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冒険者オーガストの平穏万歳  作者: 蒸らしエルモ
2話:帝国辺境の冒険者
11/24

11:イザーク・ランドバルトの憧憬

今日の分の更新です。

イザーク君視点になります。

彼はともすると一番私に似た子かもしれません。


「っらあ!」


 何匹目かなど、とうの昔に数えることを諦めた小鬼を切り捨てる。剣の切れ味が鈍りつつあった。要らぬ力が入ってしまう。

 剣が切れなくなるのも無理はない。小鬼だけではなく、多種多様な魔獣が犇めく森を抜け出さんと試みているのだ。

 鋒は欠け、刃は削れ、剣身は歪んでいる。

 だが、それでも諦めるわけにはいかない。


 魔獣の群れを切り開くその背中を追いかける。

 届かないことは理解していた。納得だって先ほどした。それでも、少しでも、同じ高さに立ちたかった。

 自分自身を誇るためにも、敵わないからと投げ出したくなかった。


 また一匹の小鬼を切り伏せる。


 こちらは既に疲弊してきたというのにあの男は元気なものだ。

 負けるものかと握りに力を込める。

 次の一撃は先ほどよりも鋭かった。

 続け様の一撃はそれよりも更に鋭かった。

 犬鬼を屠る。三面鬼を倒す。

 踏み込む足に力が入る。

 一段上の境地に達した感覚が、身体に力を与えた。


 順調だった。

 先頭に立つあの男は、ずっと同じ鉄の長剣を振り回し、ずっと同じように魔獣を斬り続けていた。ペースが全く落ちない。

 こちらがギリギリ着いていける速さに抑えていることは、若干腹立たしくもあるがありがたいことだ。

 奴の歩みに遅れないように左右の敵を抑え込む。内側にいる調査官たちを守る。

 それが俺たち《輝ける戦士》の役割だ。

 始めは着いていくのが精一杯であったが、慣れてきたのか僅かに余裕が出てきた。


 余裕が出てきたからこそ思考が動き出す。

 夜営地は大丈夫なのか、これだけの魔獣を使役しているのは何なのか、魔獣の展開が静か過ぎた、どんな手を使ったのか、雨を待ったのなら知恵が回る相手であるなど、グルグルと頭の中で勝手に思考が回る。

