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No.003

 ユディア、黒羊、夜空のような靄、五人組の男女、全員が静止する。

 全員が全員、状況の理解に戸惑う。

 誰が敵で誰が味方、誰を攻撃し、何を守るべきか。


 数十秒の膠着の後、ユディアと黒羊が同時に行動する。

 ユディアはバックからマスクを取り出し被る。そして、先ほどとは違う魔道拳銃を抜き、夜空のような靄に向かって引き金を引く。

 発射された弾丸が夜空のような靄に当たると空間が圧縮、靄が飲み込まれていく。


 黒羊もまた螺旋状に動きながら夜空のような靄を消滅させていく。

 悲鳴もあげる間も無く靄は消滅、この世界から姿を消した。

 時間にして五秒もなかった。短期決着という言葉が非常に似合う戦闘だった。


 しかし、これで一つ目の戦いが終わったに過ぎず、黒羊はすぐにユディアを襲う。

 軽く舌を打ち後方へ跳躍、拳銃を乱射するもやはり黒羊に効果は無い。

 先ほど使った閃光弾を再び使うが次は空間ごと光を遮断され一切の効果を得られなかった。


 そして、黒羊はユディアの寸前にまで迫る。

 あと1センチでも動けばユディアは消滅。夜空のような靄と同じ運命をたどるだろう。

 それは黒羊にとっては当たり前の出来事で、日常だ。

 ゆえに油断する。絶対的捕食者は最後まで窮鼠が猫を噛むことを知らないのだ。


 一本のナイフがユディアと黒羊の間を分かつ。

 そのナイフは黒羊の空間魔法を無力化し脳天に突き刺さる。

 頭蓋を破り、肉を断ち、心臓を両断する。


 両者がすれ違う頃には決着がついていた。

 地面には半分に割れた黒羊の死体。微かに息があるもののあと数秒の命だろう。

 実際、黒羊に体を両断されその体を再生するほどの再生能力はない。

 空間魔法が強い反面、それ以外が弱いのだ。


 俺はナイフについた赤黒い血を振り払い、振り返る。

 改めて人数を確認する。

 男が三人、女が二人。全身に大量の傷を追っていると言うところ以外は特におかしなところはないが、この森には人間に化ける魔物がごまんといる。

 この森に入って6年になるがその間に人間の姿をした魔物には何度もあったがその中に本物の人間はいなかった。


 「ありがとう。助かったよ」


 金髪の青年が話しかけてくる。

 歳は俺より年上で、二十代前半。

 爽やかな好青年という印象を受ける。


 「ああ。それより、あんたたちは何者だ?どこから来た?」

 「俺たちか?俺たちは……」


 何かが崩れ落ちる音が聞こえる。

 自然と音が聞こえた場所に視線が引き寄せられる。

 そこには顔を青くし呼吸が浅くなった癖毛の男がいた。

 杖を持った金髪の少女と錫杖を持った黒髪の女性が駆け寄る。


 「ゼイル師匠、大丈夫ですか!ゼイル師匠!」


 必死に少女が声をかけるが一切の反応がない。

 それどころか顔はさらに青白くなり、呼吸もかすかなものになっていく。

 そして、両目から血涙が流れ始め、口からも血を吐き出す。全身が痙攣し徐々に呼吸が聞こえなくなっていく。


 「なによこれ……こんな症状見たことない……」


 黒髪の女性が脈を測りながらそう呟く。

 癖毛の男の容体がさらに悪化、幻覚、幻聴の症状が現れ始める。


 「クルミの木、だ。日が落ちる。私はまだ、ここにいない。海が、登ってくる。世界が止まって、動いてる。空が落ちる。多分、ここに私僕はいないでしょう。パンを一切れください。僕はそれを求めます」


 支離滅裂な発言に周りの人間は戸惑い、恐怖する。


 「リア姉さん、治せそうですか?」

 「わからない。原因がわかれば、多少、処置はできるんだけど、毒なのかそれとも病気なのか、それすらも断定が難しい状態よ」

 「そんな……」


 金髪の少女が口を押さえる。


 「クソ!ここは一体なんなんだ!見たこともない魔物に襲われるし、ゼイルはこんなことになるし!」


 斧を持った筋肉質の男が叫ぶ。

 この人間たちは本当に迷っただけの一般人なのか?

 判断に迷う。今まであった魔物たちも完璧に人間を演じ、俺を襲ってきた。

 今回もその可能性が高い。

 しかし、この男に出ている症状は偽物ではなく本物の毒に侵されている証拠だ。


 自ら毒を取り込み俺を油断させる気か?

 だとしたら、星砕きの毒を自分から取り込み、地獄の苦しみを受けていることになる。

 魔物がそんなことをするか?

