カッコいい
「しかしエマにああ言われた手前、みんなに訊くのもちょっとやり辛いわよね……」
オリヴィアはエマの部屋を出た後、とぼとぼと廊下を歩きながら悩んでいた。
エマからは訊き込み頑張ってねと言われたが、なんというか罪悪感がある。
気にしなければ良いだけの話かもしれないが。
「というか、ノアの奴読書苦手って言っておきながら、昔は本を読んでたってどういう事?」
「ただの勉強の一環だけど?」
私は返ってくる筈のない返事が後ろから来たのでバッと後ろを振り向く。
するとそこには案の定ノアが立っていた。
「な、何でここに!?」
「いや、屋敷内の何処に俺が居ても俺の勝手でしょ?」
それは確かに、と私は納得する。
「そうそう、エマ姉さんから何か無理難題言われなかった?
適当に言い訳したらオリヴィア姉様のとこに飛び火しちゃったと思うんだけど」
ノアはにこやかにまるで悪気なくそう質問する。
「あんたのせいで一緒に王室行きたいって言われて焦ったわよ。
吐くならもっとマシな嘘を吐いてよね」
「あはは、ごめんね?」
私が呆れるもしかしノアは対して気にしてないかの様に軽く謝る。
「そんな事より、今度は俺の事周りから訊き回ってるの?」
「……まだ訊き回ってないわよ。
それより、勉強の一環って?」
私は話を変えようとさっきの返事を訊き返す。
「それは、俺は次男だから、ルーカス兄さんみたいに父親の跡を継ぐ訳でも、エマ姉さんの様にいつか何処かに嫁ぐとかも無いし、ある程度勉強して知識を身につけたかったんだよね。
何処に行ってもある程度大丈夫な様に」
「へぇ、あんたがそんな将来の事考えてたなんて、ちょっと意外」
私が素直にそう話すと、ノアは少しムッと頬を膨らませる。
「俺だって色々と考えてるよ。
オリヴィア姉様がもし下町でまた暮らしたいと言い出した時の為に、下町で出来る商売とかも考えてるし」
「ちょっと待て。
何で私が下町で暮らす事になった場合あんたも着いて来る前提なのよ?」
すかさず突っ込むと、ノアはニコニコと笑いながら答える。
「そりゃあ、オリヴィア姉様と結婚したらそうなるかなー、と思って♡」
「それあんたと結婚した場合にしか通じなくない?」
「因みにオリヴィア姉様がもし他の男と結婚して出て行ったら義理の弟として一緒に着いて行きます」
「いやそこは着いてくんな。普通に考えておかしいでしょ」
「やだなー冗談だよ♪」
笑いながらノアはそう言うが、なんとも冗談だとは思い辛い。
本当に着いてきそうで怖いのだが。
「はあ、まあいいわ。
じゃああんたは読書が好きな訳ではないのね?」
「まあ、そこまで好きではないかな」
「そう、分かったわ。それじゃあ」
私は取り敢えず事実確認だけしてその場を去った。
「うーん、読書が好きなら前に言っていたシャーロック・ホームズの本で良いかなと思ったんだけど」
そしてあわよくば自分も借りて読もうかと思ったのだが。
「まあ流石に自分の欲しい物をあげるのもダメよね。そうなるとやっぱり訊き込みが一番手っ取り早いか……」
そう思い翌日、聞き込みを再開したのだが。
「ノア様の好きなもの?
うーん庭園によくいらっしゃるのでお花とか?」
「ノア様の好みですか……。
他のご兄弟と違ってノア様はあんまり好き嫌いを言いませんからねぇ」
「よく絵を描いていますから、絵を描く事が好きだと思いますよ?」
使用人達に訊いてみても、エマの時と違ってみんなどうにも歯切れが悪い。
というかあいつみんなの前では性格を偽っているし、好き嫌いももしかして偽ってるとか?
