忘却とプレゼント
「しかし、これで事件の謎は解けたけど……」
屋敷に戻った後、ノアと私は庭園に来ていた。
それから向かい合ってガーデンチェアに腰掛ける。
「そうね、ノアはこれで満足かしら?」
私の問いにノアは少し嫌そうな顔をするも、最後には諦めた様に話し出す。
「まあ、納得はしたよ。
本当は馬車に乗っていた貴族にどんな気持ちか尋ねたかったけど、死んでるんじゃあ何も訊けないし。
御者だってクビになってるだろうから追えないしね」
「そうね」
私はノアの言葉を聞いて少し安心する。
これでもし御者まで探すとか言い出したらどうしようかと思った。
「まあ、誕生日までに事件の事が分かったし、これでスッキリした気持ちで14歳になれるよ」
「そう……ん?」
そういえば、今日は何日だっけ?
確か、15日だった筈。
あれ? という事は……。
ノアの誕生日まで後3日しかない!?
(やばい……事件の事で頭いっぱいですっかりノアの誕生日忘れていた……!
どうしよう、後3日でプレゼント用意するって結構キツいのでは!?)
私の焦りがノアにも伝わったのか、こちらをジッと見てくる。
「オリヴィア姉様、もしかして、俺の誕生日忘れてた?」
「へっ!?
な、何言ってるのよ? 憶えてるわよそんなの」
流石に本人を目の前に忘れていただなんて言える訳がない。
「俺、別に誕生日プレゼント要らないよ?」
「え? 要らない?」
ノアの言葉が信じられず私は咄嗟に訊き返す。
あのノアがプレゼントを欲しがらないなんて。
いや、待てよ?
「あ、もしかして、その代わりにとか言ってまた変な要求する気でしょ?」
ノアの事だ。絶対裏があるに違いない。
しかし、意外にもノアは首を横に振った。
「ないない。そんなの要求しても無駄なのは分かってるし」
「え? じゃあ何で!?
いの一番にプレゼント貰いたがるあんたが何で!?」
私は驚きながらノアに尋ねると、ノアは溜め息を吐きつつ答えた。
「はあ、俺ってそんな風に見られてるの?
まあプレゼントは欲しいけど。
でも今回俺の我が儘にだいぶ付き合わせちゃったし、それに、2人で下町に行って色々と調べたのは楽しかったし。
だから、今回はそれでチャラでも構わないよ」
ノアはどうやら本気で言っているらしい。
ただ、それだと私の気が収まらない。
「いや、やっぱりプレゼントは用意するわ」
「そんな、無理しなくても」
「だって、私は誕生日プレゼント貰っているのに、返さないのはやっぱり気が引けるし、それに、事件の事は私も調べたくてやった事だから、それでチャラにはしたくないのよ」
そう私が言い切ると、ノアはククッと少し笑う。
「本当律儀だよね?
くれるっていうなら俺、期待しちゃうよ?」
「ごめんだけどそこは時間が無いからぶっちゃけ期待はしないで欲しい」
「そういう所だけ本当正直だよねオリヴィア姉様って」
流石に変にハードルを上げられると困るので私は取り敢えず保険をかけておく。
「そうと決まればあんたとこうして喋ってる訳にもいかないし、それじゃあ!」
それだけ言い残してオリヴィアは足早に去っていった。
そして庭園にはノアだけが取り残された。
「行っちゃった……。
もうちょっとお喋りしてたかったんだけど、まあいいか」
しかし一体何をくれるのだろうか?
「楽しみだなぁ」
「キ、キャアアアァァッ!!」
オリヴィア姉様からの誕生日プレゼントを想像していると、庭園入り口の方から甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「え、何事?」
取り敢えず入り口の方を見に行くと、そこには尻餅をついて震えているエマ姉さんの姿があった。
「ノ、ノアッ! 助けて!!
