男勝り聖女は恋がしたい ~癒す力のない聖女など不要と教会から追い出され、婚約者にはガサツ過ぎて疲れたと逃げられ散々ですが、運命の出会いを果たせて満足です。ただし相手は私より一回りも若い少年ですが~
その日は清々しい晴天だった。
いつものように早起きをして、魔物退治に出発するため準備をしていると……
「突然だけどイリス、君の護衛を辞めさせてもらうことにしたよ」
「……え?」
思わず固まってしまった。
私の専属騎士であり、婚約者として長らく共に過ごしてきたロイドから、突然別れ話を切り出されたのだ。
言葉はわかっても、言っている意味がわからなくて。
私は聞き返す。
「ど、どういうことだ?」
「言葉通りだよ。君の護衛を辞めると言ったんだ」
「……ど、どうして急に? 私は何か悪いことをしてしまったのか?」
心当たりはなかった。
彼に嫌われるようなことをした覚えはない。
でも、もし何かしてしまったのなら、謝りたいと思った。
そうしたら彼は……
「はぁ~」
特大のため息をこぼした。
初めて聞くほど大きく、疲れたため息を。
「ロ、ロイド?」
「イリス、聖女とは何か知っているか?」
「それはもちろんだ。聖女は神に選ばれた乙女で、人々を守り導き、それから……」
「癒す者、だ」
私が言いにくい部分を、ロイドは力強く言い放った。
「聖女の祈りは傷を癒し、病を治す。魔法では回復不可能な傷であっても、聖女の奇跡なら治癒を可能にする。その奇跡を当たり前に持っているからこそ、聖女は偉大な存在だ。だが! 君は違うだろう?」
「っ……」
「君にはその当たり前がない。聖女なら皆が持っている癒しの力を、君は持っていなかった」
そう、私には人を癒す力がない。
私の個性は剣、剣の聖女。
鋭い刃をもつ剣を生み出せる戦いに特化した聖女。
そういう事例は他にもいるけど、私の場合は特に顕著だった。
戦う以外の力を持っていない。
癒す力はなく、守りの結界も使えない。
聖女としては不完全な私は、大聖堂でも浮いた存在だった。
「わかっている……そんなことは承知の上だ。だから私はこうして、魔物退治に力を注いでいる! 少しでも皆の役に立てるようにと!」
「そうやっていつも無茶な戦い方をする! それに付き合わされるこっちの身にもなってくれ!」
ロイドは激しく声をあげ、初めて見せる怒りの表情を露にする。
私は彼の表情に気圧され黙り込む。
代わりにロイドが、立て続けに秘めていた思いを暴露する。
「君の戦いは乱暴なんだ! 護衛の俺より前に出て、止めるのも聞かずに突っ込んでいく! 君と違って俺はただの人間だ。君ほど頑丈じゃないし、怪我をしてもすぐには治らない! それでも役目だから、仕方なく付き合っていたが……」
「ロイド……」
「戦いに限った話じゃないぞ? 普段の生活もガサツで、まったく女っ気もない。とてもじゃないが聖女とは思えないよ。ずっと我慢していたがもう限界なんだ。君といると身体も心もおかしくなりそうなんだよ」
「そ、そんな……」
知らなかった。
彼がそんな風に思っていたなんて。
確かに無茶をしている気はしていたし、女っ気がない自覚もあった。
それを含めて、彼は私と一緒にいてくれているのだとばかり……
長い付き合いだから、慣れているのだと思っていた。
実際はそんなことなかったんだ。
彼はずっと、我慢していたのだと思い知らされた。
