10:イザーク・ランドバルトの羨望
パワーをメテオに。
怒りを力に変えて、更新です。
調査は順調に進んだ。
無駄足にならないのはありがたい一方で、それだけネメンセが危機的状況に陥っていることの証明であり、素直には喜べなかった。
調査二日目には、昼頃に巨大なペレズの姿が確認された。
また、小鬼の大規模な群れも発見され、こちらは掃討が行われた。
ペレズは貝の代わりに木の生えている蝸牛のような魔獣で、通常大人の腰ほどの高さしかないのに対し、巨大ペレズは小屋ほどの大きさがあったと言う。
巨大ペレズは、ゆっくりとした動きで森の奥に向かったということから、三日目に追跡調査を行うことになった。
巨大ペレズを確認したパーティ《輝ける戦士》と、小鬼の群れを掃討したパーティ《焔一閃》はその功績を誇ったため、他の面々は面白くなさそうであった。
とくにパーティ《十射皆中》は、夜営地の護衛であるため功績が挙げ辛いことを不満に思い、隔意があるはずの私に愚痴を溢すほどであった。
調査三日目には、巨大ペレズの追跡、魔獣の群れの捜索に重点が置かれ活動をした。
この日はパーティ《真なる黄金》が活躍をした。確認されていた巨大魔獣のうちの一体、巨大小鬼を発見、討伐したのである。
夜営地に運んでこられたその巨体を見ながら、メルクシュタルとこれでは小鬼と呼べないなと笑い合った。
残念なことに巨大ペレズについては収穫無しだった。途中で追跡に失敗したのである。【斥候】や調査官がいてそうなったのならば仕方ないことであるのだが、夜営地の空気はあまりよろしくないものとなっていた。
四日目、一昨日である。
パーティ《焔一閃》が巨大ペレズと遭遇、負傷者一名を出しながらもこれを討伐した。
また、パーティ《輝ける戦士》はテテグネテスの群れを発見し、掃討した。
ここまでの調査で魔獣の居る範囲が街から遠い側でも、特に東に寄っていると推測されるようになった。
マズダウの森は、州都に近いだけあってそこまで深い森ではない。その森の東の一部に固まっているのであれば、掃討して魔獣災害を食い止めることも十二分に可能だろう。
そう調査隊は結論し、ギルドにて討伐隊を結成するように連絡をした。連絡員は調査官一名とパーティ《十射皆中》から一名が出た。
何でも良いから貢献がしたいらしい。立候補をしていた。
調査五日目は驚くほどに何もなかった。
探索に出たどのパーティも魔獣と遭遇しなかったのである。
それどころか痕跡すら見つけることが出来なかったという。これはどの【斥候】に話を聞いても同じ答えであった。
調査隊は警戒を強め、この日は早くに探索が切り上げられて夜番の人数も増やされた。
そして、調査六日目。つまり、本日である。
幸いなことに夜襲は無かった。
それがまた、不安を掻き立てる。
沢の上の木々に隙間から空を覗けば、今にも降りだしそうな黒雲が覆い尽くしていた。
「まずいな。」
思わず呟く。
雨が降れば多少の物音や匂いなど気づけなくなる。そうなればただの襲撃が奇襲にランクアップだ。
「何が不味いんです?」
《真なる黄金》の元気少女、ヤナが聞いてきた。その目は私の持つイワナらしき魚の串焼きに向いている。
ヤナの方をちろりと見れば、彼女は屈託のない笑顔を浮かべる。
(こいつ、何も考えていないな。)
だが、その能天気な様を見て少し元気が出てきた。狙ってやってるなら大した悪女だ。
とりあえずまだ食べていなかった魚を渡し、メルクシュタルと話そうと、指揮用テントに向かうのであった。
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俺、イザーク・ランドバルトはこのフュークラン帝国の一等市民であるランドバルト家の三男であった。
三男であれば家は継げず、二等市民以下になるいわゆる貴族落ちが待ち受けている。
己れの将来に期待をしていなかった幼少期の俺は勤勉であった。
冒険者として大成し、新たに一等市民と認められることを、早くに目標として定めてそのために行動した。
後継の兄以上に熱心に勉学を修め、騎士団に入る次兄以上の剣の使い手となった。家を継ぐと言い出すことを両親にすら期待されていた。
それでも冒険者となった。幼き頃の大望も、自分なら叶えられると信じていた。
ランドバルト家の祖は冒険者として活動していたと、生まれ落ちたその時から聞かされてきた。自分もそうなるのだと決めていた。
その結果が今だ。
冒険者パーティ《輝ける戦士》を立ち上げ、黒狼級までのしあがった。22の若さでの黒狼級到達は優秀さの証明となる、そう思った。
実際、優秀であったと思う。依頼も数多くこなし、他支部から指名されることもあった。
今回のマズダウの森調査依頼で名を上げて、更なる高みへと登り詰める。
そう思う気持ちもあった。
もちろん、市民の安寧は守られるべきであるが同時にこれは好機であると捉えていた。
焦りにも似た思いが俺を突き動かす。
新人時代にとある先輩冒険者から言われたことがあった。
世の中には一目見ただけで敵わないと直感させられるような怪物がいるのだと。
