思い出の少年
最初の頃は一人で外の世界へ行く事が怖くてお屋敷の周りに居たのだけれど、脱走に慣れていくうちに少しずつ街の方へと行く様になった。
そんな生活が2年程続いたある日、私はとうとう下町の方まで行ってみたのだが。
「へえ、下町ってこんな感じかぁ」
下町は危ないだの何だのと聞いていたが、一見人が多くて活気づいて見える。
「何も特に危なくなさそ……ん?」
もう日も暮れてきてそろそろ屋敷に帰ろうとした時に、とある男性が民家の周りをウロウロしていた。
かと思えば、何処かへ行ってしまった。
「何だったんだろ? あのおじさん」
まあいいやと帰ろうとするも、何となく嫌な気配がした。
誰かに見られてる様な視線を感じる。
バッと後ろを振り返るもそこには誰も居ない。
「気のせいか?」
まあ、いいや、早く帰ろう。
暗くなったら危ない気がする。
すると、後ろから急に腕を掴まれた。
「っな!」
「おいおい坊ちゃん、良さそうな物着てるじゃねーか、俺今金に困っててねえ?」
そう言われるや否や私は即座に抱き抱えられた。
そしてすぐ様路地の方へと男は走り出す。
「離して! 離せ!」
「おいおい暴れんじゃねーよ!
おめーの父ちゃん母ちゃんから金ふんだくれるだけふんだくって、おめーは売り飛ばしてやっからさ」
売り飛ばす? 冗談じゃない!
私は男の腕を強く握りしめた。
「い、いだだだ! 痛ってぇなこのクソガキ!」
男は咄嗟に私の事を手放した。
私はすぐ様地面に着地して走り出す。
「あっ! てめぇ逃げんじゃねぇ!」
しかし困った。私は土地勘がまるでない為、どこに行けばいいか分からない。
路地を取り敢えず走っていると、とある港に出た。
「あっ!」
「はぁはぁ、残念だったなぁ? 坊主。
てめーの事をこの船に積んでやっからよぉ!」
その男の声とともに、他に2人ほど大人の男がこちらに向かって駆けつけてきた。
どうやらここはこの男のアジトで、駆けつけた男達はこの男の仲間らしい。
しまった。逃げる方向を間違えた。
このままではまずい。
「はぁ、このままじゃ夕食に間に合わない」
「はぁ? 何呑気に夕食の時間なんか気にしてんだよ!」
そう言って男が3人別方向から同時に私を押さえ込もうと走ってきたので、それをすんでのところで躱す。
「なっ!」
男達は勢いよくぶつかり合った。
その隙に私は元来た路地の方へと走り出す。
「てめーこのガキふざけやがって!」
まだ諦めていないのか、大人達がまだ追いかけてくる。
「しっつこいなぁ! もう!」
私は取り敢えず近場にあったドラム缶を投げ飛ばした。
「え!? ちょっ!? あぁ!」
ガシャーンっと勢い良くドラム缶が男達に当たる。
「なっ! いってぇ!」
「おい! 何事だ!?」
するとちょうど良くパトロール中だったらしい警察官が物音を聞きつけてやってきた。
「あの人達誘拐犯です!」
「何だと!?」
私が即座にドラム缶に当たって倒れている男達を指差して言うと警察官はすぐ様増援を呼んで男達の元へと向かった。
「お前たちだな? 指名手配されていた人攫いのグループは!」
「クソッ! こんな時にサツが来るなんて!」
「というか何なんだよあのガキッ! 悪魔かよっ!」
こうしてあえなく男達は逮捕された。
「君大丈夫かい? 怪我はないかい?」
「あ、はい、大丈夫、です」
それから増援で駆けつけた警察もやって来た。
「子供の方は無事か!?」
「それより犯人の方が割と重症だ」
「え!? 何で!?」
「分からん」
そんな警察のやり取りを聞いて私は苦笑いする。
ちょっとやり過ぎちゃったかもしれない……。
これだけ騒ぎにするつもりは無かったのだが、まあ悪い奴らが捕まって取り敢えず一安心する。
「このドラム缶は……?」
「あのガキが投げて来たんだよ!」
「いくら空とはいえ子供の力でドラム缶なんて投げられる訳ないだろ」
「いや本当なんだって!」
どうやら私がドラム缶を投げた事は信じられていない様だ。
そんな騒ぎの中、警察の一人がこんな事を口にした。
「しかし、この人攫いグループ、4人組じゃなかったか?」
「そうするともう一人何処かにいるのか?」
4人組? 後一人……。
それを聞いて、私は民家をうろついていた怪しいおじさんの事を思い出した。
「あの、もしかしたらもう一人見たかもしれないです……」
「本当かい!?」
私は、そのおじさんの事を話した。
「もしかしたらその家の子供を狙っているのかも」
「すぐに向かおう!」
こうして私はそのおじさんがうろついていた家の所まで警察官を案内する事になった。
向かってる途中、1人の警察官にそういえば、と尋ねられる。
「ところで、君はこんな夜に1人でどうしたんだい? ご家族は?」
「あ、えーと、まあ道に迷ったというか……」
流石に家を脱走しましたなんて言えない。
「そうか、じゃあ君のお家に連絡しないとね」
「あー、はぃ……」
出来ればこっそり帰りたかったのだが、ここまで大事になったらそうもいかない。
おじさんがうろついていた家に着くと、そこに先程のおじさんは居なかった。
「誰もいない……のか?」
すると、一人の警察官が玄関のドアが数ミリ開いてる事に気付く。
「おい、ドアの鍵が開いてるぞ」
「本当だ、不用心だな。注意しておくか。
すみません! 誰か居ますか?」
そう警察官がドアをノックするも、反応がない。
「開けますよ? 失礼します……。
誰も、居ない?」
「まさか、もう既に攫われた後では!?」
「鍵をかけ忘れて外に出ただけかもしれんが、怪しい男の目撃情報もあるし、念の為辺りを調べに行くか。
もし攫った後なら、あの港の方へと抜ける路地へと行った筈だ」
「よし! 俺達は路地へと向かう。
お前はそちらの子供とここで待機だ」
「はい! 畏まりました!」
それから複数の警察官が路地の方へと走っていった。
「さて、じゃあ君の名前と連絡先を教えてくれるかい?」
そう警察官に優しく尋ねられ、仕方なく私は観念する。
「エマ・ハワードです……」
「え? もしかしてハワード家のお嬢ちゃん?」
警察官は一瞬びっくりした様な顔をする。
「そうか、身なりが良さそうな格好をしていたから貴族の子だとは思っていたけれど、女の子だったんだね、怖かっただろう?
