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冒険者オーガストの平穏万歳  作者: 蒸らしエルモ
3話:帝都で大騒ぎ
16/24

16:錬金術の怪物

切りがいいのでちょっと短めですが。

レビューをいただき、仕事の疲れが吹っ飛んだので更新です。


「「ぎゅおおおおおおおお!!!」」


 咆哮とともに現れ出でるは双頭の怪物。

 全体のシルエットは狒々に似ていた。大きい。地面から頭まで3mはあった。

 四足だが立ち上がることが出来そうなしっかりした足腰。立ち上がれば背丈は5mに及ぼうか。

 前足はカエル、後足は鳥に似ていて、鋭い蹴爪がついている。

 細く長い鞭のような尾が生えていて、その先端は二股に裂けている。

 二つある頭の片方は大猿だ。ギラギラとした眼の犬歯の長い狒々である。

 もう片方の頭は山犬だ。どうやらこちらの世界では犬猿の仲と言わないらしい。

 四対の眼はこちらを捉え、今にも食い殺さんばかりである。飛びかからずにいるのは、飼い主である錬金術師の命令だろうか。


 ずしりずしり、とゆっくり近づいてくる錬金術の怪物を睨みながら、魔剣を抜き放つ。

 [明け星]ではなく、かつての英雄アルブレヒトが遺した魔剣、[孤立(シェリダー)]を手にする。

 [明け星]よりも一回り長く、また剣身が幅広で分厚いその魔剣は見かけよりも遥かに重い。

 柄を握りしめて、やはり自分に合った剣とは言えないな、と独りごちる。

 魔剣の重みに、身体が不平を訴えているのが分かる。剣を振れないことはないし、戦うことも十分に可能だろうが[明け星]ほど快適ではないのだ。

 短期決戦で行こう、と魔力を魔剣へと注ぎ込む。

 どのみち長いこと戦うような相手ではない。


 見ただけで理解できた。この怪物は虚仮威しだ。

 もちろん、見た目通りの膂力やタフネスさは持ち合わせていることだろう。だが、それだけだ。怪物の内側からは、然程魔力を感じられない。知覚できる魔力の量は僅かで、それこそ小鬼と同程度である。

 楽しめない相手であるのは疑いようがなかった。


 ざりっ、と足元でブーツのスパイクと固められた地面が音を立てる。左足を少しばかり前に出しながら、両の足を肩幅に広げ腰を落とす。魔剣は体の右側で、後ろに流すように腰だめに構える。


 待てにしびれをきらしたのか、はたまたお許しが出たのだろうか、歓喜の咆哮を上げ突進してくる怪物を迎え撃つ。


 左足を僅かに引き上げ、タイミングを計り、地面よ砕けろとばかりに踏み込む。

 ズドン、と踏み込んだ力を腰で回転運動へと切り替えて、前に出る動きに連動する上半身と腕の力をそこに加えて、魔剣を思い切り振り抜く。

 採点するなら辛うじて及第点といった一撃だった。

 剣の重さに振り回され、身体の軸がぶれたその一撃は、しかし怪物を横一文字に両断していた。

 辺りを血の海に変えながら巨体が沈む。怪物は胸から腰の上あたりに抜けるように切り裂かれていた。地面に身体が落ち、分かたれた胴から内臓が溢れ出る。


 錬金術が作り出した怪物が想像よりしっかり生物してることにも驚くが、それ以上に魔剣の性能に震えた。

 今の一撃では間違いなく、刃渡り以上の長さを切り裂いていた。とはいえ、剣身の延長は魔剣にありがちな能力である。中には剣身の10倍以上の射程を誇る魔剣だって存在する。この魔剣も、そういう魔剣であるのなら別に驚くことはなかったのだ。


 魔剣[孤立]は、剣身の延長線上10mの範囲で物体の存在を拒絶したのである。


 ああ、なんと恐ろしいことか。

 この魔剣は、固かろうと丈夫だろうと柔らかろうと強かろうと弱かろうと切り裂くことが出来るのだ。それが液体であっても気体であっても、不可視の力場から逃れることは叶わない。ただ、剣身の通ったように分かたれるのみである。

