1:とある冒険者が仲間探しの決心を固めるまで
「暑いな、クソが。」
冬だというのに額を流れる汗を拭い呟く。
ここはとある山の廃坑道。この中に巣くったオベルビロイを討伐するよう依頼を受けてやって来たのだが、廃坑道の入り口は異常に暑かった。
嫌な予感がするも依頼は依頼である。
何も分からない今、まだ放棄するわけには行かない。
入り口の砂を踏みしめながら坑道の中へと入る。
剣は満足に振れそうにない狭さだが、誘き出そうにもオベルビロイは人の気配に敏感で、巣穴の近くに人が来たとなれば数日は出てこないのだ。
どうにか巣穴に潜り込み、剣で突き殺す他に手は思いつかなかった。
ジャリジャリと砂を踏む。
ランタンの明かりを頼りに坑道内を進んでいくが暑さは相変わらずだ。いや、むしろ温度は高くなっているかもしれない。
両手を広げられるほどの広さの穴の中を進む。天井は頭が擦ってしまうくらいに低い。
ジャリジャリと砂を踏む。
これがまた不思議だった。
採掘をして多少砂が出ることはあるだろう。だが、こうも敷き詰めたように砂があるのは自然じゃない。
ふと、立ち止まる。
自分の心音がやけに大きく聞こえた。呼吸を落ち着ける。
何かに見られている感覚があった。
ランタンで辺りを照らすも何も見つけられない。
異常無し。いや、そんなはずない。
先ほどから直感が警鐘を鳴らしている。
ゆっくりと、身体の向きを変えずに入り口へと戻りだす。
奥を見据えたまま退がる。何も考えずに奥に来すぎた。ここまで二百歩は歩いてきていた。入り口が遠い。
走るか?そんな思いがよぎる。
だが正面の暗闇。目指していた坑道の奥。そこに確かに何かがいた。
先程までまるで気づいていなかったが今は分かる。何か大きなものが近くに来ている。
顔を背けたり急に動き出したりすれば、たちまち襲いかかってくるだろう。
暑い。
これも今すぐ近くにいるそいつのせいなのだろう。オベルビロイなんかよりこの時点で余程厄介だ。
ジリジリと退がり続け、入り口まであと七十歩くらいまで来ただろうか。後ろからうっすらと光が差し込んできていた。
正面の"奴"が焦れているのが分かる。空気が張り詰めていく。
それでも視線は外さない。ランタンの明かりの届かない暗闇の中に目を向け続ける。
呼吸が荒くなり始めていた。
体力の消耗が激しい。
汗が、止まらない。
つい、目にかかる汗を拭った。
ランタンが大きく揺れ、その拍子に暗闇の奥がそれまでより少しばかり大きく照らされる。
ちらりと"奴"の姿が見えた。黄色い大きな目、それと目が合った。
「っ!」
反射で身体が動いた。
ランタンを投げつけ、入り口へと駆け出す。
後ろでたじろぐ気配がした。
駆ける。
駆ける。
光を頼りに砂を蹴散らし、腕を振る。
こんなに全力で駆けるのはいつぶりだろうか。入り口までもう少しのところまでは来た。
だが、ランタンを投げつけられ怯んでいた"奴"が、諦めずに追って来ているのが分かった。
ガサガサと音がする。
どんどん近づいてきている。
このままでは追いつかれる。
それが分かった。
熱風が背後から吹きつける。
"来た!"そう、直感した。
死が迫ってきている。
━━━『剣に生き、剣に死ね』
爺さんの言葉が脳裏を過るとともに、身体が勝手に動いていた。
左足で急制動をかけ、反転しざまに右足で踏み込み抜剣。
振り向き様の一撃は、飛びかかってきていたそいつの首元を断ち斬った。
勢いそのままに明後日の方向に飛んでいく頭部、見開いた目と視線が合った。
ずしりと音を立てて頭を失った身体が落ちる。続けて、壁に当たった頭が地面へと落ちた。
しばらく立ち尽くした後、深く息を吐き納剣する。手入れは後だ。
首無し死体を見る。
大人三人を縦に並べてなお足りぬ大きさだ。