良く頑張ったね」
そうぽんぽんと頭を撫でられた。
その時、ポロポロと涙が溢れた。
頑張って虚勢を張っていたが、実の所本当は怖かったのだ。
「うぅっ、うっ……」
「よしよし、警察署に戻ったらすぐ親御さんに連絡するからね」
「は、はいぃ……」
そうして私はひとしきり泣いた。
しばらくして、先程の警察官達が私と同い年くらいの女の子と一緒に帰ってきた。
その女の子はこちらにやって来ると、頭を下げてお礼を言ってきた。
「あの! ありがとうございました!」
そうして女の子は顔を上げる。
その顔は何とも可愛らしかった。
私はその自分には無い可愛さに思わずドキッとした。
本当はその女の子の顔をもっと見たかったのだが、泣いた後の顔を見られたくなくてそっぽを向いてしまった。
「怪しいおじさんが居たから警察に言っただけだから」
そう私はぶっきらぼうに答える。
「それじゃあ行こうか」
「あ、待って」
警察官に連れて行かれそうになったが、私はどうしても女の子に訊きたい事があった。
この子は、下町で生活する事をどう思ってるんだろう?
こんな風に誘拐されそうになったり嫌じゃないのだろうか?
色々と疑問が湧き上がってくる。
「ねぇ、あなたは今の生活が嫌じゃないの?
逃げ出したいとか思わないの?」
「え? えっと……辛い事もあるけど、でも、辛い事だけじゃないから、平気だよ!」
そう女の子は無理矢理笑う。
その顔を見て、私は自分がしている事が恥ずかしく思えた。
私は、危険の無い家でぬくぬくと生活していて、それに不満を抱いて我が儘ばかり言っていた。
でもこの女の子は、この環境の中でもきっと色々と我慢して頑張って生きてるんだ。
……それなのに自分は。
「さ、行こうか」
私は警察官に手を引かれて歩き出す。
「ごめんなさい、本当は、私、お家が嫌で脱走しちゃったの」
「え? そうなのかい?」
「私、我が儘ばっかりで、それに、マナーレッスンや勉強が嫌で逃げてばっかりで……!」
私はそれからまた泣き出してしまい、警察署に着いて父が迎えに来るまでずっと泣いていた。
父は怒らなかった。その代わり、私の事を抱きしめてくれた。
「お父様、怒らないの?」
「勿論怒ってるよ。でもその前に、お前が無事で良かった。
いいかいエマ、お父様は何に怒っていると思う?」
「私がワガママだから?」
「いいや、違うよ。
エマが心配だったから、怒っているんだ。
エマに何かあったらと思うとお父様も、お屋敷のみんなも心配するんだ。
マナーレッスンや勉強も、エマが将来心配にならない様にやっているんだよ」
「ごめんなさい、お父様。
私、もう逃げ出したりしない!
嫌な事も頑張ってみる!」
「そうか、よし! じゃあお屋敷に帰ろうか」
「うん!」
「……という事があって、それから私はその下町の女の子に恥じない様に色々と頑張ったの♡
今思えばあれが一目惚れだったのかしら?
その子がオリヴィアちゃんに似ててね、それで私オリヴィアちゃんと仲良くなりたいなって思ったの!」
「えーと、これはつまり……」
私は頭の中で整理する。
エマがノアの服を着て、その茶髪のウィッグを被って、誘拐犯を通報した……。
「あの時の少年、あんただったの!?」
「え?
え、まさかあの時の女の子本当にオリヴィアちゃん!?」
衝撃の新事実が発覚した。
思い出の少年のネタバラシです。やっと書けました。
まさか20万文字も使うとは予想してなかったです。
ずっと書きたかったので満足です。
でもまだ書きたい事が沢山あるので続きます〜。
読んで下さりありがとうございます。
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