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#11 隴を得て蜀を望むⅠ


 翌日。


 遠足を控えた小学生のように興奮してしまった颯太郎は、寝不足気味な体を無理矢理起こして待ち合わせ場所へと向かった。


 暑苦しいと感じていた夏の陽射しも爽やかな朝を演出しているかのようで、けたたましく鳴く蝉たちの声さえ、これから始まるラブロマンスを祝福してくれているように感じてしまう──寝不足のテンションも相俟って、颯太郎は恋愛(ラヴァーズ)ハイなのだ!


 待ち合わせ場所は、商店街の近くにある『やまびこ公園』という名の公園で、定番の遊具の他に、声を反響させて遊ぶパラボラアンテナのような形をした遊具がある。


 それだけではなく、糸電話の要領でお互いの声を聞き合うラッパの形状をした遊具もあり、近所に住む学童たちの遊び場となっていた。


 しかし、朝の時間、この公園は、ゲートボールを楽しむ高齢者で人気を博している。


 颯太郎はゲートボールに興じる老齢の男女たちを遠くから眺めつつ、あの競技は何が魅力的なのかと思案していた。


 見た感じはゴルフに似ているが、やっていることはおはじきと似ている。丁度、ゴルフとおはじきを足して二で割ったような感じだ。


 ゲートボールの基本的なルールは、スティックと呼ばれる棒で、複数置かれたゲートにボールを打つだけ──と思うなかれ。


 それだけではここまで高齢者に愛されるスポーツにはなり得ないだろう。


 ただボールをゲートに通すだけでなく、相手チームの進路を妨害しながらゴールを目指してボールを打つのがゲートボールの奥が深いところと言える。


 お年寄りたちが好むスポーツという印象があるけれど、子どもや体が不自由な方も一緒にプレー可能なのだ。子どもたちとの触れ合いやリハビリには持ってこいである。


 そんなことなど全く知らない颯太郎は、のんびり気楽にゲートボールをプレイしている高齢者たちに、『元気だねぇ』と笑みを零していた。


 待ち合わせ時間まで残り五分というタイミングで、やまびこ公園の出入口から走ってくる薫の姿を見つけた。


 昨日のボーイッシュな格好とは一転して、女の子らしい服装だ。袖口が広い千草色のワンピースに、(だい)(しゃ)(いろ)のサンダルを穿いている。


 颯太郎はというと、黒のオープンカラーシャツに黒ジーンズ。インナーカラーに白を取り入れて、ちょっぴりオシャレさんを演出している。足元はインナーカラーに合わせた白のローカットスニーカー。


 いざという時のために購入した一張羅だが、ようやく日の目を浴びることができたようだ。


 薫は息を切らして両手を膝についた前傾姿勢で、顔だけを颯太郎に向ける。見ようによっては絶景だけれど、残念。薫には、誇れるほどの胸部はなかった。


 ──ささやかなのもいいよな、守ってあげたくなるような感じがして。母性本能ってやつ? を擽られるんだわこれが。


 などと低俗なことを考えている颯太郎に、


「すみません、遅くなりました!」


 自宅から走ってきたのか薫の頬は赤らみ、額からは汗が垂れている。


 ──ああ、なんて爽やかな朝の光景だろう。美少女が汗をかいてるのって、男心にグッと込み上げてくるものがあるよな。グッドだけに。


 ……笑えない冗談はよしこちゃんである。


「いやいや、全然待ってないよ」


 と言いながら、心の中では大満足していた。


 ──言ってみたかったんだよ、この台詞!


 この台詞を言いたくて、颯太郎は三〇分早く到着するように部屋を出たのであった。


 考えていることは邪ではあるが、待ち合わせの観点からすると常識的ではあるのでプラマイゼロと言えなくもない。


「朝ごはんは食べてきた?」

「いいえ……食事する気分じゃなくて」


 ──そこまで緊張してたんだなぁ。そりゃそうか、告白だもんな。


 颯太郎は未だに自分が告白されると信じていた。まあ、それはある意味正解ではあるけれど、実際はそうではない。告白ではあるのだが、その意味は、薫からすると罪の告白に近しいものだった。


 ──ボクの秘密をちゃんと伝えなきゃ。


 薫の気持ちはその一点のみである。


「実はオレも食べてないんだ。軽く何か食べない?」

「そうですね。どこに行きましょう?」

「この時間からやってる店だと──」


 牛丼、と答えそうになり、流石にデートで牛丼はないだろうと呑み込んだ。


「ファミレス、とか?」

「モーニングですね。ボク、実はファミレスのモーニングって食べたことないんです」

「へえ、意外だな」

「朝はいつもお母さんが用意してくれてるので、モーニングセットには縁がない人生でした」


 因みに、本日用意されていたのは、ご飯、なすの味噌汁、納豆、生たまご、沢庵の和セットである。


 ──真剣な話をするのに納豆臭かったら堪らないよね。どっちにしろ食べられなかったし……今頃は父さんがボクの分を食べてるはず。


 ここから導き出される結論は、『今日、ボクの家に誰もいないんだ』のシチュエーションは途絶えたということなのだが、颯太郎はほんのちょびっとだけそのパターンを期待していた。


 ──なくてもオレの部屋に案内すればいいか。


 颯太郎が考えていることは、敢えて何も言うまい。だが、そうなった場合、薫の秘密を知らない颯太郎は、どういうリアクションを取るのだろうか。


「じゃ、ファミレスに行こうか」

「はい! よろしくお願いします」


 何をよろしくすればいいのかと颯太郎は一考して、これといった妙案もなく、手を繋いで歩きたい欲望を指に宿しながら先陣を切った。



 

【修正報告】

・2021年9月15日……誤字報告箇所の修正。

 報告ありがとうございました!

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