調子乗ってるんじゃないぞと言われている、あの時はそう受け取ったのだが。
あれから六年、その言葉通りの男と出会った。
オーガスト。王国から来た銀鬼級の冒険者。
俺たちが五人で黒狼級だというのに奴は一人で銀鬼級。噂を聞いた時、意識せずにはいられなかった。俺と同じ剣士で、俺より遥かに強い男。
初めて見たのはギルドで依頼達成の処理をする後ろ姿だった。怖気を震った。この距離でも剣に手を掛ければ即座に殺される、直感した。
それから奴を見ることはなかった。今思えば無意識に避けていたのだろう。
そんな奴を再び見た、というよりも会ったのが今回の調査依頼である。
話を聞きに会議室に入った瞬間のことは忘れない。誰にも気づかれはしなかったが足がすくんだ。仲間であるはずなのに、そうとは思えなかった。
威圧されたわけでも、侮辱されたわけでもない。ただそこにいるだけで、自分とは全く異なる生き物であると本能が線引きしてしまった。
絶対に勝てないと心が屈してしまった。
それを向き合いたくないがために、なるべく《輝ける戦士》と離れた所を担当してもらうようにしてしまった。彼はソロで指揮経験が少ないために回ってきたお鉢を、上手い具合に使わせてもらった形だ。
そうして数日が経ち、調査も佳境を迎えたところでのこの事態である。
指揮用テントでは退くべきか、退かざるべきか議論がなされていた。
それほど広くはないテントに各パーティのリーダーと調査官たちが詰めている。オーガストは呼ばなかった。無用な揉め事の火種は近づけないに限る。
その意見は割れていた。
自分を除く冒険者パーティは続行の構えだ。
対して撤退派は《輝ける戦士》と調査官一行である。
話し合いが纏まらない。
望むものが異なるからだ。
俺はどうにか収拾をつけようとした。
「メルクシュタル、まずいぞ。雨と一緒に奴らが来る。」
そう言ってあの男、オーガストが話し合いの場に入ってくる。
まるで、この場の冒険者全てが眼中にないようなその振る舞いに、眩暈がするほどの怒りを感じる。同時に身を焦がすような羨望も。
「やばいな、降りだした。
メルクシュタル、部下に命じろ。撤退だ。」
撤退という判断を彼が下していることに、僅かに安堵する自分がいた。同じものを見ている、そんな気がしたのだ。
突然の撤退指示に、唖然としていた冒険者たちは口々に反論し始める。
それをよそに荷物をまとめる調査官。
オーガストは自分の撤退準備は済ませてきたという。
不服であることや不平を募らせ言い立てる冒険者たちのことは気にしていないようであった。
奴は言う。そんなに残りたいのなら残れば良い。直に敵がわんさかやって来る。それを功績に変えてやれば良い、と。
こうして冒険者は、調査官とともに撤退する組と夜営地に残り敵を待つ組の二つに分かれた。
《輝ける戦士》は撤退組である。
オーガストは急かす。奴らが来るぞ、と。
雨足が強まってくる。テントに当たる雨滴の音は、すぐ近くの人間の声さえ聞こえなくしてしまう。彼が焦るのも分からなくはないが何が来るというのだろうか。
「親玉さ。」
彼は言った。昨日の探索で影も形もなかった魔獣どもを引き連れて、奴らの親玉がやって来るのだ、と。
テントは畳まず、持てるだけの荷物を持ち、撤退を始めようとした。
だが、オーガストが動かない。
彼は森の奥、東の方に視線を向けていた。
「もう来てたか。」
微かな呟き。
激しい雨の中、それを聞き逃さなかったのは何故なのか。
直後。絶望が雄叫びを挙げる。
既に包囲されていたのだ。
雨が降り始めた頃かいつかは知らないが、夜営地は様々な魔獣に取り囲まれていた。
恐ろしい。種類が違えば統率がとれないはずだというのに、魔獣どもを整然と動かす指揮者がいる。それが恐ろしかった。
何か指示を出すべきだというのに、こちらを威嚇する魔獣の群れに言葉が出ない。
俺たちの何倍いるのだろうか。
俺は、俺はどうすれば……。
「一点突破!鏃の先は私だ!着いて来い!」
考えるよりも先に身体が動いていた。
生き残るべく最善を選ぶ。それは、命の選別。
オーガストの後を追い、《輝ける戦士》で陣形を組む。
メルクシュタルたち調査官も動いていたのでそれも組み込む。
戦闘の指揮を執るのはオーガストだ。
苦手と言いつつしっかりこなしている。反論は出ない。
一人先陣を切って魔獣どもを屠っていくのだ。文句のつけようがない。
こちらがパーティで動き、左右一体ずつ仕留める間に、オーガストは一人で敵を切り伏せて道を作っていく。
小鬼を切り伏せ、犬鬼を蹴り飛ばし、豚鬼を打ち殺す。彼はまるで呼吸をするように魔獣を殺していく。
俺たちは着いていくので精一杯だった。
正直なところ、イザーク君は結構気に入っています。この後、イザーク君をどうするか悩むくらいにはお気に入りです。
ご高覧くださりありがとうございます。
よろしければ評価をしていただけると幸いです。
(この文言を打っている時、少しだけ感動しました。読み専だった私がまさかこれを書く日が来るとは……。)




