17:薄汚い仕事
連日多くの方に閲覧いただいているようで、大変嬉しく思っています。
感謝の更新です。
三連休中にもう一度更新する予定です。
世界が異なれど、人が人である限り変わらぬものは多い。
例えば、戦争。
魔法で殺すか剣で殺すか、銃で殺すか爆弾を使うか、殺し方は世界で異なれど奪い方に大きな違いなどありはしない。
例えば、集団。
派閥や組織、国といったものは形に多少の差違はあれど、どちらの世界にも存在している。
例えば、階級。
人は何かが二つ以上あるとそれを比べずにいられない。これも、どちらの世界でも同じだった。
例えば、裏切り。
自身の属する集団への背信。これもどちらの世界でも起きていたことだ。
そして今も、この帝国に裏切り者がいた。
━━━━「君にはあの愚か者を消してもらいたいのです。」
帝国立魔術錬金術学院学長ソールズ・ヘンブラムの依頼は、裏切り者の排除であった。
標的の男は学院を、さらには帝国をも裏切り、王国と取引しているのだという。
標的の男の追跡と取引現場の確保、標的の殺害と可能であれば取引相手の口封じが依頼であり、ちょっと欲張り過ぎではないかと戸惑った。
しかしなるほど、ギルドを通せないわけである。
冒険者が無法者に近い実態を有しているといえども、真に法を犯すような真似は絶対と言い切れないがまずしない。
この抹殺命令は、依頼として出すとギルドに処理されないだろうことが予想できる上、仮に処理され掲示されても誰一人受けることはなかっただろう。
まあ、派閥の不祥事であるから大っぴらにしたくない学院としては、やはりギルドを通さず間抜けな冒険者を引っ掛けた方が色々とやりやすいのだろうが。
引っ掛けられてしまった間抜けな冒険者としては溜め息が止まらないものである。
逃げ込んでいた思考の海から帰還を果たす。
視線を前方やや下に向ける。標的は、道を挟んで向かい側の建物に居た。大きな店である。一階部分で庶民を相手にし、二階三階で上客やらの相手をするのだろう。男は二階で何やら商談をしているようであった。
今は標的の尾行中である。
太陽が中天を通り過ぎ、仕事に戻ったのか通りを歩く人影の少し減った頃、ようやく尾行対象は店から出てきた。
小袋を抱えて歩く男はそのまま学院の方へと向かって行った。今日も収穫無しである。
依頼を受け、尾行するようになってから4日、未だに標的が取引相手と接触する様子は無かった。
ヘンブラムが言うには、おおよそ月に一度取引相手と接触しており、次は今月5日から8日頃に接触するものと想定されているのだとか。
だがしかし、前回の取引時に魔術的追跡を行ったところ標的に察知されてしまったため、冒険者を雇うことにしたのだと言う。
正直なところ辛い。何が辛いって一人で監視するのが辛い。
学院の人間は魔術や錬金術に秀でていても、隠れて監視する技術があるわけ無いため頼れず、他の冒険者を追加で雇う案はヘンブラムに却下されてしまった。
せめてあと一人、補助役が欲しかった。
落ち着いて寝られるようにしたい。
標的が学院に帰るのであれば、こちらとしては歓迎だ。
学院内ならば、職員たちが大っぴらに監視してくれる。隠れなくて良いのならばそれくらいは出来る。
この日は男が学院に戻るところを見届け、事情を知る職員らに監視を押しつけて、なんとか休むことが出来た。
監視開始から初のまとまった睡眠時間である。夕食もとらずに泥のように眠る。
目が覚めれば翌日。日が昇る前だ。早朝に目覚めるのは冒険者としての習慣である。
用意を整え、まとまった睡眠によってスッキリとした頭で考える。
標的がどう動くか。裏切りがこちらにバレていることは分かっているはずだ。このまま学院に居続けることが可能だとは考えていないはず。
となれば、とれる手だては逃走だ。
標的はどうやって逃げるのか。
一人では無理だろう。ならば、取引相手を頼って王国へ行くはずだ。
そこを押さえるしかない。
標的が学院の裏門から出てくる。
今日はずいぶんと遅い。太陽は中天から下り、空はうっすらオレンジがかっている。
どうでもいいが、空はこちらの世界でも青かった。太陽は一つしかないし、朝焼けも夕暮れもオレンジだ。
いや、どうでも良くなど無かった。空が同じ、それだけでどれほど落ち着いたか。
青い空は気持ちの支えになった。
それに反してこれから来る夜は嫌いだ。
夜だというのに空は黒くない。乳白色の空には星など浮かばず、三つの月が互いに主張し合っていた。救いは月が出ている時間が短いことか。
昼と夜の間の、未明や夕方が長いのだ。星はその時間に見ることが出来た。
標的の男は徐々にオレンジがかっていく空には目もくれず、雑踏の中を進む。
どうも向かう先は昨日も訪れていた店のようである。
男の背中を気取られぬように追う。
しばらく行けば、昨日の店が見えてきた。
やはり目的地らしい。
これは怪しい。
男の荷物は少ないが、身に纏う外套の下は軽装だが武装していた。ちらりと覗けただけだが、これまでは短剣なんて持っていなかったのだから、大きな違いである。
男は勝手知ったるといった様子で店に堂々と入っていく。
店に入っていくところを見届けた後、とりあえず裏の路地に回り、どこか入り込めそうな所がないか探すことにした。
