朝の愛殺も忘れずに
「じゃあ、行ってくるねフーショー」
「いってらっしゃーい」
高校三年生になって、はや2ヶ月。私、新字己読は今日も玄関を出る。家の中では、パーカーの少女が手を振って送り出してくれている。
彼女はフーショー、10才。色々あって拾ってきた孤児で、今は同棲している。小学校に通わせたいと思ってはいるものの、金銭的問題と彼女自身の固い意志により、絶賛内職中だ。断じてニートではない。
「あ、血が飲みたい。キスしよフーショー、舌入れるやつ」
「唐突だねお姉さん、夜だけじゃ足りなくなった?ボクだって恥くらいあるんだけど」
ジト目のフーショーが、玄関先に歩いてくる。
私は別に、吸血鬼だとかヴァンパイアだとかじゃないし、日の下も堂々と歩ける。
では、何故私が血を欲するのか。
「まったく、サイコパスも大変だね。朝だから服汚さないでね。はむ」
「あむ……ん……」
『──ぶちゅ』
口内に滑り込むフーショーの舌に、犬歯を突き立てる。とろーりと、なめらかな甘い血が私の舌に流れてくる。
そう。私はサイコパス。殺意と暴力に、微塵の罪も感じないどころか、快感さえ覚える狂人。狂いきった精神はやがて、私を血肉に飢えるカニバルへと昇華させた。
「あう……♡もっと、強く……♡」
対してフーショーは、いくら傷付こうが死なない、むしろ快楽に変換する、不死身のバケモノ。その性質から、貪欲なマゾヒズムを内包しているド変態でもある。
私とフーショーが住を共有しているのは、向こうからすれば利害の一致に過ぎない。フーショーというのも私が勝手に付けた名前で、『不朽』、中国語で不死身という意味のつまらない名だ。……私は可愛いから気に入っているが。
『ぐちゅ、ぶちゅり』
「ふへ……!」
ビクビクと脈打つ舌を、一息に噛み千切る。ジュースサーバーのように溢れるたっぷりの血液が、私の喉と心を潤す。惚けるフーショーの瞳に、嗜虐心がくすぐられる。
「んん!?っぁ!?」
フーショーの喉奥まで舌を詰め、片手で彼女の後頭部を抱き、片手で彼女の鼻をつまむ。当然呼吸不能になったフーショーが、音無き声でもがき苦しむ。ああ、この支配を感じる瞬間こそが心地いい。
しばらくその様子を愛でていると、酸欠で痙攣を起こし始めた。小さく震えたと思えば、時折大きく身体が弾む。私が支える手を離さないかぎり、フーショーはずっと呼吸が出来ない。なんという優越感。
「っぉ!っぅ……」
そろそろ限界のようだ。さすがに可哀想だから解放してあげることにした。頭を支える手を緩める。
「……っはぁ──かはっ!?」
「延長戦だよフーショー。ガンバレ♡」
気が緩んだ一瞬、彼女のお腹に膝蹴りをぶちこむ。腸が潰れ、肺の空気が吐き出された挙げ句、蹴られた衝撃で倒れこみ、後頭部を強打する少女の身体。ゴンッ、と鈍い音が響く。
「ケホッ……!ひどい、よ、おねえ、さん……♡」
フーショーが血混じりの涎を垂らし、地べたを這う姿は惨めなもので、さらに虐めたくなってくる。残念なことに登校時間が迫っている為、続きは夜にしよう。
「スッキリした……♪ごちそうさま、今度こそ行ってくるね」
「え?ボク、放置……?い、いって、らっしゃい……♡」
震える手で、私をなんとか見送るフーショー。数分後には立ち直っていることだろう。特に心配するようなことでもない。
さてと。今日はどんな凶器を買って帰ろうか。
彼女の舌の切れ端を、グミのように噛みながら歩いた。