その可能性は大いにあり得るな。
「はぁ、エマより難しいじゃない。
取り敢えずルーカスにも訊いてみよう……」
私はルーカスの部屋を訪れるも、どうやら居ない様だった。
「あ、この時間はもしかして稽古かしら」
時間的にはあと30分程で終わるだろう。
終わって帰ってくるのを待っててもいいのだが。
「稽古ってどんな感じなんだろう?
ちょっと覗いてみようかしら」
私は興味本位でルーカスの剣術の稽古を見てみる事にした。
稽古室に行ってみると、部屋からドタバタとややうるさい音が聞こえてきた。
そういえば、屋敷のこちら側には来るのは初めてだっけ?
因みに稽古室は屋敷の右端の方にある為、これまでそちら側に特に用も無かった私はここまで来る事は無かったのだ。
私はドアの小窓からチラリと中を窺ってみる。
するとそこには真剣な目つきで稽古しているルーカスの姿が見えた。
(何だか、普段と違って凄い迫力があるな……)
普段は物腰柔らかいというか、クールっぽい見た目と残念な中身が相まって頼りなく見えたりするが、剣を振るってる時のルーカスはいつもと違って近寄り難い雰囲気がありつつもカッコよさが段違いに跳ね上がっている。
ルーカスってあんな顔も出来たんだ。
そう思わず感心してしまう。
きっとこれをシーラが見たらカッコ良さのあまり倒れるかもしれない。
それと、流石段位がどうのとか言われていただけあって、大分動きに無駄がないというか、素人目線から見ても凄い動きにキレがある。
純粋に見てて凄いなと圧倒される。
何というか、動きが綺麗で見ていて飽きない。
こうして覗き見ている間に稽古は終わった。
「お疲れ様でした。ありがとうございました」
そうお礼を言ってタオルで汗を拭いながらルーカスは部屋から出てきた。
「あ、ルーカス、お疲れ様」
「え? オリヴィア様!?
何故ここに!?」
ルーカスはびっくりした顔をする。
「ルーカスに訊きたい事があって部屋を訪ねても居なかったから、稽古中かなと思ってね」
「ああ、そうだったんですか。
……まさか、稽古中見てたりとかしてませんよね?」
「最後の20分くらいは見てたけど?」
私が見てたと答えると、ルーカスは顔を真っ赤にする。
「見られてたのか!? は、恥ずかしい!!」
「別に恥ずかしがる事ないでしょ?
カッコよかったわよ」
私が正直に感想を述べると、更にルーカスの顔が赤くなっていく。
「カッコよかった!? 本当ですか!?」
「ここで嘘吐いてどうすんのよ。
正直驚いたわ。ルーカスって凄いのね」
「そ、そんなに褒めて貰えるなんて!
嬉しいです!!」
ルーカスは満面の笑みで喜びを伝えてくる。
これがさっきまで真剣な表情で剣を振るってた人と同一人物だと思えないくらいの変わり様だ。
「すっかりいつものルーカスに戻ったわね」
「え? いつもの俺?」
ルーカスはキョトンとした顔で訊き返してくる。
「稽古中の時顔つきがいつもとまるで違ってたから。
そんな顔も出来るんだなぁ~って思っただけよ」
「そんなにいつもと違います?」
「ええ、まるで別人みたいだった」
私がそう答えると、ルーカスは恐る恐る尋ねてきた。
「その、いつもの俺と稽古中の俺、どっちが良いですか?」
「は? どっちが良いとは?」
私は質問の意図が分からずに訊き返す。
「だから、その、どっちの俺の方が好きなのかな、と」
「どっちが好きかなんて訊かれても、どっちもルーカスでしょ?
選ぶ必要がないんじゃない?」
「いや、まあどっちも俺ではあるんですけど、もし稽古中の俺が好きなら、普段から真剣な表情をしていようと思って」
私はそれを聞いて想像してみた。
ルーカスが常に真剣な表情をしている……。
「いや、無理でしょ」
「え!?」
「ルーカスが常にあんな感じを日頃からキープ出来ると思えない。絶対どっかでボロが出るから、やめときなさい?」
「そ、そこまではっきりと……。
まあしかし、俺も流石に四六時中ずっと集中しているのはきついが」
「ほら、そうでしょう?」
私がそう言うと、ルーカスはシュンとする。
「折角カッコいいと言われたから、オリヴィア様の前ではずっとカッコいい姿でいたいのに……」
「別に無理してカッコよく見せなくても、十分普段から顔はカッコいいわよ?