 実際に敵に向かって振るってみて分かった。それは恐ろしく気持ちの悪い感触であった。

 斬った気はまるでしなかった。素振りをしている時と何一つ変わらぬ感覚と、それが生み出した目の前の光景との差異に目眩がしそうだ。


 改めて、自身の握る魔剣をしげしげと見つめる。

 これが、良くないものだと知ってはいた。だが理解が、足りていなかった。心を蝕み、技を腐らせ、未来を奪いさる。これはそういう力だった。

 考えれば分かることであった。死という理さえも覆し得る魔剣なのだ。完全に適合していなくともこれくらい造作もない。

 甘かった。浮かれていた。己れを過信していた。

 頭から水をかけられたような心境だった。

 [孤立]を鞘へと納める。

 もう二度と、どうにもならないようなことが起きない限り、鞘から抜き放つまいと心に決めた。


 そこではたと思う。

 [孤立]は自身と深く適合せずにいた為に、正気に返ることが出来た。使い続けることを恐れ、使わぬように心に誓えた。

 では、[明け星]は?

 あれも魔剣である。[孤立]と同様に使い続けるにはリスクがあるはず。

 これから二度と鞘から抜かずにいられるか、別の、それこそただの鉄剣を振る生活に戻れるのか。

 そう自問する。

 答えは出なかった。いや、出せなかった。

 答えの出せない問題を一先ず棚上げし、目先の問題を片付けることにする。



 試験場を飛び出し、学長室へと駆け戻る。

 後方から何やら怒鳴る声が聞こえてきたが、取り合わない。

 重厚な扉をノックもせずに押し開ける。

 先程と同じように学長は椅子にかけていた。


「ああ、やはり来ましたね。」


 こちらを見ながら低い声で学長は言った。

 こうなることを予見していたようである。確かに、あれだけ冒険者を雇うことに噛みついていたルネウスが同行すると言い出した時点で、ある程度良からぬ企みをしていることは想定出来た。

 問題は、学長がそれを看過した点である。


「……わざと行かせたのか。」

「ええ、わざとです。」


 学長は悪びれもせずに平然と答える。

 その態度に腹が立つが、それ以上に困惑する。

 学長の狙いが分からない。この男が地位を求めて動くのだろうか。しかし、それくらいしか考えられない。


「ルネウスの失脚でも狙ったのか?」

「いいえ、まさか。あの子は放っておいてもその内勝手に転びますよ。」


 学長は朗らかに、笑みさえ浮かべながら言う。それにたかが冒険者一人、罠にかけて殺したくらいで揺らぐようならそのまま倒れてしまった方が幸せですよ、と。


 肌が粟立つ。

 相対する人物が、ある種の化け物であることを悟る。

 何か目的のために、普通犠牲に出来ないようなものまで犠牲に出来る、そんな人でなしが笑いながら話し始める。


「大事な仕事を任せるに当たって、その戦闘力に信を置ける冒険者が欲しかったのです。

あの程度の混合魔獣に遅れをとるようならば要りませんでしたが、大変喜ばしいことに期待を遥かに上回ってくれました。

君になら安心してお願いできます。」


 お前が黒幕か、様子を見ていたのか、契約違反だ、様々な言葉が脳内を駆け巡り、結局出力されたのは別の言葉だった。


「……何をさせたいんだ。」

「ふふふ、いい冒険者ですね。これは本当にいい拾い者です。ダラムも捨てたものではないですね。

君が勘づいているように、試験の控えなんて本当はどうでもいいんですよ。

私や他の教師陣が働けば済む話ですからね。」


 君には帝国のため一働きしてもらいたいのです。そう学長は言った。そして、じっとこちらを見つめてくる。その眼光は剃刀のように鋭かった。


 ここが分岐点だ。


 そう考えるもすぐさま否定する。そう、違うのだ。分岐点はとうに過ぎ去っている。

 もう知らぬふりをするには遅いのだ。

 ここから逃げ出せば、帝国の中でも大きな派閥を形成している学院を敵に回してしまう。そうなってしまえば、帝国で生きていくのはまず不可能だ。そもそも、今居るのがその総本山である魔術錬金術学院である。断れば、生きて外に出られると思わない方がいいだろう。


 嘆息し、諦めとともに肯定の言葉を吐き出す。

 死刑囚と同じだ。拒否権は無かった。




「ああ、君なら受けてくれると思っていましたよ。」


前話に続き、サブタイトルはダブルミーニングです。(小声)


ご高覧くださりありがとうございます。

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