13:さらば辺境!二度と来るか
これにて二章完結となります。
楽しんでいただけると幸いです。
再び降りだした雨により、舞い上がっていた粉塵が地に落ちた後も、しばらくの間誰も言葉を発さなかった。
「……帰るか。」
一言呟くと、ようやく皆が動き出す。
辺りに魔獣の姿などなく、森の気配も、その惨状を抜きに考えれば、概ね普段通りのようであった。
突き立てられた魔剣を引き抜く。とりあえずは戦利品として私が管理することとなった。
魔剣同士の魔力の撃ち合いによる衝撃で、散乱してしまった荷物を拾い上げ、隊列を組み直し街へと歩む。
「……なあ、帰ったら何をするんだ?」
金髪剣士が聞いてきた。
話しかけてくるとは思っていなかった人物に話しかけられ、答えに詰まる。
だが、金髪剣士はその質問に答えは求めていなかったのだろう。
主題をぶつける前の、他愛もない問いは踏み台だった。
「俺はさ、そこそこ強いし、きちんと冒険者やれてる自信があったよ。
余程のことがない限り、死ぬことなど無いとすら思っていた。多分舐めてたんだ、冒険者を。」
「いや、今回はその余程のことだっただろうが。」
「まあ、そうだな。あんなのが気軽に飛び出してくるようなら物語の英雄様で世の中溢れてしまうかもな。
別に自信を失くしたとか、そう言う話がしたいんじゃない。あんたを一目見たその時に、自信なんて砕かれているからさ。」
彼のパーティメンバーをはじめ、調査官たちもこのリーダーの話に聞き耳を立てていた。
彼らの代わりにリーダー殿の話を引き出そう。
「なんだか知らんが、悪かったな。」
失敗した。こんな奴と誰が話をするんだ。
「気にするな、勝手に折れただけだ。」
いけすかない奴だと思っていたのが申し訳なくなる。
きちんと相手のことを気遣って見せて、ピンチの時には率先して動く、正にリーダーの器じゃないか。彼がパーティを率いているのも納得である。私じゃ真似できないな、と感心した。
「それで、何の話がしたいんだ?
街に帰った後の事なんて別に構わないだろう?」
それに引き換え、私のコミュニケーション能力低いな。
仲間作るなんて夢のまた夢だぞ。
「俺の才能は【魔剣士】なんだが」
「【魔剣士】だと!」
思わず遮ってしまう。
まさか三人目の【魔剣士】が居たとは思いもしなかった。いや、最後まで聞かねば。
「すまん、話を遮って。」
「構わない。それであんたたちも【魔剣士】だって言うのが聞こえてな。
俺が魔剣を持ったところで、どう頑張ってもあんなことは出来ない。
別に責めているわけではないんだ。……俺も、俺も出来るようになりたいんだ。
だから教えてくれ。どうやったんだ?」
そう言って金髪剣士、イザークは立ち止まり、こちらをじっと見た。
イザークの瞳に畏れはなく、ただ懇願があった。あるいは、祈りであったかもしれない。
自分がここで終わりではない、遥かな旅路を示すものとして私を見ている。
だから、私も向き直り彼に答える。
「お前は誰かに聞いたことはあるか。才能とは、何処から来たのか、何故与えられるのか、そもそも何であるかを。
まだ分からぬことも多い。それでも調べたことはあるか。」
「それは……。神様とかがくれるんじゃないのか、きっと。」
「お前自身が信じていないものに力を与えられるなんて、ぞっとしない話だな。」
気にもしたことが無かったのだろう。
イザークは戸惑った様子、いや、皆が戸惑っていた。
自分たちは自身のことをよく知らないと、気づいてしまったのだ。
「才能とは、世界の一員である証。あるいは首輪だ。
これがある限りこの世界から離れることは出来ないようになっている、らしい。出ようとしたことなんて無いから知らぬけどな。」
入ってきた側だからな。
「この世界?世界は他にもあるのか?」
「あるぞ、間違いない。」
彼らは首を捻る。
この辺りはとりあえず飲み込んで欲しい。
「続けるぞ。才能の役目とはそう言うものなんだ。
とにかく私たちは才能を介して世界と繋がっている。私たちと世界を区切るのが門だ。
奴も私もこの門を開けた。」
「……開けると、どうなるんだ。」
「まず、才能が十全に扱えるようになる。【魔剣士】であれば、魔剣の力を極限まで引き出せるようになったりする。」
「それがさっきの……。」
頷き、肯定する。
そして、街に帰るために歩みだそうとするとイザークは言った。
「利点しか言わないみたいだが、門を開いて欲しくなさそうなさっきまでの口振りはなんだったんだ。」
彼はよく観ている。
気取られないようにしていたのに。
黙りこむ。答えられないからだ。
私が伝えたのは、才能が何であるか、何処から来たのか、どんな役割を果たしているのか。
何故与えられるのかは隠していた。
代わりにこう言った。
「世の中知らない方が良いこともある。」
