お願いがあります。
「もう3月かぁ」
オリヴィアは部屋で1人そう呟く。
すっかり雪も降らなくなったが、しかしまだまだ外は寒い為春はしばらく先になりそうだ。
「来月でここに来てもう1年かぁ……」
私は窓から見える空を見上げながらハワード家に来た時の事を思い出す。
最初の頃は正直こんなところ早く出て行きたいと思っていた。
得体の知れない他人との同居生活なんて、恐ろしくて堪らない。
きっと私は下町から来た卑しい子と嘲られるだろうと思っていたのだが。
しかしこの屋敷の人は誰一人として私の事を虐めてなどこなかった。
それどころか優しくされてばかりで。
「もしここから裏切られたらもう二度と人なんて信じられなくなりそう」
そんな事ないと思いたい。
そう信じたいという気持ちがある時点で、大分私も絆されたなと思う。
「そういえば今月がノアの誕生日なんだっけ?」
先月みんなから色々とプレゼントを貰ったし、お返しはなるべくきちんとしたい。
ノアの事だから何か要求してきそうな気がするが……。
すると、ドアがコンコンとノックされた。
「オリヴィアお姉様、居ますか?」
噂をしたら何とやら、である。
私はドアを開けて目の前にいるノアに尋ねる。
「何か用?」
「実は折り入ってお願いがあって……」
成る程、もう誕生日プレゼントを何が良いか頼みに来たと言うわけか。
2週間以上まだ先なのだが、手作りとかの物がいいなら確かに早めに言ってほしいではあるし。
「そう。それで、何がいいの?」
「ん? 何がって?」
私が何のプレゼントがいいのか訊き返すと、ノアはとぼけた様な顔をして更に訊き返してきた。
「いや、だから何が欲しいのって訊いてるんだけど」
「え? 何かくれるの?
それは嬉しいな。オリヴィア姉様がくれる物なら何でも嬉しいけど」
「え?」
「ん?」
何やら話が噛み合ってない様な気がする……。
「えーと、あんた、誕生日プレゼントの話をしに来た訳じゃないの?」
「え? 何で誕生日プレゼントの話?」
「いや、だって今月でしょ?」
「そうだけど、自分からプレゼントの話なんて持ちかけないよ」
えーと、これはつまり……。
私の勘違いだったという訳か。
「あー、てっきりあんたの事だから誕生日プレゼントはこれがいいとか何かしら催促に来るのかと思ってた」
「寧ろ俺は何も言わずにオリヴィア姉様が一生懸命俺の為に考えてくれたプレゼントが欲しいなと思うけど。
というか、プレゼントはくれるんだね?」
ノアはニヤニヤと笑いながら尋ねてくる。
これは完全に墓穴を掘ってしまった。
「いや、まあ、そりゃあこの前プレゼント貰ったしちゃんと返さなきゃと思うでしょ!?」
「そういうところ律儀だよね、オリヴィア姉様って」
何やらしたり顔で話されるのがムカつくが、しかし落ち度は自分にある為言い返せない。
「それはそうと、お願いって何なのよ?」
私は話題を変えようと話を振る。
「あ、そうそう。その事なんだけど、あんまり人に聞かれたくないから部屋に入っていい?」
私はそれを聞いてドアを閉めた。
「いやいや、何で閉めるの!?」
「あんたには自殺未遂やら勝手に抱きつかれたりキスされた前科があるから」
なるべく2人きりで居るのは危ないのでは? と最近思う様になったのだ。
「しないしない! 今回はしないから!」
「"今回は"って事は次はあるって事?」
「揚げ足取るのやめて!?
本当にしないから!」
ノアは何やら必死にお願いしてくる。
普段は飄々としているのが、ここまで焦るのもなんとも珍しい。
ちょっと可哀想かなと思いつつ、オリヴィアは少しだけドアを開けて隙間から質問する。
「その、人に聞かれたくないって何よ?」
「……野良猫の事だよ」
ノアは小声でそう言った。
野良猫とは、恐らくこの前話していた、あの下町の少女の事だろう。
確かに私も下町に住んでいた頃、度々少女の事を目撃しているし、何か知りたいのかもしれない。
それに、普段顔に出さないノアが、焦ったり本気でお願いしてきている辺り、恐らく本当にあの子の事を訊きたいだけなのだろう。
私はゆっくりドアを開けた。
「はぁ、仕方ないわね、上がっていいわよ」
「ありがとうございますオリヴィア姉様♪」
ノアは内心こういうところが本当に甘いんだよなぁ、とオリヴィアの事を見やる。
「それで、私に何か訊きたいって事かしら?」
「そうだね。単刀直入に言うと、野良猫を轢いた何処ぞの貴族って誰だか分かります?
