#11 目五色に迷うⅩⅠ
「曲名は……確か、えばーらいじんぐみー? だったかな」
不正解である。不正解ながらも、動画サイトは『もしかして?』と正確なタイトルを表示する。
検索履歴をAIが学習して、正しい答えを導いてくれるのだ。
しかし、人生の正しさや、在り方についての道標にはなってくれない。寧ろ、動画を閲覧している時間を学びにあてたほうが時間の使い方としては有意義と言えよう。
ちょっとした息抜きに見るのは良い。けれど、それで一日費やすのはどうなのか。
そんな正論を飛ばされても、面白いとついつい見てしまう。
道標──もしかして? 墓標。
折りたたみ式のパイプベッドに寝そべり、Bluetooth接続したイヤホンを耳に当てる。
最初に流れた広告をスキップして本編を再生。映像は見ない。瞼を閉じて、両耳から聴こえる音に集中する。
光の粒子のような煌びやかなエレキギターの音色は、一弦一弦爪弾くアルペジオ奏法だ。そこにドラムのハイハット、ベースが重なり、もう一本のエレキギターがコードを奏でると、壮大な物語が始まりそうな高揚感を覚えた。
ランブルのボーカルは優しい歌声で、聴いている者に語りかけるように歌う。
耳心地がいい、と颯汰郎は思った。薫が歌っていたイメージで固定されていて、女性ボーカルと決めつけていたのだが、ボーカルは男性のようだ。
最近のJーPOPシーンに明るくない颯汰郎でも、テレビやなにやらで流行りの音楽を聴く機会はある。
どれも似たり寄ったりで異様に曲のキーが高く、女々しい歌声だ、とアンチ然とした感想を持っている颯汰郎だったが、ランブルのボーカルは声がひっくり返りそうな高さではなく、かといって低くすぎもしない。
不思議な魅力がある声だ、颯汰郎は思った。
そっと背中を押してくれるような声で紡がれる歌詞が、心に染み渡っていく。ドラムが主張しないのも、ドラマーが曲全体を考えて抑えているのだろう。スネアドラムが張りを作っているようにも感じた。
曲は刹那的なブレイクを経て、大サビに移行する。
転調して、それまで優しい歌声だったボーカルの声が、より強く、より激しく、痛いくらい温かく歌う。
そして、感動的なフィナーレを飾り、曲は終了した。
瞼を閉じた颯汰郎の目から一筋の涙が零れた。かつて、これほど自分の心を揺さぶった音楽はあっただろうか。
洋楽は好きだ。でも、洋楽にはない響きをランブルは持っている。
凄い、と思う。
本当に、凄いバンドだ、と思った。
聴き終えた後に訪れる余韻を噛み締めながら、颯汰郎はそのまま緩やかな微睡みに身を委ねた──。
* * *
ふと気がつけば、窓の外に広がる空に茜色が増して、窓から差し込む斜陽が部屋に伸びている。カッ、コン、カッ、コン──、リズミカルに階段を踏む音が聞こえた。お隣に住む女性が帰ってきたようだ。
壁時計を見遣れば短針と長針が縦に線を作っていて──。
夕焼け空はどこか懐かしくも、これまで住んでいた場所を離れた颯汰郎には新しい景色に見えた。
浮かぶ入道雲然り、アパートの下を通る車の走行音然り──電子音のような鳴き声の蝉に混じって、リンリン、と奏でるのはコオロギの調べ。
涼やかな音色だ、颯太郎は寝ぼけながらに思った。
「やっべ、寝落ちてたかも……」
言うまでもなく、ぐうぐうと心地よく寝息を立てていた。
そろそろ夕飯を考えなければ、などと思いながら、暢気にも「綾瀬川さん、そろそろ上がったかな」と呟いて──そこでようやくメッセージの件を思い出した。
飛び起きる勢いでベッドから立ち上がり、直ぐにメッセージアプリをタップする。
トーク画面を開いた颯汰郎は、焦る気持ちを堪えつつも、先程聴いていた曲のURLをコピぺで貼り付けた。その下に、ランブルを聴いた旨をメッセージに添えて待つこと数分。
薫からの返信が届いた。
『お疲れ様です』の後に『メッセージありがとうございます』と追加メッセージ。
片想い中の相手と繋がりを得た安心感と幸福感が入り混じり、アホ面に拍車が掛かる。
にへらと鼻の下を伸ばして笑うその笑みは、他人が見ても気持ちがいいとは思えない表情だ。
薫は『スタンプ』と呼ばれる絵を多用するようで、トーク画面には、デフォルメされたキリンのスタンプが笑顔で頬を赤らめ、ぶんぶんと激しい動きで首を振っていた──可愛い絵柄ではあるけれど、センスがいいとは言い難い。
『改めて聴いたけど、すげーよかったよ』
直ぐに既読が付いただけで、えらく感動する颯汰郎である。チョロい。
『気に入ってもらえてよかったです』
先程のキリンのスタンプが押された。今度のスタンプは首を上下に動かしている──意味は深く考えない。
『他におすすめの曲あるかな?』
『全部です! ランブルの曲は全部いいです!』
『そうなんだ。じゃあ、ベスト盤あればそれを借りてみるよ』
『はい!』
それから暫く日常的な会話をしていると、薫の返信が徐々に遅くなっていった。
『もしかして用事でもある? あるならまた今度にしようか?』
三分ほどして既読が付く。
そこから更に五分後、薫からのメッセージが届いた。
『実は、颯汰郎先輩に言わなきゃって思ってることがあって……』
ドキッ、颯汰郎の心臓が高鳴った。
──これってもしかして、愛の告白ってやつじゃないか!?
恋愛偏差値が一般人以下である颯汰郎は、なんでもかんでも恋愛に紐付けて考える傾向にある。
例えば、ちょっとでも優しく接してもらえたり、好きだった人と席が隣同士になって運命を感じてしまったり──もしも颯汰郎に好意を持っている者がいるとすれば、颯汰郎を落とすのは赤子の手を捻るよりも容易だ。
『言いたいことって?』
『それは、直接会って伝えたいのですが……明日の午前中会えませんか? 午後はシフトが入ってるので』
『もちろんだよ』
極めて冷静に返答した颯汰郎の脳内では、既に告白イベント確定演出が流れていた。
『チャンスボタンを押してください』のアナウンスに、振り上げた拳を全力で叩きつける勢いである。時期尚早。まだなにも確定していないというのに──。
【修正報告】
・2021年9月15日……誤字報告箇所の修正。
報告ありがとうございました!