イザークの顔は見なかった。
見なくても想像がつく。
きっと青褪めているはずだ。
それからは誰一人喋らず州都まで戻った。
ギルドにて、魔獣が大規模な群れを形成していたこと、護衛の冒険者パーティが四組はぐれて恐らく全滅したこと、ボスと思われる魔獣と遭遇しこれを撃破したことを報告した。
アルブレヒトについては何も話さなかった。
話したところで理解されないであろうし、そもそも話したくなかった。
ギルドに黙っていてもらうために、魔剣を色つけた額で買い取り《輝ける戦士》に代金を支払った。調査官たちにも口止め料を支払った。
こうして私は二本目の魔剣を手にしたわけだ。
〔剣狂い〕はこういう異名じゃなかったんだがな。
あの調査依頼から二週間が経った。
森の調査は二度ほど行われたが、参加しなかった。そんな気にはならなかった。
調査の報告は二度とも、「強力な魔獣のいた可能性は高いが、森が広範囲で破壊されているためその正体は特定できず、また、現状の森の様子を鑑みるに魔獣災害の危機は去ったものと考えられる。」と言うものであった。
ギルドの扉を押し開ける。
ここに来るのは三日ぶりだ。
<もっと働きなさい>
(人のライフスタイルにけちつけるな。)
<らいふ……?>
あの調査依頼で起きた変化は大小様々だが、個人的に最大級なのがこれだ。
口煩い監視者を付けられてしまったのだ。
しかも、実体が無いから無理に外すことも出来ない。
この幽霊みたいな奴は、門を開いた時に門の向こうからやってきた。世界の使いとかそんな感じである。
やれ酒の飲みすぎだの、やれ働けだの、色々と細かいことを言ってくる。
もし仮に、こいつが美少女とか美女とかのビジュアルをしていたら、少しはドギマギしたのだろうが、残念なことにそんな都合のいいことはなかった。
小さな塊が集合して形成されたうねうねと動く球体、それがこいつの見た目だった。
正直、どこぞの神話生物か何かにしか見えないビジュアルだ。
頭を振るって思考を切り替える。視界の端で主張するゴンズイ玉の出来損ないは無視する。
ギルド内は、昼間を過ぎているからか人は少ない。
見回せば、掲示から離れた壁際に《輝ける戦士》がいた。
今日は彼らに呼び出されたのである。
イザークに話しかける。
「待たせちまったか。」
「そんなことはない。うちもまだ揃ってないんだ。」
言われてみれば一人足りない。
《輝ける戦士》は五人パーティだが、四人しかいない。足りないのは……。
「弓使いが来てないのか。」
「ああ、シファは孤児院の出でな。挨拶に行ったんだが、長引いているみたいだ。」
「挨拶?遠征でも行くのか?」
「いや、俺たち《輝ける戦士》はこのネメンセを出ることにした。
州都を出て、まずはウタンの省都に向かう。
そこで経験を積んで、いずれは帝都で活動する。」
イザークの瞳は輝いていた。
だが、その瞳にあるのは希望だけではない。覚悟も宿されていた。
「そうか、応援しているよ。」
「ありがとう、オーガスト。……それでだな。
あんたもこの街を出ないか?最近居心地悪くなっているだろう?」
確かに最近居心地が悪い。
どこから話が出たかは知らないが、十中八九追加の調査に出た冒険者だろう、街中では一番に逃げ出したランクが高いだけの腰抜けだと噂されていた。
《輝ける戦士》は、戦えない調査官たちだけでもなんとか逃がすために戦い、魔獣の主まで倒した街の英雄、と噂されている。
対比されて、私はとんでもない迷惑者だと思われているため、酒場や食事処でも対応は悪いし、宿屋も追い出された。
そんな話をどこかで聞き付けたか。
違うな、きっと彼らも噂で色々対応が変わって戸惑ったのだろう。で、逆の立場にいる私のことを類推した、と。
「……そうだな。出てくか、この街。」
「!なら、俺たちと行こう!」
イザークの申し出に首を横に振る。
彼は何故だ、と詰め寄ってきた。
なので、既に完成しているパーティに、後からランクの違う者を入れると何かとトラブルになる。そこまで深い付き合いをしているわけでもないのに加入してしまうと、お互いにとって不幸なことになりかねない。
そう、イザークに説明すると彼は渋々ながら引き下がった。
「なら、あんたはこれからどこへ行くんだ?」
「そうだな。どうせなら帝都に行っちまおうかと思っている。」
あんたなら活躍できるだろうな。イザークはそう言って笑った。
その後も少し雑談していると、ウタン省都はネメンセの前に寄っていたのでお勧めの宿を教えていた、イザークが手を上げた。
「こっちだ、こっち!」
「すみません、遅れました。」
弓使いの到着である。
ふと、彼女の服装を見て気になるところがあった。引っかかるものがあったので、ぐるりと《輝ける戦士》一同を見る。
「なあ。これから何と戦うつもりなんだ?