全身が甲殻に覆われている。身体は節が連なるようになっていて、その節もパッと数えた限り二十を超えている。
首元の節と節の間に剣を通せたから断ち斬れただろうが、節に当たっていたならば死体となっていたのはこちらだったことだろう。
それぞれの節には四対一組の足が生えており、足先は二股に分かれた鋭い爪がついていた。
「うわ、よく殺せたな。」
自分でも感心してしまう。
こんなのユニオンを組んで狩る大物だ。
転がっている頭を見る。
黄色い大きな一つ目、二組の大顎、縦に開く口、と見事な化け物だ。
そしてオベルビロイではない。
「ギルドの奴らめ、雑な仕事しくさりやがって。」
頭を拾い上げる。これだけでゴブリンなんかより重い。
ハロウィーンとかで飾られるお化けカボチャみたいなサイズ感だ。
大口の収納袋に詰める。
身体の方も詰め込む。
収納袋は便利だ。とても重宝している。
原理は知らないが見た目よりもたくさん物が入る袋で、その袋の口から入るのであれば何でも入れることが出来るのだ。
こんな便利な袋だが購入することも可能で、小さいものならギルドで金貨二十枚ほどで買い求めることが出来る。
私が獲物を入れるのに使っている袋は、引退するという行商人から中古を安く譲り受けたものだ。
値引いてもらったが、それでも金貨百三十枚を支払うことになった。値段分の働きはしてくれているので満足はしている。
今も大きく長い身体がスルスルと入っていく様を見て、そのありがたさを噛み締めていた。が、途中で止まった。
最後まで入りきらなかったのだ。収納量の限界だったのか。
袋の口から飛び出した尾の先がプラプラと揺れているが、仕方ない。入らないんだし。
袋の口を縄で結わえて固定し担ぎ上げると、坑道の外に向かって歩き出した。
あんなに暑さを感じていたのにもうすっかり涼しくなっていた。
出口はもう、すぐそこだった。
外に出てきて延びをする。
大した時間は経ってないはずだが日射しが気持ちいい。
風は冷たいが幸いなことに今日は穏やかな日だ。
廃坑道入り口周りは木々が生えておらず広場のようになっていた。
そこにあった大きな石に腰かけ、提げていた水筒の水を飲む。水には少量葡萄酒が混ぜてある。暑い中動いていたから水がうまい。
ついでに干し肉を懐から取り出して齧る。
干し肉を齧り、水を呷る。
先ほどの廃坑道での戦いを反芻する。
危ないところだった。
軽率であった。慎重さが足りなかった。準備が足りなかった。
ギルドにも責任があるとはいえ、さすがに不用心だった。
やはり一人で活動するのには限界がある。
あるのは分かっているのだが……。
「苦手なんだよなぁ、誰かと一緒に何かするの。」
空を仰いでそう呟く。
青空が綺麗だ。
鳥の鳴き声がどこかから聞こえてくる。
……鳥の焼き串食べたいな、町に戻ったら買うか。
腰かけていた石から立ち上がる。
手に持った干し肉の残りを、口の中に放り込み水で流し込む。
袋を担いで山を下りよう、そうした時のことだ。
「よお、大物じゃねえか。運がいいねえ、おこぼれに預からせてくれよ。
運ぶの手伝ってやるからそれ寄越しな。」
下生えを踏み分けて四人の男が姿を表す。
身なりは汚いといっていいだろう。
揃って無精髭を生やし、薄汚れた革鎧を装着している。腰に吊るした剣は使い込まれているのが見てとれた。
四人は森から出てきてから少しずつ横に広がっていく。逃がさないつもりなのだろう。
正面に立った、リーダー格らしき右目の上に傷のある男が口を開く。
「返事はどうした?
報酬はちゃんとくれてやるぞ、良かったな!」
……こいつは何を言っているんだ。
殺す気満々な布陣をしておいて、人様が命懸けで倒した獲物を寄越せと上から目線でほざいて、報酬はくれる?元々お前らのものじゃねえだろうが。
「盗賊風情がどの口で言ってやがる。」
「あ?