知っていたら教えて欲しいんだけど」
ノアはニコニコと仮面を貼り付けた様な作り笑いでそう訊いてきた。
恐らく本心は全く笑っていないのだろう。
「残念だけどこの前の噂話は人から聞いたもので、何処までが正確かも分からないわ。私が見た訳じゃないし。
それに、ノアはそれを知ってどうするのよ?」
ノアはニコニコと作り笑いのまま答える。
「そりゃあ、もしその噂が本当なら、何処ぞの貴族さんとやらが今どんな気持ちなのか是非とも直接訊いてみたいなと思って♪」
やけに明るい口調で話しているが、恐らく怒っているのだろうなと思う。
「……直接訊いて、どうすんのよ?」
「納得いく答えならそれまでだよ。過ぎた事を今更どうにも出来ないしね?」
「もし納得いく答えじゃなかったら?」
私の問いに、ノアは一瞬表情が固まった。
「……その時は、その時次第じゃないですかぁ?」
私は、やはりあの時ノアにこの噂話をしない方が良かったかと後悔する。
かと言ってあのまま黙っていたら、あの少女の自殺を止められなかったと一生自分を責め続けていたのだろう。
それはあまりにも可哀想に思えた。
でも、だからと言って犯人を探して復讐なんて事はして欲しくない。
「私、これ以上はノアに教えられる事は何もないわ。
あの噂だって、デマかもしれないし、調べるだけ無駄だと思う。
だから、もうこの話は……」
「オリヴィア姉様は俺がちょっと仲良くなった子の為にわざわざ復讐する義理高い人に見えてるの?」
この話は終わりにしようと言いかけて、それを遮る様にノアは尋ねてきた。
「俺、あの子と友達ですらないのに、復讐なんて大それた事出来る訳ないじゃないですか~」
ニコリと、まるで冗談を言う様なノリでノアはそう話す。
その笑顔が私には、どうしても嘘を吐いている様にしか見えなかった。
「……もういいでしょ? 過ぎた事を調べた所でどうにもならない訳だし」
「そうだね。オリヴィア姉様の言う通り、今更調べても不毛な事は分かってる。
でも、せめて、こんなあやふやなまま終わらせたくないんだ。
ちゃんとした事実が知りたい。
そうじゃなきゃ、あまりにも浮かばれない」
……きっと、ノアはあの少女の事を想って言ってるのだろう。
何だか、胸の辺りがモヤモヤとする。
私だって、あの事件については大分不可解に思っているのだ。
馬車の事故というのはさほど珍しくはない。
道だって狭いし、馬だって暴れ出す事もある。
もし事故が起こった場合、大体の貴族は遺族に対して慰謝料を払って終わらせるのだが。
今回の事故は自殺として処理された。
最初は慰謝料を払いたくないからかと思っていたが、噂では確か慰謝料はきちんと支払われているらしい。
しかし、それなら普通に事故だと言って良かったのでは? と思う。
わざわざ自殺として処理したかった理由が他にある筈だ。
となると、恐らく何処の貴族がやったのかと言う事を隠したかったのだろう。
貴族側が悪ければ堂々と新聞に載せられるが、少女側が悪いとなればその轢いてしまった貴族は寧ろ被害者側の立場になる為、中々情報が載らない。
それにしても、この事件に関しては全くと言っていい程情報が出てこない。
普通なら町中で起こった事故なので目撃者も多いだろうし、多少何処の貴族かくらいは分かりそうな筈なのだが。
と言っても下町の人がみんな貴族に詳しい訳ではないから、そこは仕方ない部分でもあるか。
新聞にもあまり取り上げられなかった所を見るに、恐らく新聞記者にお金を払って敢えて伏せたとか?
そうなると遺族への慰謝料もどちらかと言うと口止め料と言った方がいいかもしれない。
その位の根回しが出来るということは、ある程度地位や財産を持っている貴族となる。
恐らく、ハワード家よりも上の位なのだろう。
情報の少なさが気になる所ではあるのだが、あまり深追いしても良いことにならなさそうな気がするのは確かである。
……。
「あんた、どうせ私が止めた所で、単独で調べるつもりなんでしょ?」
「良く分かってるね?」
やはり、ノアは最初から調べる気満々の様だ。
「そりゃあ、そうだろうなと思ったわよ。
なら、私も一緒に調べるわ」
ノアは私の言葉を聞いて驚いた顔をする。
まさかそんな事を言われるとは露ほども思わなかったのだろう。
「え? 何でオリヴィア姉様まで?」
「私だって気になるもの。
それに私がいた方が情報も集めやすいでしょ?」
下町での事ならノアより私の方が明らかに詳しいので、情報収集なら役に立てると思う。
「それはそうだし、ありがたいけど。
でも本当にいいの?」
「私はあくまで気になるだけで、その貴族に対してどうこうしようだなんて考えてないし、ちょっと調べるくらいなら危なくないでしょ?
後はあんたが変な事しでかさないかの見張りも含めて」
私がそう言うと、ノアはクククと笑う。
「オリヴィア姉様、俺の事が心配なの?」
「心配というより、面倒事起こされるのが嫌なだけよ」
「大丈夫だよ、もし面倒事起こしてもオリヴィア姉様には危害が加わらない様にするから!」
ニコニコとノアは宣言する。
それはつまり、何かあっても自分一人で済ませるつもりという事だろう。
私としては、あの噂話をしたせいでノアが危ない目に遭うというのは何とも後味が悪いので避けたいのだが。
「私に危害が加わらないとかする以前に、まず面倒事を起こさないと言って欲しいのだけれど?」
「善処します」
「おい」
やはり今からでも止めた方がいいだろうか?
しかしノアが素直に言う事を聞くわけもないし、仕方ないと私は溜め息を吐いた。
オリヴィアはよく墓穴を掘るタイプです。
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