丁度良く通りから見えない位置に窓があった。二階の角である。窓の下には木箱が積まれていた。侵入してくれと言わんばかりである。
木窓は閉じられ、雨戸も閉められていた。音を立てずに窓まで身体を持ち上げる。中の様子を探ると、近くに人の気配は無かった。
片方の雨戸の金具を強引に外す。もちろん音は抑えてだ。木窓の閂は叩き割った。
室内に身体を滑り込ませる。侵入成功だ。
入り込んだ部屋の中は、普段使いされない客室のようである。
廊下の様子を伺い、慎重に扉を開ける。誰も居ない。
こそこそと廊下を進むが、人の気配が少ない。これは本当に当たりかもしれない。
廊下を進むと曲がり角の先から声が聞こえた。
そろりそろりと確認する。小さな鏡を収納袋から出し、角の先を覗くと男が立っていた。その脇には三階に上がる階段が見える。
どうやら歩哨の真似事のようである。ただの商人がすることではない。
声がしたことを気にするべきだった。
すぐ近くの扉が開く。扉の向こうはトイレのようだった。
そこから出てきた男と目が合う。
お互い声もなく立ち尽くしていた。
我に返ったのもほぼ同時。
「……侵入者だ!」
男を[明け星]で切り捨てる。だが間に合わなかった。
三階が俄に騒がしくなる。
舌打ちしながら、襲いかかってきた歩哨の男も切り捨てる。
階段を駆け上がり三階に躍り出ると、矢が出迎えてくれた。
全て斬り落とす。驚愕に値する腕前だ。一呼吸の内に続けざまに十矢も放たれていた。秒間三射、ほとんど銃である。
弓士が退き、槍士が前へと出てくる。短槍使いだ。
鋭い突き込みを弾く。弾く、弾く、弾く。
恐ろしいことに槍士の突きが止まらない。怒涛の如き突きの連続に次第に押し込まれる。
狭い廊下で受けに回ったのが失敗だった。動いて撹乱しようにも、その動くスペースが足りない。短槍の間合いから逃れられず、その突きを凌ぐだけになってしまっている。
途轍もない腕前である。
それだけに敵の正体を看破できた。
「……王国の冒険者か!」
正体を見破られ弓士の方は動揺を見せるが、肝心の槍士は全くの平常心だった。場馴れしている。
……こうなっては仕方がない。
このままでは、標的に逃げられてしまう。
「魔剣よ。」
魔力を[明け星]へと流し込む。
槍士が顔色を変えた。
さらに突きが加速する。惚れ惚れする腕前だ。
だが、もう遅い。
魔力が供給され、活動を始めた魔剣の敵ではない。魔剣を振るう【魔剣士】の敵でもない。
穂先、柄、腕、首。
瞬きの内に寸断される。
出来れば、剣の技術で打倒したかった。それ程までの使い手だった。
弓士は矢をつがえる前に袈裟懸けに両断した。
槍士がいなければそこまで恐ろしい敵ではない。
二人の冒険者を殺し、一際豪奢な扉を蹴り開ける。
中には五人。
一人は標的の男。
それから冒険者らしき男女。
それとでっぷりと肥えた豚のような男。
そして豚の傍に控える筋骨隆々の護衛。
「メーゼグ・バルファター。その命貰い受ける。」
標的にそう告げると、青い顔を一層青くし、震えながら言った。
「す、すまない。命だけは助けてくれ!全部話す。全部だ!だから頼む!」
その無様な姿に少しばかり落胆する。
あの槍士が命を懸けるに値するように見えなかったからだ。殺した側が勝手だが、こんなのを守る依頼なんて受けなければ良かっただろうに、そう思ってしまう。
『……全く君は。実に愚かだね。
帝国を裏切るからこうなるんだよ。』
突然、右側から声がした。
横目で見ると小さな紙が浮いていた。依頼を受ける時にヘンブラムから渡された紙だ。
嫌なことにここ数日よく聞いた声は、そこから発せられていた。
「ソールズ・ヘンブラムなのか……。」
『そう、私ですよ。デレム会長。』
豚のような男は愕然とした様子である。
抵抗の意思は感じられない。
『降伏をお奨めしますよ。この男は実に使えます。この部屋の中の人間を、全員殺しきるのに指折り五つで事足りるでしょう。』
「……はぁ。サム、投降を。」
「会長!」
「奴は物事を小さく話す癖がある。そんな奴がああ言うのだ。殺して逃げるのは無理な話と言うことだ。余程雇った冒険者に自信があるらしい。」
『あなたたちのことはそう悪く扱いませんよ。約束します。』
商会の会長とは話がついたようである。
武力と権力で脅されているのだ。従うしかなかろう。
一方、冒険者たちはこちらを油断無く睨みつけていた。下手な動きは見せない辺り、しっかりとした教育がなされていることが察せられる。
メーゼグは、その冒険者たちに何やら喚いている。
『メーゼグ。諦めたまえ。
彼らに迷惑をかけるのではない。』
ヘンブラムによって最後通牒が叩きつけられる。
「ひっ!……ああぁぁ、くそくそくそォ!
まとめて焼け死ねェ!」
メーゼグは髪を掻き毟ると、懐から拳大の何かを取り出す。それは、中で火の魔力が渦巻いているのが見てとれる明らかな危険物だった。
二歩で壁際のメーゼグまで詰める。
[明け星]で彼の首元を突く。骨をも容易く貫き通し、壁に縫いつける。
メーゼグの手からこぼれ落ちる、光る石をとっさに掴む。
『いかん!捨てろ!』
バキンッ!と何かの砕ける音。
それと同時に、石に封じ込められていた魔力が解放された。
次の更新は、早くて7/17の夜になります。
ご高覧くださりありがとうございます。
よろしければ評価やいいねをお願いします。