む、虫がっ!!」
「虫?」
ふとエマ姉さんの指差す方を見ると、小さなダンゴムシがとことこと歩いていた。
「エマ姉さん、これただのダンゴムシですよ。噛みつきも飛びもしないから放っといて大丈夫です」
「いやだ! 姿が見えるだけでムリ!!」
エマ姉さんは血相を変えながら顔をブンブンと横に振る。
なら何で庭園に入ってきたんだろう?
「なら庭園を出ましょう?」
俺はそう言ってエマ姉さんの手を引っ張って立ち上がらせた。
エマ姉さんは立ち上がるやいなや俺の腕にギュッとしがみついてきた。
しかし恐怖のせいかめちゃくちゃ力が入ってて痛い。何やらミシミシと骨が軋む音がする。
「エマ姉さん、痛いです」
「しょうがないじゃない! 本当に怖いのよ!?」
こうして俺は腕を握られたまま庭園を出た。
腕を握られていたのはほんの少しの間なのに、見るとそこにはがっつりと赤い手形が残っている。
……もうちょっと長く腕を握られていたらヤバかったかもしれない。
ノアは少し怖くなった。
「助かったわ! ありがとうノア!」
そんな俺の恐怖心に気づく事なく、エマ姉さんは満面の笑みでお礼を言ってきた。
「はぁ、何で庭園に入ってきたんですか?」
ノアはズキズキと痛む腕をさすりながらエマに問い掛ける。
「だって、最近ノアとオリヴィアちゃんの2人で行動してる事が多いし、シャーロットがノアとオリヴィアちゃんが2人で庭園に入るのを見たって言ってたから、怪しいなと思って様子を見ようと思って……」
因みにシャーロットとはエマの侍女である。
「つまり、僕とオリヴィア姉様の仲を疑って覗き見しようとしてた訳ですか?」
「覗き見だなんてはしたない事言わないでよ! 私はただ陰から様子を窺おうとしただけよ!」
つまりそれは覗き見だと思うのだが。
「というか、何か最近2人でこそこそと怪しいもの!
あっ! まさか……オリヴィアちゃんの秘密とか弱みを握って脅したりとかしてないでしょうね!?」
「その場合僕相当なゲス野郎じゃないですか」
いくら何でも偏見が酷い。
「だって、そうじゃないとあの警戒心強めのオリヴィアちゃんと2人きりでお出かけしたりお喋りしたり……それとも、本気で2人とも付き合ってたりとかしてないわよね!?
してないわよね!?」
エマは涙目になりながら必死に問い掛けてくる。
「残念ながら付き合ってませんよ」
「良かったぁ~! ならまだ私にもチャンスがあるわね!」
ノアが答えると、エマはニッコリと破顔しながらそう言った。
それからエマはそう言えば、とまた別の話題を話し始める。
「今回ノアは何で王子に呼ばれたの?
一体何を話したの?」
「え? ああ、それは……実は僕も王子が飼っている猫を見たいって頼んだらOKしてくれたんですよね」
「え? ノアから頼んだの?
猫を見たくて?」
「はい」
エマは驚いた様にノアを見やると、ノアは笑顔で返事をした。
「ノアって猫そんなに好きだったっけ?」
「普通に好きですよ?」
ニコニコと答えるノアを見ながらエマは考える。
今までノアが猫好きなんて話聞いた事ないし、もしかしてオリヴィアちゃんと一緒に猫が見たかっただけでは?
「はっ! さてはオリヴィアちゃんが猫と戯れている所を見たかっただけでしょ!?」
「さあ、どうですかね?」
「ズルいわ! 私もオリヴィアちゃんと一緒に猫見たい!
こうなったらオリヴィアちゃんに頼み込んでくる!」
そう言い残してエマはダッシュでオリヴィアの部屋へと向かっていった。
「あー、行っちゃったか。
オリヴィア姉様に悪い事しちゃったかな……。
まあ、何とかしてくれるでしょう」
一人残されたノアは特に悪気なくそう呟いた。
作者もノアの誕生日を一瞬忘れてました。
一先ず馬車の件は一旦終了でまた日常回に戻ります。
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