んだと、てめえ!せっかく提案してやったのによお!」
髭面の男たちが剣を抜いたと同時に、こちらに矢が射かけられる。森の中にもう一人いたのだ。
やっぱり端から殺す気じゃねえか。
抜剣。抜き様に矢を切り落とす。
男たちに向かって駆ける。
狙いは左端、射手を背にしたくすんだ金髪。
「舐めんなぁ!」
叫ぶ金髪。奴の大上段からの撃ち下ろしを下段からの振り上げで迎撃する。
いい手応え、撃ち勝った。
振り上げた剣でそのまま袈裟懸けに切り捨てながら脇を抜ける。
そこから射手目掛けて一直線だ。
二射目、狙いが逸れている。焦ってるな。
隠れていた木の影から飛び出し、射手は身を翻し逃走を図る。
「逃がすかぁ!」
叫びながら持っていた剣を投げつける。
槍投げの要領で勢いよく投げられた剣は、狙い違わず射手の男を串刺しにした。
私は渾身の力で剣を投げたため勢いがなくなり立ち止まる。
そこに後ろから迫る男たち。
叫びながら走ってくる。
反転。無手のまま迎え撃つ。
一番に突っ込んできた茶髪の突きを躱し、懐に飛び込む。すぐさまバックステップで距離をとる。衝突の衝撃で茶髪は後ろにひっくり返る。
そして起き上がらない。
短剣を脇から心臓目掛けて深々と突き刺してやったからな。
「予備を持っとくのは基本だろうが。」
奴らにそう吐き捨てるも動きがない。
立て続けに仲間を三人殺され、それでも戦おうというのは躊躇われるのだろう。逃げたいよな、分かるよ。
明らかに出足が鈍っている髭どもに突っ込んでいく。
短剣が閃き、長髪の髭男を切り刻む。
顔を守れば胸を、抵抗すれば手を、逃げようとすれば背中を、もう滅多切りだ。最後に腰を蹴り飛ばし地面に転がす。
痛みに呻きのたうち回る長髪を尻目に、顔に傷のある最初に話しかけてきた男と向き合った。
唖然とした様子でこちらを見ていた傷の男は、完全に腰が引けていた。この場に残っているのは単純に行動に起こすのが遅かっただけのようだ。
ただのウスノロでがっかりである。
さっさとけりをつけよう。
短剣を突きつけ、スタスタと歩いて間合いを詰める。
傷の男は剣を構えてこそはいるものの、剣先はぶれているし、身体は震えているしで完全に戦意が失われていた。
こちらとしてもその様子を見るとやる気はあまり起きないが、後になって面倒なことになるのは嫌だ。
ここで片付けておきたい。
無造作に間合いを詰め、突きつけた短剣が傷の男の剣に触れた瞬間、パッと短剣から手を放す。
宙に浮いた短剣。
落ちるより早くに男の腕を掴みとる。
そのまま捻りあげ、引き倒す。
カラン、と短剣が落ちた。
捻りあげた腕から剣を奪い取り、なにやら喚いている口内に突き入れる。踠くが構わず押し込む。
すぐに静かになった。
気づけば先に滅多切りにした方も静かになっている。
これで全部片付いたようだ。
立ち上がり砂を払う。
傍らに落ちていた短剣から血を拭って仕舞い、投げつけた剣を回収に向かう。
射手の身体から引き抜き血を拭うが、固まり始めて血を落としきれない。
「町に戻ったら手入れだな。」
襲ってきた男どもから戦利品を奪い取り、予備の収納袋に放り込む。
収納袋二つを担ぎ、ようやく山を下りていくのであった。
麓の村で一泊し、さらに一日かけて依頼を受けた町まで戻ってきた。
疲労がたまった身体をおして、ギルドへと向かう。
既に日も暮れかけている。寒いのでさっさと済ませたいところだ。
中に入ると閑散としていた。まあそこは依頼を受けたときも同じような感じだったか。
受付に行き声をかける。
「依頼について話がある。」
「失礼ですが依頼されるのでしたらあちらの受付ですよ。こちらは達成報告の受付になります。」
「分かっている。話をするのはこちらで合っている。
内容としては、依頼内容と実際の状況の著しい乖離についてだ。」
受付嬢は書き物を止めてこちらをじっと見る。
続きを話せ、ということだろう。
「依頼内容はオベルビロイの討伐。廃坑に巣食ったようだから村に被害が出る前に討伐してくれ、とのことだった。
しかし実際に廃坑まで行ってみると、辺りは砂まみれでオベルビロイは影も形もなかった。
そして廃坑の中を探ってみるとこいつがいた。」
斬り飛ばした頭を収納袋から取り出してカウンターの上に放り出す。
ごろんと転がるそれを見て、受付嬢は息を呑む。
「……ガージャバンダ」
「その通り、しかも頭だけでこの大きさだ。オベルビロイのつもりがガージャバンダの相手をするなど、堪ったもんじゃないのは理解できるだろう。」
「その通りですね。支部長を呼んできますので少々お待ちを。」
そう言うと受付嬢は席を立つ。
ギルドとて万能でも全知でもないのだから依頼内容の齟齬は起きることがある。
