#14 隴を得て蜀を望むⅢ
「正直に伝えます」
薫の声と表情に確固たる意志を感じ、颯汰郎は生唾をごくりと飲み込んだ。
──ついに……ついにこの時がきた!
「実はボク」
「……」
「実は──男なんです!」
「…………へ?」
愛の告白だと思い込んでいた颯汰郎だったが、それとは異なる薫の言葉に頭が真っ白になった。
──綾瀬川さんが男? いやいや、そんなはずないだろ。こんなに女の子らしいのに男なはずはない。そうか、きっと告白しようと思ったけど踏ん切りがつかなくて、冗談でやり過ごそうとしているんだな?
「綾瀬川さん、そういう冗談はあまり面白くないぞ?」
「冗談ではありません。これが証拠です」
そう言って、財布の中から健康保険証を取り出し、颯汰郎に差し出した。颯汰郎は保険証を受け取り、氏名を確認する。綾瀬川薫、と記載してあった。生年月日を確認する。誕生日は六月十二日。その下に交付日と世帯主の氏名があって──親指で隠れている性別を確認する。
そこには、颯汰郎には受け入れ難い真実が書かれていた。
「男……」
薫は首肯する。
「本当に〝男〟だったのか……」
「ボクの性別は、男性、です」
保険証を返却した颯汰郎は、薫の真実を受け入れられずにいた。目の前にいる少女は少年で、自分はずっと男に恋慕していたのか、と。
薫と付き合うということは、男同士で突き合うということである。
颯汰郎にとってそういう話は、ちょっとした冗談話の下品なネタという印象しかない。友だちとの悪ふざけや、ネットの世界で用いる言葉だった。その言葉を、颯汰郎は何度か発している。そして、発する度に、自分はそうじゃない、と自覚していた。
そのはずなのに、ずっと好きだった相手が、男、だった。
「保険証を偽造したとかじゃ……?」
「偽造なんてしません」
「じゃあ、どうしてバイトでも性別を偽ってたんだ?」
「颯汰郎先輩以外は、全員知ってました……」
「嘘、だろ……?」
店長が知っているのはわかる。しかし、他の従業員までもが薫の真実を知っていて、自分だけがそのことを知らなかったというのは、どうにも納得ができなかった。
「どうして、綾瀬川さんが男だって、誰も教えてくれなかったんだ」
颯汰郎がバイトしていた牛丼屋では、誰しもが薫を女子として扱っていた。店には同年代のバイトも何人かいたが、彼らも同様に、『綾瀬川さん』、或いは『薫ちゃん』と呼んだ。牛丼屋で働く者たちは、それが当然だとでも言わんばかりに、誰も『綾瀬川くん』、『薫くん』とは呼ばなかった。
「多分、察してくれていたんだと思います」
「どういうこと?」
「ボクが『女の子でいたい』と、女の子の格好でいたから──」
そう薫は解釈しているのだが……真実は違った。
中には優しさを以って女性扱いしていた者もいたかもしれないし、触れてはいけないと目を瞑っていた者もいただろう。
然れども、大半は、面白い、と思っていた。
薫が、ではなく、薫に好意を寄せる颯汰郎が真実を知った時、どのような反応をするのかを確かめたかったのだ。──要するに、趣味の悪いドッキリを仕掛けるつもりでいたのである。
そんなことになっているとは努々思っていない薫は、今でも、バイト先の仲間たちを、『理解力のある優しい人たち』と信じて疑わない。
「つまりあれか……よくドキュメンタリーとかでやってる」
「ボクもネットでいろいろと調べたのですが、難しすぎてよくわからなくて……ただ、女の子として生きていきたいという気持ちは強いです。それを障害とは呼びたくないなって」
──まあ、確かに。なんでもかんでも障害っつうのはおかしいよな。
「好きになるのはどっちなんだ?」
「難しい質問ですね……ボクは、恋愛に性別は関係ないと思ってます。なので、質問に答えるとすれば、両方、ですね」
「男でも女でもいい」
「はい」
男女平等に好きになれる、と薫は言った。だが、颯汰郎の恋愛対象は女性である。女性を見て、可愛い、綺麗、付き合いたい、と感じる。男に対しては、格好いい、渋い、自分よりもイケメンは漏れなく滅びろとさえ思っていて、恋愛対象にはならない。
だが、ここにきて、颯汰郎の恋愛価値観が揺らぎ始める。
自分が好きになったのは、女子の格好をした男だった。でも、心は女性で、仕草も女性で、声はちょっぴり低い女性である。声を女性に近づけるには、相当な鍛錬を積んだに違いない。その努力は報われて、違和感のない声になっている。
颯汰郎は、何事も頑張る人が好きだった。
薫の仕事に対する態度を見て、頑張り屋なんだな、と思った。嫌だと拒否したい仕事も、率先して行っていたのを、颯汰郎は知っている。だから、自分も負けないように努力しようと懸命に働いた。
それもこれも、薫の手助けをしたいと心から思ったからだ。
薫がミスをしてしまった時、自分がそれをカバーリングできるようになれれば、と──いつの日からか、この子の隣にいたい、と強く思うようになって、それが恋愛感情であると気がついた日には、もう堪らなく好きになっていた。
──でも男だ。
容姿や声が女子でも、中身は男である。付いてる物は付いてるし、いざ恋人同士になったとして、いい雰囲気になり、ベッドに押した押した際、薫の男の部分がチョモランマしていたら? 自分のチョモと見比べてしまうのではないか? 自分のチョモよりもランマだったらどうしよう、などと嫌でも考えてしまう。
──これを些細な問題と捉えられたらどんなによかったことか。
颯汰郎は、自分の下半身に存在するチョモを熟知している。においも、感覚も、感触も、免許皆伝の域に到達している。到達しているがゆえに、想像してしまうのだ。それを受け入れる覚悟があるのか、と。
──そういう行為をしなければいいんじゃないか?
否、一般的な男子高校生と性欲は、切っても切れない関係にある。彼女ができたらそういう行為をしたいという憧れはひとしおだ。我慢すればするほど水風船のように膨らんで、いつかは弾けてしまうだろう。
──性欲と恋愛を、そこまでイコールにする必要なんてないだろ。
颯汰郎は困惑していた。もしこの流れで薫に告白された場合、心からイエスと答えれるのかどうか、自信がない。だけど、告白されるなんて機会は早々訪れないのも理解している。
告白される前提で、ああだこうだと思案しているが、その自信はどこから沸き起こっているのか疑問だ。前向きと捉えるべきなのか、それとも、妄想力だけ一人前の愚か者だと捉えたほうが良いものかどうか──その判断は極めて難しい。
【修正報告】
・報告無し。