それに、いつものルーカスの方が見慣れてるし話しやすいから、無理して変える必要もないと思うけど?
まあそれでも変えたいなら好きにしたらいいと思うけど」
残念だがルーカスはノアの様に性格を使い分けられる程器用ではないと思う。
しかし、ルーカスは私の言葉を聞いて笑顔になった。
「オリヴィア様! 俺って話しやすいんですか!?」
「あの真剣な表情をしてる時よりは話しやすいってだけよ」
流石に稽古中の様にあの鋭い目つきをされたら、カッコいいとはいえ誰だって話しかけ辛いと思う。
「そうなのか……。
あ、オリヴィア様すみません、そういえば質問があるって、急ぎか何かですか?
これから着替えに部屋に戻るので」
ルーカスは申し訳なさそうにそう尋ねてきた。
因みに稽古は稽古用の服を着ているうえ、汗もかいているので当たり前だが早く着替えたいのだろう。
「別にそこまで急ぎではないけど、それなら今部屋に戻りながら質問しても構わないかしら?」
「それはオリヴィア様が大丈夫なら俺は一向に構いません」
ルーカスが快く承諾してくれた為、私とルーカスはルーカスの部屋の方へと歩き出した。
それから私は質問しようと歩きながら口を開く。
「それで質問っていうのは、その、ノアの誕生日プレゼントをどうしようか悩んでて」
「ああ、そういえばプレゼントを渡す相談をしてエマが泣いたとか言ってましたね?
一応あの後エマは普段通りだったけど、仲直りは出来た様で良かった」
ルーカスは微笑みながらポンと私の頭を撫でる。
何だか子供扱いされている様な……?
「仲直りって言っても喧嘩した訳じゃないけど、まあそうね」
あの後、エマは普段通りに振る舞っていた。
多分、まだ無理はしてるかもしれないが、今のところはそのおかげでいつも通りの関係に戻った感じである。
「それは良かった。
あ、ノアの誕生日プレゼントなら、そうだなぁ。
オリヴィア様、多分あいつ本当は猫が好きなんだと思う」
「へ? 猫?」
猫が好きって確かノアがエマに吐いた嘘だった様な……。
「実は前に一度だけ屋敷に野良猫が入り込んだ事があって、多分何かの荷物とかに紛れて入ったんだろうけど。
その時ノアがいち早くその猫を捕まえててな。
何というか、猫をあやすのが上手で、猫が好きなのか? って訊いたら、普通ですよって返されたんだが、多分猫が好きなんだろうなと思うんだ」
「えーと、その猫って、因みにどんな猫?」
私の考えが正しければ、恐らくその猫はオスカーだと思う。
「チラッとしか見ていないが、黒猫で、後珍しく尻尾が二股に分かれていたな」
多分、絶対オスカーだ。
だとしたらノアがいち早く猫を捕まえた事にも納得がいく。
恐らく屋敷の中にまでオスカーが入ってしまったから確保したのだろう。
「成る程ね、分かったわ」
「後それから、ノアは甘い物が好きだな」
「そうなのね、ありがとう」
私はルーカスに礼を言った。
「いえいえ、後、オリヴィア様。
もしまた稽古を見学したくなったら、その、いつでも待ってるので!」
ルーカスは顔を赤らめつつもそう宣言した。
「まあ、暇な時に気が向いたらね」
オリヴィアはそう言って去っていった。
「……よし! 今後も稽古頑張るぞ!」
ルーカスはカッコいいと言われたのが嬉しかったらしく、俄然やる気に満ち溢れていた。
ルーカスは残念ながら某漫画の様に全集中の呼吸は会得していません。
本当はもっとサクッとノアの誕生日回をやる予定だったのに、どうしても色々と内容を書き足してどんどんボリューミーに……すみません、脱線するのが好きなんです。
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