで女が何者かを確信する。
「……魔女か。」
「ええ、ご明察の通りよ。オーガスト。」
魔女が微笑む。金の瞳は緩やかな弧を描き、嬉しさに口角が持ち上がる。
慈母のような微笑みでこちらを見つめた後、周囲に目を向けた。
調査員の面々を底冷えするような瞳で眺める。
「うーん。……やっぱり要らないわね。
もうちょっと腕が立つなら使いようもあったんだけど……。
ソールズの奴もわざとやったわね、これ。
あいつは昔からそうなんだから。」
ひどいと思わない?
そう言って魔女は杖を床に打ち鳴らす。
声を上げることすら許されずに、バタバタと調査員たちが倒れていく。
目を向けずとも音だけで分かる。あんな倒れ方、生きていたら出来ない。
彼らは皆、死んでいた。
いかなる方法かまでは理解出来ないが、目の前の魔女が六人を死に至らしめたのだ。
「さてさて、邪魔なものも片付いたし、改めて紹介しましょうか。
私はフランベルール・アトア・ゼンバー。
人は私を魔女と呼ぶわ。笑っちゃうわよね。何だか魔王より下みたいでしょ、その言い方だと。」
つい先ほど六人を殺して見せたというのに、とても親しげに魔女は話しかけてくる。
彼女にとって、人が取るに足らないものであることが伝わってくる。
魔女は調査員たちを殺した後に、その死体へと目を向けていないのだ。彼らのことを、床の埃と変わらないものと考えているからだ。
恐ろしい。そして、おぞましい。
黙り込むこちらに、可愛らしく小首を傾げて魔女は言う。
「もう知ってはいるけど、あなたのお名前を教えてちょうだいな。」
「……冒険者のオーガストだ。」
震えそうになる声を抑え込み答えた。丁寧になど話せない。幸い、ぶっきらぼうな言い方でも魔女は気にしていないようであった。
そして問う。何が目的か、と。
「そうね、目的ね……。
お話をしたかったのがまず一つ。
それからお仕事をしてほしいのがもう一つ。
全部で二つね。」
魔女はにこやかだ。
出会ってからずっと私に対しては親しげだ。対等とまではいかなくとも、どこか認めているような感じである。
「不思議そうね、オーガスト。
大方、なぜ自分は殺されなかったかを考えているのかしら。
それはね、殺されなかったのではなく、殺せなかったが正しいのよ。」
「どういうことだ?」
「私もあなたも彼の駒なのよ。手駒同士で潰し合ったら、打つ手が無くなるじゃない。
そこの人間どもは特に役割が無かった。だから死んだ。
あなたは役割が有る。だから生きてる。
そう言うことよ。」
「……役割とは何だ。」
「良い予感がしないでしょ。正解よ。
とっても嫌な役割があなたには課せられている。」
ちょっと長い話になるんだけど聞いてくれるかしら。
魔女はそう尋ねてきた。
頷き、勧められるままに床に座る。
彼女はアーチの脇に腰掛けた。
***
そうね、まず何から話そうかしら。
……私がどうして魔女と呼ばれるかは知っているかしら。
知らない?
じゃあ、そこから話しましょう。
私は今からかなり前、正確な年月なんて覚えていないくらい前に生まれたわ。普通の村娘だったの。変わっているところは一つだけ、村の魔術師に師事していたこと。
成人を迎える頃には立派な魔術師だったわ。
ある晩のことよ。今でもその時のことはよく覚えている。その夜は分厚い雲が空を覆っていてね、月の光が全く届かなかった。
だからでしょうね。村を野盗が襲ったの。
大変だったわ、村の男が応戦したんだけど、奇襲をかけられて後手に回っていた。私も応戦して何人か殺したわ。
きっと私のせいね。抵抗が激しいから、村に火がかけられたのよ。半身を焼かれて息も絶え絶えなところを捕まって、周りではどんどん村人が殺されていて、思わず祈ってしまったの。
『こいつらを皆殺しに出来るだけの力をください』って。
そうしたら、魔力が身体の奥底から溢れてきて、野盗どもを皆殺しよ。……村の皆ごとね。
私は知らず知らずの内に、闇と取引していたの。祈りに答えたのは、闇だったのよ。
世の中全ての人を皆殺しにするための力を与えられてしまったの。
それからは大変だったわ、ホント。人に会う度、力が暴走して殺してしまうんだもの。
すぐに化け物として手配がかかったわ。森に逃げても追われるし、山に隠れても探されるし、でも見つかっても私が返り討ちにしちゃうもんだから、賞金だけはどんどん吊り上がっていって。
嫌気が差していた頃に彼と出会ったの。世界の化身に。
あなたも出会ってるのよ。
ええ、そう。鍛冶屋の彼よ。
契約を結んで力を抑えて、代わりに才能のシステムを組み上げたの。すごいでしょ。
で、門が開いた時に備えて、内緒で使い魔たちを用意したわ。バレてたらしいけど。
ええ、あなたが魚群もどきと呼んでいたのは私の使い魔よ。
使い魔を仕込む時に門を超えてね、それから死ななくなっちゃって。私を討伐に来た奴らも殺せないもんだから、怖がっちゃって怖がっちゃって。あれは笑えたわ。間抜けすぎるもの。
まあ、そんなこんなで私は魔女と呼ばれるようになったわけ。
なんとなくあなたとの繋がりが分かったかしら。
さてさて、本題に入ろうかしら。
あなたも私と同じように彼から役割が与えられているの。でも、私とは全く違う役割よ。
あなた、剣を受け取ったでしょう?