「とにかくもう付き合っていられない。護衛は辞めるんだから、当然婚約も破棄させてもらうよ。両親には伝えるまでもないだろう」
「ま、待って!」
「それじゃ、さようなら」
呼び止めたが無視され、彼は教会から去っていく。
一人残された私は、途方もない虚しさと悲しみで、しばらく立ち尽くしていた。
最悪な一日だ。
今日までいろいろあったけど、こんなに悲しい気持ちになったのは初めてだった。
でも、悪いことは重なるものだ。
翌日――
早朝のことだった。
教会に、街の人たちが大勢で押しかけて来た。
「皆さま、どうされたのですか?」
「聖女様、申し訳ありませんが、明日にはここを出て行って頂けませんか?」
「え……出て、いく?」
「はい」
聞き間違い、ではなさそうだった。
街の人たちの視線が訴えかけてくる。
早くここから出て行けと。
「実はですね? 明日から王都より新しい聖女様が派遣されることになったのです」
「な、そ、そんな話は聞いていません!」
「ええ、当然でしょう。我々のほうで王都には申告いたしましたので」
「申告? 一体何をですか?」
私は尋ねると、代表で話していた男は大きくため息をこぼす。
ロイドを彷彿とさせるようなため息に、私の心は震える。
「おわかりになりませんか? 私たちは困っているのですよ。せっかく派遣された聖女様が、癒す力すら持っていないことに」
「そ、それは……」
「この街には医者も少ない。だから聖女様が来てくださると聞いた時、とても喜びました。しかし……」
そう言って私のことを見る。
残念そうに。
「思いもしませんでした。まさか戦うしか出来ない方だとは……これでは冒険者と何も変わらない」
「……」
ぐうの音も出ない。
事実、やっていることは冒険者と同じだった。
聖女らしいことは何ひとつ出来ていない。
それでも、街を魔物から守っていることで、少しは役に立っていると思っていた。
「いくら頑張っても、冒険者と同じなら冒険者にお願いします。私たちが求めているのは、本物の聖女様なのです」
「わ、私も……」
「貴女ではありません」
「っ……」
ああ、苦しい。
拒絶されることは、こんなにも苦しいことだったのか。
いいや、わかっていたはずだ。
聖女なのに癒す力を持たず、戦うことしか出来なかった私は、貴族の実家でも腫物のように扱われていた。
それが嫌で、変わりたくて家を出たのに……
結局私は、何も変わっていなかった。
◇◇◇
翌日の朝、私は言われた通りに教会を去った。
見送りには誰も来なかった。
荷物を背負った私とすれ違う人は、会釈すらせず素通りしていく。
もはや他人以下の扱い。
視界にすら入れてもらえない。
知らなかった。
本当に気づいていなかった。
私はこの街で、最初から浮いた存在だったということを。
街を出た後は、森の中にある街道をまっすぐ歩く。
しばらく進んで、空を見上げて呟く。
「これからどうするか」
考えていない。
いや、考えても浮かばない。
帰る家はなく、行く当てもない。
頼れる友人もいない私は、文字通りの一人ぼっちだ。
思えば一人になるのは久しぶりだ。
最近はいつもロイドが一緒にいてくれたから。
今はもういないけど……
「雨?」
違う。
私の瞳が泣いているんだ。
ロイドとは通じ合っていると思っていた。
でも、そう思っているのは私だけだったんだ。
癒しの力があったら違ったのかな?
もっと女の子らしくなれたら、逃げられずに済んだのかな?
今の私だから駄目なのかな?