それ普段着じゃないだろ。」
そう、全員が武装していたのである。
武装している彼らしか知らない上に、ここがギルドであるから不思議に思わなかったが、この時間にこれから依頼を受ける奴などそういない。
つまり、その格好は……。
「実はあんたと一戦交えたくてな。
無理ならいいんだ、だが、受けてもらえると助かる。」
イザークはしっかりとこちらの目を見て言った。
受けたい気持ちも面倒臭いと感じる気持ちも両方があった。
こちらが悩んでいると見て、彼らは話しかけずに待っている。
<受けてしまえば良いでしょうに>
(うるせえ、黙れ。)
<何を悩んでいるのです、あなたに損はない>
(黙れっつってんだろ、怪我させたらどうすんだ。)
<それも一つの結果でしょう、親でもないあなたが気にすることではない>
ぐうの音も出ない。
些か割り切りすぎなきらいもあるが、互いに大人であるのだから、それくらいでいいのかもしれない。
「分かった。受けて立とう。」
準備はあっという間に済んだ。
イザークの方でギルドに話が通されていて、場所の提供がされたからだ。代わりに、冒険者が観客となることを要求されたが、これを承諾。
ルールの確認もしたが、変なものは付け足されていなかった。
簡単なルールだ。
・殺さない
・線から出ない
・審判の言うことを聞く
小学生の授業みたいなルールだ。
……殺さないなんて物騒なルールは無いな、冒険者は小学生以下なのか。
あれよあれよと言う間に用意が整い、ギルドの鍛錬場に立っていた。
今回、使用する武器は全員木製だ。流石に普段使いの武具ではない。
とはいえ、気を抜けば木剣でも人は死ぬ。気をつけねば。
こちら一人に対し、あちらはパーティ丸ごとである。
ズルのようにも思えるが、ランクはパーティとしての計算であること、ランクが上の方がソロなこと、そしてどちらも同意していること、これによって人数差のある鍛錬が、決闘とは言わない、認められることとなった。ギルドの職員は渋い顔をしていたが。
「双方、準備は良いか?」
「《輝ける戦士》準備完了です。」
「冒険者オーガスト、準備完了だ。」
ソロだからパーティ名が無い、こういうとき本当に仲間が欲しくなる。カッコ悪いじゃないか。
<そんな理由で探している限り仲間は作れないでしょうね>
痛いところを突かれた。
「では!鍛錬開始!」
審判の手が振り下ろされた瞬間、顔めがけて矢が放たれた。切り払う。
さらに顔へ三射、全て切り払い、前へと踏み出すと迫っていた槍使いが勢いそのままに突きこんでくる。
たまらずバックステップ。下がった先には斥候役の短剣使い。槍と短剣が襲いかかる。
突き、払い、薙ぎ、打ち、切りつけ、恐ろしいコンビネーションだ。二人とも、お互いの間合いに入らぬよう気遣いながらこちらの間合いを潰そうとしてくる。
「っ!」
矢を剣で払い落とす。
そしてこれだ。牽制の一矢が嫌らしいところで射し込まれる。
イザークを見やれば何やら強化を受けている。
そうか、あと一人は神官なんだな。
主力を強化している間に三人で牽制、ないし撃退する。三人で時間を稼いだところに、最大強化の主力を投入して押し潰す。
これが、彼らの基本戦術か。撤退戦とは相性が良くなかったのだな。
ズイッと前に出る。槍の間合いじゃない。
短剣と矢がフォローに入るが、それらを捌きさらに詰める。
退がる槍使い、詰める私、追う短剣使い。狙い通りである。
反転。突然変わった動きに着いてこれない二人は、先ほどまでと同じ動きをしてしまう。すなわち、槍使いは引き、短剣使いは詰める。
短剣使いの腕をとり、体を入れ換える。槍使いを牽制。そのまま捻り倒し、首元に剣を添える。
「メリノ、戦闘不能!」
審判の宣告を聞きながら、槍と矢を捌く。一枚減っただけで、ずいぶんと軽くなった。
イザークの様子を見る。そろそろ本命の登場か。
「悪いな、ちょっと痛いぞ。」
「舐めんなァ!」
木剣を弓使いへ放る。牽制だ。
突如武器を捨てた敵に戸惑った槍を掴む。槍を引かれる勢いに乗って懐に入り込み足払い、体勢が崩れた槍使いを振り回す!