あの剣は、魔剣の中でも特別製。何せ世界がとある目的のためだけに力を注いだものなんだから。
知りたい?どんな目的か。
んふふ、教えてあげる。
あなたの持つ魔剣はね、【竜】を生むための魔剣なのよ。
人を【竜】へと変貌させる魔剣、手にしたのはあなたで三人目ね。【竜】になるのも三人目。
前任者のことは皆が知ってるわ。アルブレヒトが倒した【竜】、あれが前の持ち主。それより前は、もう話が伝わってないみたいだけど。
世界は英雄を欲しているの。でも英雄になるなら相応しい功績が必要でしょ?
だから、功績にするための敵を用意しよう。っていうのが、その【竜】の魔剣の役目。
あなたは踏み台に選ばれたのよ。
英雄という主役を引き立てる悪役にされてしまったの。
多分、今回はあの勇者たちに討伐させる算段なんじゃないかしら。魔王を倒す前のステップね。
んふふ、打ちひしがれて声も出ないみたいね。
でも、彼だって予定通りに事が進められた訳じゃないのよ。
あなたの【竜】への覚醒は予定より遅れているし、魔王の覚醒は想定よりも早いし、勇者は皆魔王を討つには力不足。
彼の計画はガタガタね。
……魔王が気になるの?居場所を知りたい?
そうね、まあ、教えてもいっか。
あなたとアルブレヒトが荒らしたネメンセ、そこで一番大きな森の中に居るわ。なんか手勢を揃えているみたいよ。
話すべきはこんなところかしら。
なんだか一方的に喋っちゃって、お話って感じにならなかったわね。
じゃあ、やってもらいたいお仕事について話すわね。
王都で暴れてほしいの。【竜】として。
今からでも遅くないわ。【竜】になって勇者に倒されて。
勇者たちにも損害は出るでしょうけど、それは些細な事よ。勇者たちに力を与えるために必要な事。目を瞑るべき事ね。
私があなたに力を貸せば、王都まですぐに行ける。
【竜】になるのだって魔術で手助けできる。
だからお願い、私たちのためにその命をちょうだい?
***
スラリと鞘から[明け星]が、【竜】の魔剣が抜き放たれる。
魔女はそれを見て満足げな笑みを浮かべた。
改めて[明け星]をしげしげと眺める。
すごい剣だとは感じていた。まだ使いこなせていないのは実感していた。
しかし、【竜】へと変える魔剣とは……。いや、何か人でなくなる感覚はあった。
目を逸らしていたが、その感覚が正しかったのだ。
仕方ない、二度目の人生なのだ。この命、皆のために使ってやろうじゃないか。
頷こうとした時、何かが脳裏を過る。
『心残りが一つ消えた。』店主はそう笑って言った。
あの店主が、こんなことを指して心残りと言ったのか?
きっと違う。
……店主はきっと【竜】にならずに済む人間を探していたのだ。
そうだ。この魔女は今の役割を明かさなかった。
そうだ。この魔女は人の命を大切に扱わない。
そうだ。この魔女は契約主を裏切る真似を繰り返している。
一つ気付けば芋蔓式だ。おかしなところがズルズルと出てくる。
ああ、そうだ。この魔女は信用できない。
「……くそったれ。」
「覚悟は決まった?」
ニヤニヤとこちらを見ながら、余裕ぶっているその姿に怒りが湧いてくる。
無限に思えるほど溢れ出す怒りを抑える。
心は自身を律しようと必死なのに、身体は実に滑らかに動いた。
瞬きの内に魔女との距離を詰め、
「嘘つきめ。」
その一言とともに魔女の首を斬り落とした。
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