考えれば考えるほど悲しくなって、涙がこぼれ落ちる。
私だって好きでこうなったわけじゃない。
戦うことしか出来なかったから戦って、少しでも役に立とうとした。
それ以外に方法はなかった。
強くならなくちゃいけなくて、女の子らしさを考える余裕もなかった。
そうじゃなくても大雑把だから、余計に男勝りになっていって。
「本当……何してるんだろうな……私は」
改めて思う。
本当は何がしたかったのか。
私がしたいことは何なのか。
たくさんある。
女の子らしくおしゃれがしたい。
可愛い服をきて、友達とお買い物がしたい。
休日はのんびり過ごしたい。
魔物の相手をしない日が、一日でもあれば嬉しい。
ちゃんと恋がしたい。
私みたいな女でも、心から好きだと言ってくれる人を見つけたい。
「……無理か」
今の私じゃ、どれも難しい夢だ。
新しい自分に生まれ変われるなら別だけど、そう簡単な話じゃないし。
せめて今の私を認めてくれる人と出会えたら……なんて、それこそ夢物語だ。
そう思っていた時、森の奥から雄叫びが聞こえた。
「今の声――魔物?」
間違いなく魔物の声だ。
しかも今の声は、獲物を見つけた時に仲間を呼ぶ声のはず。
誰かが森の中で襲われているかもしれない。
その可能性が頭をよぎった瞬間、身体は勝手に動いていた。
義理も必要もないのに。
何してるんだろ、私。
「――いた!」
大きなカバンを背負い、木の杖を持った少年がウルフの群れに襲われている。
完全に囲まれ、身動きが取れない状況のようだ。
私は聖女の力で右手に剣を生成し、少年の前へと駆け出る。
「少年! 今助けるぞ!」
「え、うわっ!」
驚いた少年を庇うように立ち、迫るウルフを斬り倒す。
一匹、二匹と絶え間なく。
次々に倒していき十数秒。
群れの半数が倒されたところで、他のウルフたちは逃げて行った。
「ふぅ、大丈夫だったか? 少年」
「……」
少年は私を見て唖然としていた。
豪快に剣を振るい、ウルフを蹴散らす姿を見せつけられたのだ。
しかも女の私が。
驚き、目を疑っても不思議じゃない。
見た目からして私より一回りくらい離れた年だろう。
子供に見苦しい所を見せてしまったと思い、私は剣を消して言う。
「森は危険だから、街道を歩くようにしなさい。それじゃ――」
「綺麗だ」
「……え?」
「あ、あの僕はエレンって言います! 助けて頂いてありがとうございました!」
少年は深々と頭をさげお礼を口にした。
「あ、ああ、どういたしまして」
綺麗と聞こえた気がするけど、気のせいだったのか?
いやそうか。
私に綺麗なんて言葉は似合わないし。
「綺麗なお姉さん!」
「な、綺麗?」
聞き間違いじゃなかった!?
「わ、私のことを言っているのか?」
「はい! とっても綺麗だと思います。お姉さんのお名前は?」
「え、私はイリスだ」
「イリスさん! 素敵な名前ですね」
「そ、そうか?」
私は無邪気な笑顔を見せる少年に戸惑う。
綺麗とか素敵とか、そんな言葉を言われた経験がなくて、どう反応して良いのかわからない。
「あの! イリスさんは一人なんですか?」
「え、ああ」
「お連れの方とか、お付き合いしている方はいらっしゃらないんですか?」
「い、いないけど」
この少年、ものすごくグイグイくる。
何だか口説かれそうな流れだけど、気のせいだよね?
「だ、だったら! 僕とお付き合いして頂けませんか!」
「なっ……」
「一目ぼれしてしまったんです!」
「ひ、一目ぼれ?」
一目ぼれってあの一目ぼれ?
他にどの一目ぼれがあるのか知らないけど。
つまり彼は、私のことが好きになったと言っているの?
「いきなりこんなことを言うのは失礼だと思います……でも、どうしても言いたくて!」
「え、ちょっ……本気なの?」
「はい!」
純粋な眼差しを私に向ける。
これが大人の男性なら、何か裏があるんじゃないかと考えた。
だけど相手は私より若い男の子で、まだ子供だ。
裏があっての発言だとは思えない。
何より表情が本気だと訴えかけてくる。
「あの……やっぱり駄目でしょうか?」
「う……それは……」
正直、すごく嬉しい。
子供とは言え、異性から告白されたのは初めてだったから。
ロイドとの婚約も元は親同士が勝手に決めて、恋愛をして結んだ婚約じゃない。
だから余計にときめいてしまう。
これが望んでいた出会いなのだろうか。
いや、でも……
「嬉しいけど、その気持ちには答えられない」
「っ……僕が子供だからですか?」
「そうね、それもあるけど、私より弱い人とは付き合えないわ」
そう言って私は彼に背を向ける。
ごめんね少年。
気持ちはとても嬉しかったし、本当は頷きたかった。
だけど、君のように純粋な人が、一時の感情で私みたいな女と関わってしまうのは良くない。
それに大人になれば君だって、やっぱり違ったと思うはずだ。
「さようなら。もう危ない所に行っちゃだめだぞ?」
私は最後に精一杯の笑顔を見せて立ち去った。
逃げるように駆け足で。
申し訳ない気持ちと、私を好きだと言ってくれた嬉しさが入り混じり変な感覚だ。
頭がぽやぽやしてしまう。
そう。
だから、集中力を欠いていたんだ。
気付けるはずの罠に気付けなかった。
「――っ!」
木々に隠れて仕掛けられていた罠が発動し、太い丸太が私を吹き飛ばす。
そのまま木にぶつかって倒れ込む。
「い、今のは……」
「オンナダァ」
この声?