「なっ!」
場外へ槍ごと放り投げ、槍使いは退場。弓使いは壁がなくなってしまい、逃げ回るも距離を詰めて、こちらも場外へ放り投げた。
木剣を拾い上げる。
イザークはこちらを見ていた。弓使いを追い詰めている辺りから、動けただろうにじっとこちらを見ていた。理由は分かる。自分が今何処までやれるかを知りたいのだろう。
「さあ、受けて立とう。」
彼にそう告げると、雄叫びとともに猛然と突っ込んできた。
大上段からの一撃に合わせる。重い剣だ。鍛錬の跡を感じる。
「っらぁ!」
だが、足りない。
体ごと弾き飛ばされたのが驚きだったのだろう。次の一手に出ない彼。
「今度は私の番だ。」
そう言って無造作に間合いを詰める。
爺さんが言っていた。『本当に大事なことはそうと見せずに行え』と。
だから、雑に踏み込み、雑に剣を振るう。イザークは戸惑いながらも捌いていく。
フェイントも織り交ぜているのに着いて来る。
少し、嬉しくなった。
加速する。
木剣が軋みを上げる。
ひたすらに撃ち込む。
イザークは防戦一方だが、それでもまだ着いて来る。
さらに加速する。
凌ぎ切れなくなってきたか、徐々に身体に木剣が当たり始めるも、なんとか直撃を避けて掠る程度に留めている。
木剣が軋みを上げる。流石にこれ以上は無理だ。
どちらも持ちそうにない。
「爺さんが言っていたんだが、『ここぞと言う時は丁寧に行け』だそうだ。」
上段にしっかりと構え、軽く打つ。
それまで早く早く攻めていたテンポが変わり、イザークの防御がずれた。
木剣は左肩へと吸い込まれるように撃ち込まれ、イザークはがくりと膝から崩れ落ちる。
さらに神官の方を片付けようとする間もなく、降参された。
「鍛錬終了!冒険者オーガストの勝利!」
互いに礼をする。
「いや、流石に強い。完敗だ。」
イザークはそう言って笑う。清々しい笑いだ。
全身から、未だに滝のような汗をかいたままだが、爽やかで清涼感がある。
「そちらも予想以上だった。銀鬼級昇格もそう遠くない話じゃないかな。」
「あんたにそう言ってもらえると励みになるよ。」
二人で話ながら鍛錬場を出て、ギルドの前で分かれることとなった。
「ありがとう、オーガスト。良い経験になった。」
「なら、良かった。達者でな。縁があればまた会おう。」
これから彼らは身体を休め、明日この街を発つという。
見送りには行かない。
<なんで行かないんです?>
(今から帝都に向かうからだ。)
<……もう少しで日暮れですよ>
(それくらい何とでもなるよ。)
魚群もどきから呆れたような気配が漂ってくる。
だが、構わない。
どうせこの街で平穏に暮らすのは無理なのだ。
ならば、根無し草の冒険者の利点を生かすのみ。思い立ったが吉日。引っ越しだ。
一人の冒険者が街を出る。夕方近くになって出ていく彼を、門番たちも止めるのだが、制止を聞かずに出立してしまった。
ギルドでは、彼があまりに唐突にフラりと消えてしまったことで混乱が起きたものの、冒険者が居なくなることはままあることであるため、次第に忘れられていった。
後にギルドの支部長は腰を抜かすことになる。
まさかその冒険者のことで帝都のギルドから問い合わせが来るとは、夢にも思わなかったからである。
<観察対象:個体名オーガストは、一部理解が不能な言語を使用します。これは、勇者の使用していた外の言語です。何故これを使用できているのかは不明なため、継続調査を実行します。
この個体が、世界にとって重要な働きをする可能性は濃厚です。
重要観察対象に格上げすべきと提言します>
第三章は帝都でのお話となります。
更新については少しお待たせしてしまうかと思います。申し訳ないです。
ご高覧くださりありがとうございます。
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