#16 隴を得て蜀を望むⅤ
高校生になったら彼女を作る。
これが、夢であり、目標でもあり、原動力だ。
その夢が、目標が、手を伸ばせば届く距離にある。
薫の性別は男なのだが、見た目は絵に描いたような女子高生だ。性格も、ルックスも、非の打ち所がない。だからこそ、男子だという事実が颯汰郎の手を止めてしまう。
──それでも。
颯汰郎は思う。性別さえ克服してしまえば、薫は颯汰郎の理想を具現化したような少女だ。かつて、薫以上にいい子がいただろうか? 答えは否である。否ではあるのだが、自分は「これがオレの彼女だ」と胸を張って言えるだろうか? それもまた難しい。
『アイツ、男と付き合ってるんだってよ。引くわ』と、周囲から白い目を向けられるのは火を見るより明らかだ。それが高校生界隈の日常であり、自分たちの常識から逸脱した者は、全力で排除される。
颯汰郎は考える。何が一番大切なのか、と。後ろ指をさされるのは嫌だ。クラスの連中からハブにされるのも、友だちだったヤツらに見放されるのも嫌だ。しかし、それによって薫に被害が及ぶことはもっと嫌なのではないか? と。
薫を支えるために仕事を覚えた。誰よりも努力してきた。バイト仲間から信頼されて、店長にも認められた。CスタッフからBスタッフに昇格した時は、前代未聞のスピード出世だと褒められもした。
自分の原動力とはなんだったのか? 颯汰郎は熟考する。いつだって薫を想って行動してきた。薫の力になれればいいと、ただがむしゃらに頑張ってきた。私服のセンスはイマイチぱっとしないけれど、メンズファッション雑誌は目を通す癖を付けている。
頑張りも、努力も、どれもこれも、薫に振り向いて欲しいがために行ってきたのではないのか? と、颯汰郎は自分に問いかける。
──片想いしていた相手が男だったと知って、それがなんだ。綾瀬川さんは女子でいたいと願っているんじゃないのか。それを応援できないのなら、この気持ちは嘘っぱちなんじゃないのか。いいや、オレは綾瀬川さんが好きだ。大好きだ。男だと知っても尚、オレの気持ちに揺らぎはない!
テーブルの下に隠した両手を、ぎゅっと握りしめた。
「綾瀬川さん」
颯汰郎に呼ばれて、薫は小さく「はい」と返事をした。
「オレは、綾瀬川さんのことが、好きだ」
「え」
薫は、颯汰郎が何を言っているのかわからなかった。
男であるとカミングアウトして、まさか告白されると思っていなかった。
唖然としている薫に、颯汰郎は言を続ける。
「ずっと前から好きで、今も好きなんだ。オレと、付き合ってください」
「ボク、男なんですよ……?」
「綾瀬川さんは女の子でいたいんだよね?」
「そうですけど……でも、保険証だって見ましたよね? 颯汰郎先輩と同じ性別で、付き合ったりしたらたくさん迷惑になります」
颯汰郎は一時の感情に支配されて、正常な判断ができているとは言い難い。それでも、このタイミングしかない、と告白に至ったのだが、薫には、どうして告白されたのか疑問でしかなかった。
「颯汰郎先輩は、間違ってます。絶対に間違ってます。冷静になって考えてください。ボクなんかと付き合ってもデメリットにしかなりませんよ。最悪、高校生活全てを棒に振るかもしれない。颯汰郎先輩はそれでもいいんですか?」
憧れの人が、判断を誤ろうとしている。それだけは阻止したいという切実な想いからの発言だった。後顧の憂いなく高校を卒業するのであれば、問題ばかり抱えている自分と付き合ってはいけない。
正しい相手と恋仲になったほうが颯汰郎にとって幸せだ、と薫は考えたのだが、
「綾瀬川さんが彼女になってくれるんなら、オレの高校生活がどうなろうと構うもんか」
即答されたその言葉は、薫が味わってきたこれまでの艱難辛苦を優しく包み込み、解していく。認めてほしい相手に認めてもらえた。カミングアウトした後も、今までどおりの自分でいい、と言ってもらえた。
──ボクはこのままでいいんだ。
心の何処かでは、今のままではいけない、周囲に合わせなきゃいけない日がくる、と覚悟をしていたのに──そのままでいい、と許されてしまって、張り詰めていた緊張の糸が、ぷつん、と音を立てて切れたような気がした。
