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#1 目五色に迷うⅠ

 どうも初めまして、瀬野 或です。

 本日より当小説の執筆を開始致しますので、どうか最後までお付き合い頂けたら幸いです。

 書き方や表現方法など変更することがあるかもしれませんが、予めご了承ください。

 誤字や脱字を見つけて下さったら、画面下部にある『誤字報告』よりお願い申し上げます。


 


 ジイィィィ──電柱に留まった蝉が鳴いている。


 蒸し風呂のような暑さを目の当たりにして、外出したことを後悔しそうだった。直射日光とアスファルトの照り返しのせいで、バンドTシャツが背中にへばり付いて気持ちが悪い。


 着の身着のまま部屋を飛び出したことを、(そう)()(ろう)は激しく後悔しながらも、目的地(コンビニ)までの道のりを歩いていた。


 颯汰郎が着ているのは、八十年代から九十年代後半にかけて活躍したアメリカのグランジロックバンドの黒いTシャツ。


 プールのような水の中に、餌にした一ドル札を付けた釣り糸が垂れていて、その餌を全裸の赤ちゃんが狙っている。日本ではとても発表できそうにないデザインのジャケットだ。


 該当のアルバムは大セールスを記録し、名盤と呼ばれ、現在も多くのファンに愛されている。


 中学二年の頃、とある出来事をきっかけにしてそのバンドを知った颯汰郎は、二社のレンタルショップを梯子して全アルバムを借りた。ベスト盤も、アンプラグドライブ盤も借りた。


 颯汰郎の中学時代はこのバンドとともにあったと言っても過言ではない。そのせいで、邦ロックに対する偏見が強まったのもこの頃だった。颯汰郎は結構拗らせる、ミーハーな性格なのだ。


 汗だくになりながら、硬いアスファルトの道を歩いている。道路はところどころにヒビが入っているが、補修工事をするほどでもない。


 左右には似たような作りの家が並ぶ。空を見上げると、電線に烏が留まっていた。じと颯汰郎を睨んでいる。颯汰郎が目を逸らすと、烏は颯汰郎を小馬鹿にするように、アアッ、と鳴いてどこかに飛んでいった。


 近くの公園で、子どもたちが蝉取りをしていた。蝉は食用に適した昆虫で、その味はピーナツバターに近いらしい。


 昆虫を食べるユーチューバー曰く、虫の味はエビの尻尾かピーナツバターの二周類が主だというが、あの子どもたちが食材を求めて蝉を狙っているわけではない。採集が目的だ。友だちに自慢したい、という気持ちもあるだろう。


 子どもとは残酷なほどに可愛い存在で、自分も昔は蝉を捕獲して遊んでいたなぁと、汗をシャツの袖で拭う子どもたちを見ながら思い出に浸っていた。


 しかし、颯太郎は子どもが苦手である。結婚しても子どもは要らないとまで考えているが、その前に相手探しが先で、相手もいない颯太郎がそこまで考える必要は毛頭ない。


 住宅街を抜けると商店街に出た。


 颯汰郎はこの商店街にある店のほとんどに足を踏み込んだことはない。美味しそうな匂いを漂わせる数々の飲食店にはいつの日か気が向いたら訪れるかもしれないが、女性をターゲットにしている服屋や、煌びやかにアクセサリーを飾る店とは一生縁がないと思っている。


 給料二ヶ月分相当の値段がする指輪だって買う予定もないのだから当然といえば当然なのだが、颯太郎にはそもそもアクセサリーを買う習慣がなかった。


 ピアスも、指輪も、ネックレスだって持ってない。指輪は買おうとはした。したけれど、その指輪だっていくらもしない安物だ。


 贈るための指輪ではなく、自分のために買う指輪。どの指に付けても冴えない気がして購入を先送りにした指輪は、今もショッピングアプリの『お気に入り』に入れたままにしていた。時々、その指輪が売り切れになったり、セール品になっていたりするのを眺めて、かれこれ一年になる。


 これからもその指輪を購入する機会はないだろうなと颯太郎は思いながら、公園の前を通り過ぎた。


 目的地であるコンビニは、数年前に流行ってブームが去ると同時期に潰れたタピオカ店の隣にある。『べびたっぴ』で有名なあの店を真似したかったのか、そのタピオカ店は『たぴたっぴ』という掛け声を使っていた。


 売れないだろう、それは。と、コンビニを利用する際にいつも脳内で嘲笑していたのだが、どうやら本当に売れなかったらしい。シャッターが締まった状態の店舗が、なんだか寒々しい雰囲気を醸し出していた。


「アイスが食べたい」と衝動的にデバイス──携帯できるパソコンのような物──だけを草臥れたジーンズのポケットに突っ込んで外に出た颯汰郎だったが、ふと、この暑さでデバイスが壊れないか心配になって、右ポケットの表面にそっと触れる。


「……大丈夫そうだな」


 万年金欠の颯汰郎ではあるものの、デバイスだけは最新機種と決めている。どれだけ貧乏であろうとも、携帯デバイスだけはいい物を使いたい──これは拘りだ。いや、意地と呼ぶべきかもしれない。変なプライドがある颯太郎である。


 クラスで自分だけが型落ちデバイスを使っていると時代に取り残されているような気がして──それゆえに、デバイスの使用料金が生活を圧迫しようとも譲れなかった。


 当然、両親には猛反対された。


「家賃や光熱費諸々を肩代わりしてもらっている身分でよく言える」


 しかし、ド正論を両親に叩きつけられても颯汰郎は折れなかった。長時間に渡って、ああでもないこうでもない、と大論争を繰り広げ、ゲンコツを何度も喰らい、泣きたくなった。泣きはしなかったが、父親のゲンコツはタンコブになった。


 それでも引き下がろうとしなかった颯汰郎は、なかなかに図々しいのである。


 最終的に、使用料金はアルバイトで稼いで支払うのを条件に購入してもらったのだが──現在、颯汰郎はプー太郎だった。


 四日前の夜。アルバイト先の牛丼屋で、酔っ払った客が後輩にセクハラ紛いなことをしているのを目撃した颯汰郎は、ついカッとなって手を出してしまった。「触るな!」と酔っ払いの手を払った勢いで、相手の顔面を裏拳で殴ってしまったのだ。



【修正報告】

・2021年9月9日……本文の調整。

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