流浪の剣士なのだが、同業者に一つだけアドバイスしておきたい。『何があっても、腐ったものだけは食べるなよ』
「ハア……ハア……」
「どこだ! あの剣士はどこへ行った⁉️」
魔物の群れは、岩場の影に隠れた俺に気付かずに走り去っていった。
「ふう。どうやら、上手く撒けたようだな」
俺はほっと一息をついた。
――よし行こう。あと一踏ん張りだ。
ザッサッザッ
俺は魔物の群れが過ぎ去っていった方向と逆の通路へと歩き出した。
「それにしても、この洞窟の魔物達は強敵揃いだな……」
俺が流浪の剣士として、各地を旅して早三年。その旅の途中、様々なダンジョンに挑戦してきた。洞窟や塔、城さえもあったりした。
当然、ダンジョン内には魔物がいて、様々な強敵とも出会ってきた。
そんな、経験をそれなりに積んだ俺だが、この洞窟の深部の魔物達はハンパない……過去一の強敵揃いだ。
壁の中から攻撃してくるお化け。見えない所から炎を飛ばすドラゴン。
ソイツらを倒すために、手持ちのアイテムを湯水のように使っていった。
お陰でアイテムはもう空……矢の一本も残ってやしない。
魔物と正面切って戦うのには、ヤバイ状態だ。
――いや、もっとヤバイことがある!
「グルルルル」
……俺のお腹の状態だ。
やっぱり、あのおにぎりを食べたのはまずかったな。先へと進むためや、魔物から隠れるために泥沼に浸かったりしたから、巾着袋の中に入れていたおにぎりがデロデロになっていたし。
そんな、明らかに腐ったやつなのに、俺がドラゴンの炎をお見舞いされた際、都合よくおにぎりも焼けたからといって、
「焼きおにぎり完成だ」
と自分に言い聞かせて食すのは、我ながらちょっとなあ……。
でも、腹減って倒れる寸前だったし。
そもそも、おにぎりを保存用の壺に入れとけば――。
「グルルルル」
うおお、ヤバイ! 突破寸前だ!
俺のお腹よ、あと少し踏ん張ってくれ。不幸中の幸いにも、現在地下98F。100Fの宝物庫は、聖なる結界で守られているので、魔物が近寄れない。
要するに、俺はここと次のフロアを下りてしまえばいい。
帰りは、宝物庫にある『えすかれーたー』に乗って帰るだけだ。あの奇妙奇天烈な箱の乗り物なら、地下100Fから地上まであっという間だ。地上に出たら、すぐにトイレへ駆け込もう。
――昔はダンジョン攻略の際には、往復するのが当然だったのに、今は往路だけ……本当、便利な世の中になったなあ。
ザッサッザッ
俺は魔物の気配を探りながら、慎重に歩を進めた。すると、小部屋が視界の中へと。
早歩きで、小部屋の中へと入った。
入ると、すぐそばの足元に巻物が落ちている……端っこの方には階段だ!
魔物は誰もいない。よし。
先ず、俺は巻物を拾った。
何々……要らない物をおにぎりに変えることができる巻物……うわ、要らねえ。もう少し、早く拾えたならなあ。そうしたら、あんな腐ったおにぎりを食べずに済んだし。クソッ!
トントントン。
俺は階段を下りた。
――99F――
降りたら、大部屋の中か。
「……おおっ!」
前方に下へと続く階段、発見。僥倖だ!
俺は階段へと歩を進める。
「ニンゲン⁉」
俺の背後から、誰かが叫んだ。
俺はチラッと振り返ってみると、そこには 魔獣キンノウがいた。キンノウは特殊能力こそ無いが、全魔物中トップクラスのパワーを誇る。手持ちのアイテムが尽きた今、最も相手にしたくない魔物だ。
タッタッタ
俺は必死に走る。
タッタッタ
キンノウも後ろから追いかけてきている。
大丈夫……逃げ切れる!
キンノウはパワーこそ凄いが、素早さは然程無い。階段を下りてしまえば、聖なる結界で守られた宝物庫。ヤツは入ってこれない。
「マテエエェ!」
待てと言われて待つ奴が何処に――。
「うわっ!」
何かが俺の足に引っ掛かった……トラ挟みの罠だ!