 様々な思考のあと、一つの結論を出す。

 もし、魔物ならその時点で殺せば良いだけの話だ。


 ユディアは癖毛の男に近寄り、声をかける。


 「意識はあるか?もしあるなら瞬きしてくれ」


 幻覚と幻聴の合間、かすかに正気に戻った癖毛の男が瞬きする。

 大した男だ。俺が初めてこの毒に侵された時は身動きすらできずに一人、泣き叫んでいた。


 男の体はいつの間にか赤黒く染まり、血管が異常なまでに浮き出ている。

 毒の進行が想像以上に早い。家までは持たないか。仕方がない。ここで応急処置をするとしよう。


 「少しこれから痛いことするけど、死なずに耐えてくれ」


 癖毛の男は軽く頷く。

 今さっき会ったばかりの男にそんなこと言われたら普通、恐怖し躊躇う気がするが、よく自分の命を預ける気になるな。

 少なからず俺には無理だ。


 「ちょちょちょ、ちょっと待って!君、ゼイルのこと治せるの!?」

 「ここでは無理だ。家まで連れて行きたいが、それじゃあ、こいつが先に死ぬ。だから、ここで応急処置を行う」

 「応急処置って?」

 「首の動脈を切る」

 「え!?首の動脈なんて切ったら、それこそ死ぬわよ!」

 「大丈夫、俺はこのやり方に何度も命を助けられた」

 「自分でやったの!?」

 「当たり前だ」


 ユディアは軽くそういうとナイフを取り出し黒髪の女性の制止も聞かずに癖毛の男の動脈を切った。


 「あ゛あ゛あ゛あああああああぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁぁ!!?!?!!!!?!!!!」


 獣のような悲鳴が森の中を木霊する。

 癖毛の男は首から鮮血を撒き散らしながら体を拗らせ暴れる。

 ユディアは男の顔面を掴み地面に押し付け、馬乗りになる。

 バックから取り出した薬草を傷口に押し付ける。


 「大丈夫!?ゼイン!」

 「大丈夫ですか、師匠!」

 「動くな!」


 近づいてくる少女と女性に語気を強め言う。


 「今のこいつには理性が無い。なにも知らない人間が近づけばすぐに殺されるぞ!」


 癖毛の男が腕を噛んでくる。到底人間とは思えない力だ。

 肉がえぐれ噛みちぎられる。

 まるで獣のように伸びた爪がユディアの体に突き刺さる。さながら刃物のようだ。


 「君こそ、大丈夫なのか!?」


 好青年が聞いてくる。

 仲間のことだけではなく俺自身のことを心配していることから優しい心の持ち主なんだろう。


 「大丈夫に見えるか?」


 苦笑いしながら答える。

 やっぱり、この応急処置はするもんじゃないな。

 荒療治なんてもんじゃない。それどころか、治療といって良いものかすら怪しいからな。

 もはや、トドメを刺しにいってるといっても差し支えないだろう。

 しかし、こうしないと命が繋がらないのも事実だ。


 癖毛の男の伸びた爪が体の中をかき混ぜる。

 脇腹から血が流れ癖毛の男の腕が鮮血で染まってゆく。

 そして、鮮血に染まったその手をこちらに向け、何かを唱える。


 「時、満チ、赫時雨が降ル星夜。我ガ身に炎を宿リ、臨界スる」


 鮮血の手に魔力が集まるのを感じる。

 それは6年前、あの時に感じた魔力に近いものだ。


 「避けてください!それは師匠のオリジナル魔法です」


 金髪の少女が警告の声をあげる。

 地面を蹴り跳躍。

 しかし、すでに遅い。

 紅蓮の炎はユディアを包みその身を焼く。

 なんとか直撃は免れたが右腕が動かせないほどの重度の火傷を負う。


 「ちくしょう!俺じゃなかったら死んでたぜ?」


 周りの人間が何か驚いているが今はとにかく無視だ。

 癖毛の男は拘束が解け、その体を異形のモノへと変えつつある。

 第3フェーズに移ったな。なら、あと少しで……


 咆哮。大気が震え、地面が割れる。

 目が混沌ように赤黒く染まり爪はまるでナイフのようだ。

 異形のモノとかした仲間を見て、他の人間は膝をつく。

 信じられないものを見た様子だ。

 しかし、誰一人として俺を責める様子はない。ただただ、絶望しているようだ。


 異形の姿となった男がこちらを覗く。

 再び咆哮。それと同時に襲ってくる。


 「少し眠ってろ」


 そう言うとユディアは左手を引き、寸前に迫った男の顔面を殴った。

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