その6
鈍い落下音が聞こえた瞬間、トモは喉が張り裂けんばかりに叫びだした。
「イヤッ、イヤッ、イヤァアアア!!」
トモは気が狂ったように頭を振る。
「トモ、シッ、声! 『パピヨン』に気づかれる!!」
「だってあいつ、今の、イケベじゃん!!」
(イケベ?)
颯希は半狂乱状態のトモの肩を掴み振り向かせる。
「今の落ちて行った子、知ってるの?」
「……っ」
「アンタには関係ねぇ!」
マナが颯希を突き飛ばし、トモを抱きしめた。鋭い目で颯希を睨んではいるが、唇がわずかに震えていた。
「関係ないって。ここを出るためには、少しでも今は情報が……」
「ジョーホージョーホーうっせぇよ、関係ないっつってんだろ!!」
「……」
トモはマナの腕の中でガチガチと震えている。マナは子どもをあやすように、トモの背を撫でていた。
(今の2人からは話を聞けそうにない……)
颯希は窓辺に近づき、恐る恐る下を見た。
(いない……)
たった今目の前を落ちて行った少女の姿は、どこにも見当たらなかった。
(確かに、地面にぶつかる音がしたのに)
落下していった少女の姿を思い出す。
(また、制服がトモたちと同じ茅南だった。それに……)
1人で探索していた時に、ちらりと見かけた少女の姿を思い出す。教室の中で、1人心細げにうつむいて立っていた、ナチュラルボブの。
(あの時のあの子じゃなかった?)
トモの口から飛び出した『イケベ』という名前。
(あの2人はおそらくさっきの子を知ってる、ここに招かれた理由もそれが関わっている可能性がある。でも私はイケベなんて子知らない。なぜ私もここに閉じ込められたの?)
キシッ……
「!」
床のきしむ音に、3人がびくりと身をすくませた。
キシッ……キシッ……キシッ……
「あの音……」
「シッ」
3人は息を殺し机の陰に身を潜める。と同時にすりガラスに犬の横顔が映し出された。ゆっくりと移動してゆくのを、かたずをのんで3人は見守る。その時だった。
「きゃあああっ!」
トモがかん高い悲鳴を上げた。見れば先ほど瓶から逃げ出した芋虫が、じわりじわりと彼女のふくらはぎをよじ登っている。
「いやああっ、取って! 取って取って!!」
「トモ、声……!」
マナが身をかがめ、ばたつかせるトモの脚から芋虫を摘まみ取った瞬間、澄んだ破砕音が轟きガラスが飛び散った。間髪おかず唸り声を上げて『パピヨン』が飛び込んでくる。
「いやあっ! マナ、なんとかして!」
悲鳴と共にトモは『パピヨン』に向かってマナの体を突き飛ばした。
「え……」
マナが目を見開きひっくり返る。そこへ『パピヨン』が襲い掛かった。無防備なマナの腹部に、犬の牙が沈み込む。ずるりと臓物が引きずり出された。
「アァアアァアッ!! 痛いっ! 痛いぃい!!」
濁った悲鳴を上げるマナから目を逸らし、トモは引きつったような笑みを浮かべた。
「サツキ、今のうち!」
「……」
あまりのことに言葉を失った颯希の手を引き、トモは生物室から逃げ出す。頭の中が真っ白に染まった颯希は、抵抗することなくそれに従った。
「どうして……」
音楽室に逃げ込み、グランドピアノの側で崩れ落ちる。ようやく口が動くようになった颯希は、トモに問いただした。
「どうして、あんなことしたの……?」
「あんなこと?」
「マナを、犠牲にしたことだよ」
「わざとじゃないよ? 仕方なかった」
(仕方なかった?)