クソッ! こんな所に隠しトラップがあるとは。
幸い、足に怪我は負っていないが……トラ挟みを外している間に、キンノウに追いつかれてしまう。
――迎え撃つしかない!
大丈夫、イケる。
俺の剣は、睡眠、混乱、目つぶしなどの特殊効果が付いている。
きっと、それらの効果の中で、どれか一つぐらいは発動してくれるに違いない!
俺は振り返り、キンノウと正対する。腰に帯刀してある剣を抜き、構えを取る。
「ウオオオオオー」
キンノウは雄叫びを挙げながら、俺に勢いよく近づいてくる。
3……2……1……今だ!
俺は渾身の力で剣を振り下ろした。
スカッ
だが、無情にも剣は空を斬った。
しまった! 両足が上手く動かせないせいで、バランスを崩してしまった!
「コンドハコッチノバンダ!」
キンノウは右腕からストレートパンチを繰り出した。
それが、バランスを崩し、防御態勢を取れない俺の腹部に直撃した。
「ぐわっ……」
強烈な一撃……何とか持ちこたえたが……何で、よりにもよって腹に! 駄目だ、突破する!!
「ブリブリブリブリブリ」
「アッ…」
「…………」
「…………」
俺達二人の動きは完全に止まる。
「…………」
「…………」
ヒュウウウ――
部屋の中には、発生源が分からない風の音だけが響き渡る。その風は、俺のアスタリスクから乱れ散った液体の匂いを鼻に運んでくる。
「……ガマンシテタノカ?」
キンノウは悲しげな顔をして、俺に尋ねた。
「…………」
俺は無言でコクリと頷くしかなかった。
「ソウカ……」
「…………」
「オレモオサナイコロハヨクアッタ」
変に気遣うなよ。余計に惨めだわ。そもそも幼い頃って……今は漏らしてないだろ。俺は成人なんだぞ……。しかも、小じゃなくて大だぞ……。
「……有難う」
心の声と裏腹に、俺は気を遣ってくれたキンノウに感謝の言葉を述べた。
「ジャアナ……」
キンノウは踵を返す。
ザッサッザッ
そして、部屋から去っていった。
「…………」
俺はトラ挟みを外し、階段を下り始める。
ヌギヌギ
ポイッ
下りる途中、俺はパンツとズボンを脱ぎ、99Fの中に投げ捨てた。そして、98Fで拾った巻物を褌代わりに巻いた。
大概な格好だ。それでも、アレをブラブラさせたままよりは遥かにマシだ。
要らない巻物だったが、捨てずに正解だったな……。
――宝物庫――
「やっとのことで辿り着いたのに……」
台座の上に置かれた、この洞窟のお宝は、なんと木彫りの手形だった。
この洞窟の管理運営団体、ケチにも程がある。余所だと華美な装飾のなされた剣や盾なのに。
――帰るとするか。
えれべーたーに乗ってしまえば、あっという間に地上だ。早く、熱い湯船に浸かって、この溜まりに溜まった疲れを洗い流したい。
浸かる前に、アスタリスクの汚れを洗い流す必要はあるが。
本当、今回は黒歴史を作っただけの骨折り損だったな……ん? 何だ、この人一人入れそうな、えすかれーたーと似た、奇妙奇天烈な箱は。張り紙が貼ってあるが。
「……ぜんじどうせんたくき? 『この中に、ズボンやパンツを入れてからぼたんを押せば、どんなに汚れていようがすぐにピカピカの状態にできます』……」
「…………」
こんな便利なものがあるのを、管理運営団体は教えろよ! ズボンとパンツ、99Fに投げ捨てたわ! 今さら凶悪な魔物達がうようよいる地雷原に取りに戻れるか!
――アイテムだけでなく、ズボンもパンツもダンジョン内で捨てるもんじゃないな……。
最後まで読んでいただき、本当に有難うございました。
次回作を投稿の際には、またぜひともよろしくお願いします。
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