オーク?
衝撃で頭が揺さぶられてしまった。
ダメージは大したことないが、頭が揺れたことで視界が歪む。
微かにしか見えないが、オークが三体ほど近づいてくる。
「っ……くっ」
「ニンゲン、ニンゲン」
「オンナ、ウマソウダナァー」
ふら付いている所を地面に押さえつけられる。
普段なら押し返せるのに、さっきの衝撃の後で力が入らない。
オークの口から涎がたれ、私にかかる。
「ウヘア~ ウマソウオンナ」
「や、やめろ」
オークという魔物の特性は知っている。
女を好んで襲い、ひどい目に合わせることも。
こいつらが今から、私に何をしようとしているのか想像して。
「やめて……」
情けない声が出た。
涙すら出そうになった。
こんなにもあっけなく終わるものなのか。
女としても、人としても。
「誰か……」
「イタダキマース」
――助けて。
「おい」
トンッ!
叩く音と同時に寒気を感じた。
恐怖とは違う本物の寒気。
気付けばオークの身体が氷に覆われている。
「ナ、ナンダ?」
「ツメタイ」
「お前たち……何をしている?」
この声はさっきの少年?
振り向いた先に彼はいた。
迸るほどの魔力を纏い、今にも噴火しそうな怒りを表情に見せて。
まるでさっきとは別人のようだ。
少年は魔法使いだった。
この氷も彼の魔法による拘束だ。
「その人から離れろ。その人はお前たちが触れて良い人じゃない」
「ウ、ウオアアア」
オークたちが苦しみだす。
氷が表面だけでなく身体の内部に届いている。
バキバキと凍り付き、最後には砕け散る。
あっけなく。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「き、君は一体……」
「あははっ、僕こう見えて魔法使いなんですよ。修行中ではあるんですけど、ちゃんと強いです」
言葉通り強かった。
オークをあっさりと倒せるほどの強さ。
おそらくロイドよりも強い。
「だからお姉さん」
「へ……」
「もう一度、僕とのお付き合いを考えてくれませんか?」
私は呆けてしまう。
まさかこの子は、それを言うために追いかけてきたの?
断られたのに諦めず、私にもう一回告白するために。
そんなの……そんなのって。
「……と、友達からでも良いなら」
「はい!」
ずるい。
◇◇◇
イリスが不在となった街には新たな聖女が訪れた。
街の人たちは満足し、平和なひと時が過ぎる。
と、いうわけにはいかなかったようだ。
「た、大変だ! 街の近くまで魔物がきてるぞ!」
「何だと? この間まで平気だっただろう? 冒険者はどうした?」
「対応してくれてるけど間に合ってないみたいだ。何でも最近まで必要なかったから、人数が減ってるらしくて」
「何と……」
彼らは気づく。
イリスが魔物を一人で倒し続けていたことが、街の平和につながっていたこと。
それによって楽をしている人がいたことを。
彼女がいなくなったことで、そのつけが回ってきたのだ。
「く、来るぞ!」
「逃げろおおおおおおおおおおおお」
とはいえ気付いたところで……
もう、手遅れである。
頑張る聖女シリーズ第二弾です!
少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたなら嬉しいです。
ページ下部の☆☆☆☆☆で評価して頂けるともっと嬉しいです!
明日の同時刻(12時)にシリーズ第二弾投稿予定です!
タイトルはこちら
『ハリボテ聖女は逃げ出したい ~聖女になりたくない姉の身代わりで聖女のふりをし続けていますが、そろそろバレそうで心配です。バレて追い出されないように頑張らないと……~』
ページ下部にリンクを用意しますので
ぜひとも読んでください!