しかしそれを考えても今回のこれはあまりにひどい。
これを受けたのが推奨ランクのパーティだったなら全滅待ったなしだ。
受付嬢もその辺りを理解していたのだろう。
血相を変えて奥に走っていった。
少し待つと奥から線の細い男が現れた。
「すまないが着いてきてもらえないか?」
了承し奥へと連れていかれる。
会議室と書かれた扉の前で立ち止まる。
中へ入るよう促される。この男はこの先には来ないようである。
怪しさを感じつつもノブを捻り扉を開け、ようとして動きを止める。
「どうかされましたか?」
線の細い男に声をかけられる。
急に動きを止めたから不審に思ったようだ。
「ギルド内での私闘は禁じられていたな。」
「そうですが?まさか何かされるつもりですか?」
この男、唐突な質問に対して全く動じた気配がない。
なるほど。
このギルド自体が敵地だ。
こいつもグルだ。そして中にいる奴らも。
「急用を思い出した。失礼する。」
有無を言わせずその場を後にする。
呼び掛けたり追いかけたりといった様子があるが、気にせず走り出す。
……分かっている死地に飛び込んだりなどしてやるものか。
あれから三週間。
あのクソッタレなギルドから逃げ出して、四つばかり街を経由して今は王都まで来ていた。
元々活動拠点にしていたから戻ってきた、の方が正しいか。
とにかく、三日ほど前から王都にいた。
あのギルドでの出来事は隣街のギルドで報告した。
そちらのギルドは支部長と知り合いなので話はとんとん拍子で進んだ。
痛んではいるが現物もあったことだしな。
本部とも連絡をとって監査が入ったらしい。
王都のギルドに着いた日にその話をされて驚いた。
なんでもギルドぐるみで犯罪行為が行われていたとのことで、タイミングよく襲撃に来た髭男どももギルドの差し金だったらしい。
外から来た冒険者には難しかったり雑な仕事の依頼を押し付け、成果が上がったところを協力関係にある冒険者が掠めとる、そういうシステムが作られていたという。
受付嬢も仲間で、私が無事に帰ってきて文句を言ったためまずいと考え支部長に相談し、支部長と冒険者数名とで始末しようとしていたとのことだった。
その話を、王都のギルド本部職員から謝罪されながら聞いた時は、その碌でもない思考回路に却って感心してしまった。
そのギルドでは汚職や贈収賄、暗殺とそれこそ裏ギルドじみたことまでしていたと言うのだから驚いた。
いや、すごいな、腐敗しきってるじゃないか。よく今までバレなかったな。
バレずに済んでいたのには理由があるそうだが、そちらは教えてもらえなかった。
どうせ本部にも協力者がいたとかいうオチだろう。
そんなわけで、今回の一件は解決して現在は王都のギルドでくつろぎながら次の仕事を物色中というわけである。
しばらく地方は遠慮するかな……。
依頼掲示板を眺めるが、今日も今日とてめぼしい依頼はない。
仕事に餓えている訳じゃないから別にいいか。
この間まで働き詰めではあったことだし、ゆっくりするかな、そう考えていると声がかかる。
「よお、久しぶりだな、最後に会ったのは去年の新年祭か?」
振り返ればそこには見知った中年男性が。
冒険者の先輩で先生でもある人物だ。
会うのは一年半ぶりくらいか。元気そうで良かった。
「なんか大変だったらしいじゃねえか。」
そう言いながら彼は肩を組んでくる。
こちらの耳に寄せて小声で話しを続けてくる。
「聞いたぜ、あの支部の話。災難だったな。
しばらく王都でゆっくりしろや、俺の周りの奴らみんな心配してたぜ。」
「すまん、心配かけた。」
「謝るな、悪いのは向こうだ。巻き込まれたのがお前じゃなきゃ犠牲者は増えてただろうさ。」
そう言うと彼は顔を離し、再会を祝して呑みに行こう、と大声で言った。
気遣いがありがたかった。
昔から彼はこうなのだ。
でなければ、何も知らない貴族家の次男に冒険者のイロハを叩き込んだりしないだろう。
軽口を叩き合いながら、連れ立って酒場へ歩きだす。
彼のパーティメンバーは後でやって来るのだそう。
酒場に着いて、先に始めてようと二人でエールを頼む。
やってきたエールを乾杯したところで、彼が言い出した。
「そういや、今年の新年祭は大変だったんだぜ。」
「へぇ、どんな話か教えてくれよ。」
気心知れた仲間と酒場で一杯。
一人で冒険するのも悪くないが、冒険した後のこの瞬間こそ冒険者の醍醐味ではなかろうか。
……やっぱり仲間探しするか。
王都での出来事を教えてもらいつつ、今後の予定を立て、合流した知人たちと酒を酌み交わす。
王都の夜が更けていく。
酒で喉を潤しつつ、深い満足感が心を満たしていくのを感じていた。
ご高覧くださりありがとうございます。




