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冒険者オーガストの平穏万歳  作者: 蒸らしエルモ
3話:帝都で大騒ぎ
18/24

18:代償を払う者たち

本日分の更新です。


「……んぐ、ぐぅぅぁ。」


 苦鳴が漏れるのが聞こえる。意識が暗闇から帰還する。

 扉脇に凭れ掛かっていた。全身が痛む。


 ああ、反対側まで吹っ飛ばされたのか。


 部屋の中は惨憺たる有り様であった。

 メーゼグを磔にした壁は焼け崩れ、通りで通行人が騒ぐ声が入ってくる。

 天井まで焼け焦がした炎はまだ絨毯の上で燻っている。部屋の中は、焦げた臭いが充満していた。

 壁に凭れたまま周囲を確認する。


 冒険者の男女はどちらも床に倒れているが生きているようだ。近くにいたのに大したものである。

 豚のような商会長も無事だ。一番軽症なのはこの男だろう。

 護衛は商会長を庇ったようで、覆い被さるように倒れている。魔力を知覚できないことから死んでしまったようだ。


 歯を食いしばり、凭れた状態から身体を起こす。

 部屋に負けず劣らず、酷い有り様だ。

 左手は肩から動かせず、焼け焦げひしゃげていた。指はどれもあらぬ方向を向いてしまっている。

 装備していた胸甲は、バンドが千切れ床に転がっていた。

 ぼんやりとしていた視界がはっきりとしてくる。しょぼつく目を右手で擦りつつ、さらに自身の状態を確認する。

 鼓膜は破れたようで、左側の音が聞こえない。

 服は耐火性の高い素材で作った特注品だったからか、端の方が焦げていて全体的に煤けているものの無事だと言えるだろう。


「……ぁあ、い、ぢょウらが、ダいなシダ。」


 口のなかに溜まった血を吐き捨てる。


「あ"、あ"ー。ん"んっ!

……少しはマシになったか?」


 ふらつきながら立ち上がろうとする。

 左側に身体が傾ぐ。咄嗟に左手を床につくと激痛が走った。

 痛みに呻きながら強引に身体を動かす。よろめきながらも何とか立ち上がれた。

 身体中が悲鳴を上げている。動く度に関節は軋み、筋肉はミチミチと音を立てる。

 それでも倒れず、左足を引きずりつつも一歩一歩、冒険者たちに近づいていく。


 男の方は頭部から出血していた。女の方を守って何かにぶつけたらしい。こちらを見る目の焦点が合っていない。

 女は身体を起こし、男を庇う。

 キッ、とこちらを睨み付け、これ以上近づくなと言った。


「大人しくこちら側につくなら、ポーション分けてやる。

この騒ぎだ。人が来る。抵抗するな。」

「……ええ、分かったわ。」


 収納袋をあさり、ポーションと軟膏を取り出す。それを床に置き、離れる。

 女はまだ警戒しているようだが構わない。

 軽く足を引きずりつつ、爆発で崩れた壁の方へと向かう。


 血の気が引いた。[明け星]が見当たらない。

 落ちたのか。埋もれたのか。

 両の膝をつき、崩れた天井の瓦礫を掻き分ける。痛みなど気にならない。両手で瓦礫をどけていく。

 爆発の前はこの辺りの壁に、メーゼグを縫いつけていた。


 あるはずだ。ないと困る!


「うあ、ああ、……ない!ない!」


 自然、口から不安が溢れる。

 身体の痛みなどもはやどうでもよかった。

 折れた腕で、ひしゃげた指で、瓦礫を掻き分ける。爪が剥がれ、擦り傷が増えていくがそれどころではない。

 魔剣を、[明け星]を失う。それがどれだけ恐ろしいことか。


 いや待て。何故そんなに恐れる?