「綾瀬川さんは、オレのこと、どう思ってるのか聞かせてくれない?」
「そんなの……だいすきにきまってるじゃないですか……」
薫にとって颯汰郎という存在は、たった数日先に同じバイト先に入社した男子だった。
そこらにいる学生であれば、『ほぼ同期だしタメ語でいいよね』となるが、薫はそこら辺が妙に律儀で、『タメ口でいいよ』と言われても敬語を崩さなかった。自分は要領が悪いし、周囲に迷惑をかけると見越して下手に出ていたのもある。
それはある種の自己防衛本能だ。
予防線を張っておけば、いざという時にそれを盾にできる。だけど、そうするしかない。中学生時代に嫌というほど辛い経験をしてきた薫は、どこか他人に負い目を感じるようになっていた。
だがしかし、そんな自分をいつも勇気づけて、励ましてくれる人がいた。
その人物の名前は、冨樫颯汰郎という。
第一印象は、面倒見がいい人、だった。一歩でも仕事場に足を踏み込んだら笑顔を絶やさず、社内ルールには忠実。同じ高校生でもここまでできる人がいるんだ、と感心すらした。
バックヤードでもその姿は変わらず、積極的にコミュニケーションを取り、信頼を積み重ねていった。
颯汰郎の仕事に対する直向きさは、いつの頃からか尊敬の念へと変化し、自分もあんな風になれれば、と颯汰郎の背中を追い掛けるようになって──でも、その心持ちが恋愛感情に発展することはなかった。
自分がどれだけ女子の格好をしようとも、性別が『男性』であることは覆らない。だから、恋愛感情を誰かに向けてはいけない、と自分を律していたのである。
だが、颯汰郎は踏み越えてきた。憧れの先輩は、性別の枠を蹴り飛ばし、常識という名の壁を破壊して、薫に愛の告白をした。──嬉しくない、はずがない。
この手を取れば颯汰郎の日常を変えてしまう。もしかせずとも、高校生活は悲惨なものになるだろう。憧れていた大好きな颯汰郎の楽しい高校生活を自分が邪魔していいのだろうか? よくない。そんなこと、あってはならなかった。
なのに、どうして──。
薫はもう、自分の気持ちに嘘をつけなかった。どうしても溢れる気持ちを抑えられない。だったら、颯汰郎に降りかかる不幸は、全部自分が受け止めればいい。差し出さされた手を取って、自分が颯汰郎を幸せにできれば──。
「本当に、ボクなんかでも、いいんですか……?」
「綾瀬川さんじゃなきゃ駄目なんだ!」
真っ直ぐに見つめる颯太郎の目を見て、薫は決意を固めた。自分が颯太郎を不幸にしてしまっても、それ以上に幸せにすればいい。
颯太郎もまた決意を固める。どんなに陰口を叩かれようとも構わない。それよって学校生活が悲惨なものになったとしても、薫の手を離して堪るものか、と。
「ボクを彼女にしてくれますか?」
「ああ、喜んで。オレの彼女になってくれ」
かくして、砂糖菓子のような甘い言葉を臆面もなく言い放った颯汰郎と、秘密を抱えた後輩の恋物語が、ようやく始まりを迎えた。
【修正報告】
・報告無し。
【あとがき】
どうも、作者の瀬野 或です。『ボクっ娘の後輩は砂糖と秘密で出来ている』は、如何でしたでしょうか。二人の物語はここで一旦幕を閉じますが、物語の中ではこれからも続いていきます。きっと、目を背けたくなるような現実に直面して、心が折れそうになったりもするでしょう。けれど、そういう経験を乗り越えて、颯太郎と薫の絆は深まっていくのかもしれません。それは、二人だけの秘密なのですから。
ブックマーク、感想、評価、大変励みになりました。読んで下さった方々の力を次回作に活かし、更に面白いと思って頂ける物語を書いて参ります。
次回作は、一旦ラブコメというジャンルから離れて、ファンタジーに挑戦しようと思います。過去に一度挑戦して失敗したので、どうしてもリベンジがしたい! という気持ちに勝てませんでした……。なので、ラブコメを期待している方々がいらっしゃれば、本当に申し訳なく思います。
それでも瀬野 或の物語を読んでもいい、と思って下さる方は、次回作も応援宜しくお願い申し上げます。本気で、それでいて好き勝手書くので、読む覚悟だけはしておいて下さい(笑)
では、次回作でも宜しくお願い申し上げます。
by 瀬野 或




