その4
ふと、廊下の向こう側にも階段があることに颯希は気づく。
(階段は校舎の両端にあるんだ)
もう一方の階段も調べようと、廊下を進んでいた時だった。
(ん?)
早足で通り過ぎた教室の1つの戸が開いていた。その中に誰かがぽつんと立っているのが見えた気がしたのだ。
(私たちの他にも迷い込んでしまった子が?)
颯希はすぐさま引き返し、教室の中を覗く。
(あれ?)
そこには誰もいなかった。
(変だな。一瞬だったけど間違いなく見たのに……)
ナチュラルボブの髪でブレザーを着た少女だった。心細げにうつむいた姿は、しっかりと目に焼き付いている。
「……」
颯希はぞくりと身を震わせる。
「夢だもん、色々あるよ。ははっ」
わざと声に出して笑い、目的の階段に向かって足を進める。
(でも、あのブレザー……)
トモやマナの着ていたものと同じデザインだったことに気づく。
(茅南の制服だったよね。それに……)
『パピヨン』の姿を思い出す。臙脂色の縁取りの入った襟、胸元のリボンタイ。
(下はスカートじゃなくてハーフパンツだったけど、ブレザーは茅南のものだった……。私以外は茅南の子ばかりってこと?)
なら、なぜ自分はここに招き入れられてしまったのか。疑問に思いつつ歩いていると、足元がずるりと滑った。
「わ!」
尻もちをつきそうになりながらもなんとか姿勢を立て直す。そして、鉄さび臭いにおいに気づいた。
「……っ!」
足元にあったのは血だまりだった。
(ここは、エニの襲われた場所……)
歩き回っているうちに戻ってきてしまったようだ。口元を抑え、薄明りの下の光景に目を凝らす。
(血、だけ……?)
予想したエニの亡骸は、そこにはなかった。安堵しつつも1つの疑問が頭に浮かぶ。
(全部食べられたってこと……? 小柄とはいえ人間1人を骨まで残さず? それとも……)
吸血鬼やゾンビなどの映画を思い出す。襲われた人間がモンスターになり、かつての仲間を襲うシーンが脳裏をよぎった。
(やめよう……)
頭を振って望ましくない想像を振り払う。
(これは夢なんだ。色々あるよ)
血だまりを通り過ぎ、階段に向かって足を進めた颯希の耳に、悲鳴が飛び込んできた。
(あの声は……!)
トモとマナだ。バタバタと階段を駆け下りて来る足音が聞こえる。颯希はその悲鳴に向かって駆けだした。
「サツキ!?」
飛び出してきた颯希の姿にぎょっとした後、トモが泣き笑いのような表情を浮かべる。
「犬女が来る!」
(あいつが!?)
どこへ逃げるべきかと辺りを見回した後、颯希は先ほど階段を移動した際のことを思い出した。
(3階から地下に飛んで、もう一度階段を上ったら今度は2階に辿り着いた……!)
ならすぐに階段を上れば、『パピヨン』がここに辿り着く前に別の空間に移動できるかもしれない。
(ただ、保証はない……)
心臓が早鐘を打ち冷たい汗が背中を伝う。追ってきた犬娘の前に、おめおめと身を晒すことになるかもしれない。
(でも迷っている暇はない、イチかバチか……!)
「すぐにこの階段をもう一度上がるよ!」
「はぁ? バカか! バケモンがすぐ後ろに……」
「私は行く!」
颯希はマナの言葉を最後まで聞かず、1人階段を駆け上る。
「あ、待ってぇ!」
一瞬の逡巡の後、トモとマナも颯希に続いた。