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#6 目五色に迷うⅥ


 その後も薫は『LAMP(ランプ) ON(オン) BLUES(ブルース)』の曲を歌い続けた。


 薫一人に歌わせている状況に居心地の悪さを感じた颯汰郎がドリンク係に徹しているのも、それしかやれることがないからだった。


 アイドルソングのように合いの手を入れるような曲でもないし、カラオケ初心者同然である颯汰郎が、知らない曲のリズムに乗る真似などできるはずもない。


 薫が歌っている最中は、懸命に歌う薫の横顔とモニターに映し出される映像を交互に見て、歌い終わった後に「いい曲だったよ」や「歌が上手だなー」と声をかけるのが精々である。


 まるで上司に媚び諂う部下のような構図だが、その相手が片想い中の相手なのが救いだった。



 * * *



 合間に休憩を挟みはしていたが、薫の表情にも疲労の色が見え始めている。


 このまま歌わせ続けるのも忍びないと思った颯汰郎は、ここらで長めの休憩を入れることを提案した。時間はたっぷりあることだし、なにも歌うだけが目的ではないだろう。


 テーブルに散らかったお菓子の袋を片付け、「なに飲む?」颯汰郎は空のコップを両手に持って気さくに訊ねる。


「颯汰郎先輩にお任せします」

「わかった」


 そう言って、防音ドアを閉めた。


 廊下に出て右の奥まった場所にドリンクサーバーはある。


 定番のドリンクの他に、緑とピンクに近い赤色のフローズンドリンクもある。緑はメロンで赤はイチゴ味だろうか。


 なにやら毒々しい色味だと颯汰郎は思いつつ、コップの中に氷を三つ入れた。氷は三つ。元・バイト先のクセが染み付いていた。


 喉を労わるのであれば、刺激のある炭酸系は避けたい。コーヒーも駄目だ。そうなるとお茶系に限られるが、烏龍茶と紅茶は喉の脂を落としてしまうと聞いた覚えがある。


 でも、三回連続でマテ茶というのも芸がない──と散々逡巡し、薫にと選んだのはホワイトソーダだった。


 自分のコップにはメロンソーダを注ぎ、零さぬよう早歩きしながら三〇八号室へ。


 自分のコップを持つ右手の甲で、コンコン、二回ドアを叩くと、ソファーに座って携帯デバイスを弄っていた薫が、ぱっと顔を颯汰郎に向ける。


 それを了承の意と受け取った颯汰郎は、自分のコップを左腕と脇腹で挟み、重たい防音ドアのノブを引く。ボフ、空気の圧が抜ける音。ドアを締めて、ホワイトソーダを入れたコップを薫の前に置いた。


「ありがとうございます」


 薫は座ったまま頭を下げて礼を言うと、ストローでホワイトソーダをちゅううっと吸う。ぷはっと口から離したストローの先端に、淫靡な魅力を感じてやまない颯太郎だが、いかんいかん、頭を振って私欲を散らした。


「デバイスを弄ってたけど──もしかして恋人から連絡がきたとか?」


 なによりもまず、それを聞きたかった。


「恋人なんていませんよ!」


 あわわ、と慌てるように必死な表情を見せて反論する薫を見て、幾分心を落ち着かせた颯汰郎だったが、心ここに在らずな様子に違和感を覚えていた。


 自分がドリンクを取りにいっている間に何かが起きたのではないか──そう、颯汰郎は思う。


「急用でもできた?」

「実は……」


 言葉を詰まらせる薫に、颯汰郎はゆっくりと首肯する。


 薫は申し訳なさそうに俯きながら(とつ)(とつ)と語り始めた。


「バイト先から、救援要請の電話があったんです。午後から出勤予定の園山さんのお子さんが、急に熱を出してしまって……休みになった園山さんの代わりに、出勤してくれないかって」

「そうだったんだ。お子さんが熱じゃ仕方がないよ」

「はい。──なので、これから準備しなくてはいけなくなってしまいました」


 それも理由の一つだが、それだけではない。


 颯汰郎がバイトしていた店は、人員削減でギリギリのシフトで店を回していた。そんな中、颯汰郎が抜けてしまい、店はてんてこ舞いな状態に陥っていたのだ。


 一人の欠員も許されない状況下での止むを得ない欠員。


 こういう場合に駆り出されるのが比較的自由に行動できる夏休み中の学生で、今回は薫に白羽の矢が向けられたのである。


 薫としては断りたい気持ちがあったけれど、電話してきた店長の悲痛な声を聞いて断るにも断れずだった。


「オレが抜けたせいで大変だよな。申し訳ない」

「いえ! 颯汰郎先輩は悪くないですよ! あのおじさんが悪いんです。それに、颯汰郎先輩は暴力を振るおうとしたわけじゃないんですから、気に病む必要もないです!」

「気に病む必要はない、か。そう言ってもらえると救われるよ」


 だけど、颯汰郎は表情を曇らせる。


 このピンチを招いてしまったのは紛れもなく自分の責任だ、と。


 辞めた後も迷惑をかけ続けていることの申し訳なさが、ついさっきまで浮かれていた自分の心に影を落としていく。


 デートを邪魔されたのが半分、自己嫌悪半分のリバーシで、盤面が真っ黒になってしまったような気分だった。


 しかしながら、颯汰郎は『もしかしたらこうなるのではないか』と予想もしていた。


 悪い予感というものは、良い予感以上に当たるものである。


 颯汰郎は運がいいとは言い難い。


 ビンゴ大会でビンゴになったこともなければ、くじ引きで大吉を引き当てたこともない。


 今年の正月、あまりにも大吉が出ないので、何が何でも引き当ててやろうと五〇〇円分くじ引きに課金した結果、『凶』、『凶』、『末吉』、『凶』と悉く外し、最後の一〇〇円で掴み取ったのが『吉』だった。


 余談だが、一緒にくじを引いた男友だちは一発でURの『大吉』を引き当てていた。くじ引き運営の悪意を感じる。


 アプリゲームの登録時、『ガチャの引きが渋いグループ』に入れられてしまったような、ユーザーの目には見えない卑劣な悪意を感じ、「確率弄ってるんじゃないか!?」とやけを起こして甘酒を飲んだのは、果たして良い思い出となり得るのかどうか──。



 

【修正報告】

・2021年9月10日……誤字報告箇所の修正。

 報告ありがとうございました!

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