 脳裏に何かが浮かぶもののすぐさま消えさり、止まってしまった発掘作業に戻る。

 ガラガラと瓦礫の山をどかす。


「どこだ![明け星]!」


 そう魔剣の名を読んだ時だ。

 突如として瓦礫が吹き飛ばされる。

 そこには[明け星]が、変わらぬ輝きを示していた。

 思わず、頬を熱い滴が流れ落ちるのを感じた。


 ああ、良かった。


 安堵のため息をつきながら、[明け星]を鞘へと納める。

 そうして座り込む。体力はあれど、怪我が多くもう動きたくない。


 この数分後に、学院から派遣された教師陣数名によって商店から連れ出され、回収されることとなるのであった。





「怪我はもう大丈夫ですか?オーガスト君。」

「お陰様で。」

「それは何よりです。君のような優れた人材を、あのようなことで失いたくはないですから。」


 ヘンブラムはそう言ってにこやかな笑みを浮かべる。

 あの爆発から二日が経ち、傷が癒えたとして学長室に呼び出されていた。

 依頼を受けた時と同じような状況だが、それとは異なることが一つ。

 冒険者の男女も学長室に居た。

 どうしてここに。そんな内心を読んだかのように、ヘンブラムは彼らの話を始める。


「彼らは行くところがないのですよ。なので、雇わせて貰いました。

こちらとしても、腕の立つ人材が増えることは嬉しいですからね。」


 ヘンブラムの目は穏やかだ。

 裏切り者のメーゼグは話に出すだけで静かな殺意を湛えていたのだが、この冒険者たちを殺す気は無いらしい。

 人死にが増えるよりはいいか、そう考え大人しくヘンブラムの話を聞く。


「ダリスとカエデと言うそうです。」

「……カエデ?」


 日本人的な名前に思わず反応してしまう。

 カエデを見ると、黒髪黒目だった。

 目が合い、カエデは怯えたように首を竦める。


「珍しい名前だと思いますが、どうしたのです?」


 ヘンブラムに問われる。下手な答えをするわけにはいかない。疑われ、後ろからズブリ、なんて笑えない。だが、話してよいものか。

 刹那の逡巡。

 いや、ここは巻き込む方が得策か。


「……王国の勇者にそんな名前をした者が。」

「なんと!」


 驚いたヘンブラムは視線をカエデに向ける。

 庇うようにダリスが前に出る。

 その反応が何よりもはっきりと物語っていた。カエデは勇者である。

 ヘンブラムが何かを言う前に口を挟む。


「丁重に扱った方が帝国の利になるのでは?」

「ふむ。それは、否定しきれませんね。」


 ヘンブラムは顎を擦り考え込む。冒険者たちの様子を観察しながらだ。

 ダリスはカエデを背後に隠そうとし、カエデはそんなダリスの背にしがみついている。とてもこの場でするような格好ではないが、気持ちは分かる。

 ヘンブラムは今、彼らの価値を計っている。その瞳は冷徹そのものだ。見られているだけで震えが走る。


「……ええそうですね。歓迎させていただきましょう。

ようこそ帝国へ。冒険者のお二方。」

「閣下。それは皮肉ですか。」


 思わずツッコミをいれてしまう。

 ヘンブラムは笑ってごまかすと、こちらに向き直る。


「さて、オーガスト君。ご苦労でした。

報酬は学院を出る前にベルマから受け取ってください。」

「承知しました。それでは。」


 返事をし、踵を返す前に待ったがかかる。

 何でも次の仕事の話だと言う。


 ああ、最悪だ。つい先日何人も殺したばかりだと言うのに、また誰ぞ殺して来いとでも言うのだろうか。

 冒険者ではなく、お抱えの暗殺者ではないか。


 視線に苛立ちが混じる。感情は抑えるようにと教わってきたというのに、最近はよく溢れてしまうな、と冷静な自分が分析している。

 いつからだろうか、気に入らないことの解決策に暴力が混じるようになっていた。


「いや、誤解しないでくれ。」


 ヘンブラムが慌てたように訂正する。

 次の仕事は冒険者としての依頼で、学院の調査班に同行して警護と遺跡の調査をしてほしいのだ、と。


 ヘンブラムの余裕が僅かにでも剥がれたところが見られ、溜飲が下がる。

 その依頼を受けると返答し、退室する。

 閉まる扉の向こうで、ヘンブラムが胸を撫で下ろしているのを見た。


***


「いや、参った参った。確かにあれは混じっているね。間違いない。」


 ヘンブラムが苦笑する。

 理由はさっき退室した冒険者だ。

 魔剣を振るうその冒険者は、門を開き魔剣に適合してしまっているのだと言う。

 怪我を診察した治療魔術師が言っていた。あれはもう半ば人間ではない、と。

 だとしても、まさか視線一つで自分が威圧されてしまうとは、ヘンブラムは驚きとともに感心していた。

 帝国の為に抱き込んだ自分の判断は間違いではなかった、と。


「さて、ダリスとカエデには別の仕事をしてもらう。

これは命令だ。分かるね。」


 二人が勢いよく了承の返答をするのを見て、ヘンブラムは笑みを浮かべる。


 使える駒は多い方がいい。それは間違いではない。

 使える駒の質は高い方がいい。これも間違いではない。

 だがそれよりも、有能な駒でも替えがきくこと、これが肝要だとヘンブラムは考えていた。

 今回得た駒たちは、果たしてどうなるか。


 全ては帝国の為に。ヘンブラムは今日の内にもう一働きすることにした。


「……では王国内部の、特に勇者について話して貰おうか。」


 ヘンブラムの背後の窓、その向こうには炎のような夕焼けが広がっている。

 帝国を守る。そのために心を燃やすこの男を表しているようだ、とダリスは思った。

 そして、そんな男の言葉に乗って祖国を裏切る自分はきっと、地獄に落ちるだろう。ダリスは自嘲の笑みを浮かべる。だが、それでも、守りたいものはこちらにだってある。それがどれだけちっぽけだとしても、全てに変えてでも守りたいのだ。


「━━━━王国は……。」


 ダリスから語られる王国の現状に、ヘンブラムは呻く。

 状況は、想定よりも遥かに悪い。

次回の更新は7/19を予定しています。


ご高覧くださりありがとうございます。

次話もよろしくお願いします。

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