その2
(気付けば私はここにいた……)
昼休みにアヤから聞いた通りの光景。一足ごとに床のきしむ暗く古い木造校舎。颯希は先ほど合流した2人の少女と共に階段を駆け上がり、教室の一つに飛び込むと扉を閉めた。
(これが夢だってことは理解している。なのに……)
息をするたびに埃っぽいにおいが鼻をつく。音も感触も、何もかもが現実のように生々しかった。
(普段なら、夢だと察した時点で目が覚めるのに……)
「ねぇ、アンタ。その制服、白坂東だよね?」
声に顔を上げる。ショートヘアのマナがこちらを睨むように見ていた。しゃくりあげているトモの肩を抱きつつ。
「うん、白坂東高校だけど」
「エリートじゃん。この状況説明して」
「は?」
「何とかしろよ。何なの、これ!」
「そんなこと言われたって、私にも何が何だか……」
「チッ、白坂東のくせに役に立たねぇな」
(なにそれ、勝手すぎ……)
制服を指摘され、颯希も彼女らの服装を見る。
「そっちは茅南学院?」
「悪い?」
「……言ってないし」
マナのけんか腰の態度に苛だちを覚える。距離を置きたいのもあり、颯希は廊下の様子を見ようと引き戸に近づいた。
「待って! どこ行くの!?」
泣きじゃくっていたトモが焦ったように顔を上げる。
「ウチを置いて行かないで!」
「静かにして、外の様子見るだけだから」
颯希は引き戸の隙間から廊下をうかがう。今のところ何かが近づく気配はなかった。
「ねぇ、名前なんて言うの?」
すんすんとすすり上げつつ、トモが問いかけてきた。
「斎条颯希」
「ウチは姫岡尊萌」
「姫岡さん……」
「トモでいいよ、ウチもサツキって呼ぶし」
「うん、わかった。そっちはマナだったよね?」
「岸戸愛美。マナでいい……」
言ってマナは不貞腐れたようにそっぽを向いた。
「さっきエニって呼んでた人も、2人と同じ学校?」
「……っ、エニぃ……」
颯希の言葉に、トモが再びすすり泣き始める。
「トモ……」
いたわるようにトモの肩を抱いたマナが、キッと颯希を睨む。
「ちょっと、サツキあんたさ! 無神経じゃない? 今、エニの話する必要ある!?」
「私は……、状況を把握したいだけだよ」
「何がジョーキョーをハアクだよ、偉そうに。ちょっと頭がいいからって」
(関係ないじゃん)
「エニは……」
手の甲で涙をぬぐいながらトモが口を開く。
「エニは道花縁って言って、ウチらのグループ」
「……そか」
親しい友人の惨たらしい最期を目の当たりにしてしまった彼女らの気持ちは察するに余りある。
「ごめん、教えてくれてありがとう」
颯希はこれ以上エニのことを問うのをやめた。
「2人はどうして今、自分がこの状態にあるか分かる?」
「解んないから、アタシはさっきあんたに……!」
「アプリ」
マナの台詞を遮って、トモが答えた。
「アプリしたの、ゲームの。SNSで噂になってた」
「『夢現彷徨』?」
颯希の言葉にトモがこくんとうなずく。
「私も同じ」
「サツキも? 白坂東の子がゲーム?」
「ゲームくらいするよ。じゃあ、今の私らの共通点はそれと考えていいかもね」
「でもさ、話違くない?」
マナがイライラした様子で言う。
「女が出て来て『あなたは違う』って校舎から追い出されるんだよね? アタシらそう聞いたよ? なんでアタシらは追っかけられて襲われてんの? 出口だって見当たんないし」
(あ……!)
マナの言葉に颯希は気付く。
(『違う』と追い出されなかった。じゃあ私たちは『違わない』ってこと?)
「なぁ」
(あの犬の頭の子、女子の制服着てた。『違う』って追い出す女の子ってあの子のこと? でも犬の頭だなんて情報は……)
「おいサツキ、無視すんな!」
「待ってマナ、しゃべらないで。今考えて……」
「ねぇねぇ、何か聞こえない?」