 思考を回しながらも身体は止まらない。

 小鬼を突き殺し、豚鬼を殴り殺す。


 何にせよ、まずは撤退だ。このままであれば逃げ切れる。などと考えたのがいけなかったのだろうか。


 全体の歩みが止まる。

 理由は明白。あの男、オーガストが止まったのだ。

 止まれば処理速度を超えた数の魔獣に四方八方から襲われてしまう。

 速く進め、と奴に向けて叫ぼうとそちらを見た。


 そこに奴は居なかった。


 あのオーガストが、この俺よりずっと強い冒険者が、見ただけで震えが来るような怪物が、魔獣の群れを一直線に切り開けるだけの実力を持つ猛者が、そこに居なかった。

 血も足跡も布の切れ端も、何一つ痕跡を残さずきれいさっぱり消えていた。

 さらにはあれほどいた魔獣はいつの間にやら姿を消しており、代わりに分厚い黒雲に覆われて夜より暗い森の影よりなお闇深い影が立っている。


 ああ、死神っていうのはこういう奴なんだろう。


 頭から襤褸きれを被った影はこちらを指し示して言った。


「活きが良いのが十四か、いや、今減らしたのだから十三だな。どれ、少し揉んでやろう。」


 年老いた、なれども溌剌とした声。

 まるで、これから稽古でもつけるかのような言い草である。しかし、その身にから滲み出す不浄な気配が穏やかに済む相手ではないのだと、こちらに知らしめてくる。


 つい、と影が一歩を踏み出す。

 皆が身構えるのが分かった。当然イザーク自身もだ。


「おうおう、やる気があって結構。

あちらはさして楽しめなかったが、こちらはどうか。」


 影の身に纏う空気が研ぎ澄まされていく。

 近づけばそれだけで切り裂かれるような感覚がある。あるいは、その感覚は予感なのかもしれない。

 逃げろ、立ち向かうな、と本能が語りかけてくる。


 ……これで二人目か。

 絶対に勝てない、それが会っただけで分かってしまったのは。


 影に向かって一歩踏み出す。


 それでも、今度は動ける。


 更に一歩。


 動かねばならない今この時に、俺は動き出せる。

 それが堪らなく嬉しかった。

 心は負けていない、その事実が力になる。


 襤褸きれの奥の瞳が、感心したように俺を見ている。

 そうだ、俺を見ろ。俺は戦えるぞ。軽く見てくれるなよ。

 気迫を込めて睨み返す。


 一息に距離を詰めようと腰を落とし、影の懐めがけて踏み込む

 影はこちらを見ている。何か期待するように。

 この一撃で仕留める。

 上段に振りかぶり……。


 がくりと膝をつく。


「なんだ、ここまでは耐えられんかったか。」


 落胆の声。

 影は俺を見下ろして、失望の色を隠さない。


 影から放たれる不浄な気配、これは気配ではなく実際に不浄な力が放たれていたのだ。

 生きる者を蝕む不浄の力。これに当てられたのだ。


「亡霊がっ!」


 再び立ち上がらんと足に力をいれようとするも、力は入らず体勢は崩れ、両手を地について、首を差し出すかのように頭を垂れる。

 剣が振りかぶられるのが分かった。

 敵から目を離すまいと、心までは屈しまいと、渾身の力で顔を上げ、影を睨む。

 影が軽く嗤った。


「ではな。」


 振り下ろされる剣がいやにゆっくりと見える。葉を叩き飛び散る雨滴の一粒一粒にいたるまで知覚できた。

 世界が止まったかのような感覚の中でゆったりと迫る剣。だが、剣よりも襤褸きれの奥から覗く顔の方が気になった。


「……アルブレヒト?」


 思わず呟いた。

 剣がブレ、地を叩く。

 襤褸きれの奥に隠された顔、それは見覚えのあるものだった。

 今も根強い人気を誇る[アルブレヒトの勲詩]、それを題材にした彫刻や絵画は数多く存在する。中でもアルブレヒトの活躍する、竜退治の明星の章や呪われた乙女を救う魔女の章をモチーフにしたものは、イザークの実家であるランドバルト家にも飾られていた。

 そこで毎日見た顔だった。

 家を出た今でも町中でたまに見かける顔だった。


 襤褸きれを纏った影はアルブレヒトの顔をしていた。


 影が一歩後退った。

 明らかに怯んだ影から距離をとろうとする。身体は自由に動かないが、それでも生きることを投げ出したくなかった。

 無様でも滑稽でも生き残るために出来ることを。

 地を這い、動きを止めた影から少しでも離れる。


「見たな。」


 底冷えするする声が発せられた。

 これまでのような余裕を感じられない、切迫した声だった。

 俯いていた影が再び顔を上げる。

 楽しむ気など微塵もないことが全身から伝わってくる。あるのは純然たる殺意。

 影は吐き気がするような重圧を放っていた。


 影が距離を詰めるべく動き出す。

 ほんの数歩で俺を殺せる、だとしても足掻く。

 一矢報いてやろうとどうにか剣を握りしめ、出来うる限り身体を起こす。


 俺は忘れていた。

 もう一人の怪物のことを。

 怪物がどうして怪物であるのかを。


 森に男の叫びが轟き渡る。

 否、叫びではなく、咆哮だ。


 影と揃って森の奥、今逃げてきた夜営地の方を見る。

 徐々に、草がかき分けられ枝が叩き切られる音が聞こえてくる。

 近づいてくる。


 木々の影から男が姿を表す。

 オーガストだ。

 返り血に汚れているが、消えていた男が帰ってきた。


 仲間が無事であったことに喜びを感じるが、それ以上に安堵する俺がいた。

 俺はそれを飲み込めた。オーガストがいればきっと大丈夫だ。


 オーガストは倒れる俺たちの横を通り抜け、影と向かい合う。


「よもや生きていたとはな。」

「それはこっちの台詞だ、クソッタレ。」


 閉口する影にオーガストはなお言い募る。


「吹っ飛ばしやがった時に見えたぞ、その顔。死人が今更何しに来やがった。

とっとと冥府に帰んな。」

「生憎と、冥府に儂の居場所は無いようでな。」


 オーガストが剣を抜く。それまでの鉄剣ではなく、豪奢な飾りがついた剣をだ。

 柄頭の黄玉が光を放つ。

 少しだけ身体が軽くなった気がした。


「門も開けぬ小僧に負ける道理は無し。」

「安寧を忘れた死人に世を闊歩してよい摂理はない。」


 互いにそう言うと剣を上段に構える。

 踏み込むところまでは見えた。

 雨が降っているというのに火花が散る。五度、六度と。

 瞬きのうちに剣撃を合わせると、示し合わせたように互いに距離をとった。


 音すら遅れて聞こえる攻防であった。

 俺では一合撃ち合うことも叶わない。それだけはしっかり理解した。


 影が笑う。それだけ強いのに門を開けないとはとんだ腰抜けだ、と。

 男を言う。きっと無理を通してばかりの寂しい奴だったのだな、と。


 再び空気が張り詰めていく。

 俺はそれを見て、感じることしか出来ない。

 だが、それだけでも満足だった。

 いや、それだけでは到底足りなかった。

次回更新は未定です。

ちょっと風邪をひきまして。

調子が良ければ7/3(日)も更新しますが、翌日以降にずれ込む可能性もあります。申し訳ない。


ご高覧くださりありがとうございました。

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