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No.001

 俺は魔法が使えなかった。

 他の人と違って雨を降らすことも火柱を起こすことも雷を落とすこともできない。

 唯一出来た魔法が剣やナイフなどの道具を作り出すと言うものだった。

 鍛冶屋で作られたものより脆く、すぐに壊れてしまうその武器たちに利用価値はなく。

 周りの人間からは屑扱いされゴミのような毎日を送っていた。

 家族からは家畜以下の扱いを受け、逃げるように外に出れば氷のような視線と石が投げられる。

 苦しい日々だった。


 そんなある日、俺は親に売られた。

 10歳の誕生日に奴隷商に売られたのだ。

 訳も分からず、寝泊りしている馬小屋に男たちが押し寄せ俺の首に鎖をかける。

 抵抗するも殴られ蹴られ、魔法で動けなくされる。

 そして俺は、馬車に乗せられ運ばれる。

 俺はその時見た。両親の顔を一生忘れないだろう。

 優越感に溢れ醜く邪悪なあの笑みをーー


 俺は馬車の中で思考を巡らせていた。

 奴隷に関する噂を知っていた。

 もともと、奴隷は犯罪者や行き場を失った者、俺のように売られた者がたどり着く救いのない地獄のような場所だ。

 もちろん、人権なんてものはなく。暴力はもちろん、人間どころか家畜としても見られず、完全に物として見られるため、生きたまま内臓を抜かれるなって話もあるぐらいだ。

 一週間生きていればいい方らしい。

 そんな恐ろしい場所なのだ。


 しかし、自然と恐怖なかった。

 運もついに尽きたかと思ったぐらいだ。

 正直、覚悟はしていた。俺はいつ殺されもおかしくないんだと。

 むしろ10年生きたことが奇跡と言っても過言ではないのだ。


 もちろん、死にたいわけではない。

 だが、生きている意味もなかった。


 そんな思考を巡らせていると、ドゴンッという轟音が響き渡る。

 馬車が止まる。

 奴隷商たちが慌てて剣や弓を持ち外に出る。

 悲鳴のような声が聞こえてくる。

 一体、外で何が起こっているのか気になるが鎖で繋がれているため外を見ることは叶わない。


 次の瞬間、馬車の天井が削り取られる。

 俺は咄嗟に視線を上に向ける。

 そこには上下に切り裂かれ内臓をばら撒きながら宙を飛ぶ複数の死体。

 ドチャというと嫌な音とともに俺の目の前に落ちる。

 その衝撃で飛び散った内臓と血液が顔面につく。

 俺は思わず、戻す。


 自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。

 そしてすぐに悲鳴とともに再び惨殺された死体が飛んでくる。

 その中には先ほど俺を殴った奴隷商もいた。


 俺は慌てて、首の鎖を外そうとする。

 過呼吸になりながら大きな金属音を鳴らして。


 しばらくして悲鳴が止んだ。

 これだけの惨状を起こした何かがいなくなったと思いほっと胸をなで下ろす。

 影が俺を覆う。

 赤黒い粘性の高い液体がすぐそばに落ちる。

 俺はそっと空を見上げるとそこには、緑色の体と牛のような体に人間の髪を生やした化け物がこちらを覗いていた。


 すぐにそれが魔物と呼ばれる存在なのだと理解した。

 黄ばんだ歯には人の内臓のようなものが挟まっている。

 俺は勝手に悲鳴が止んだだと思っていた。しかし、それは違った。悲鳴が止んだのではなく悲鳴をあげる人間がいなくなったのだ。


 それを理解した瞬間、心臓が激しく脈打った。

 心拍数が上がり呼吸が浅くなる。


 魔物が俺に向かって咆える。

 雷が落ちたかのような轟音。

 それと同時に魔物の爪が襲いかかる。

 まるで空間そのものを裂くような音がする。


 俺はなんとかそれを回避する。

 魔物の攻撃のおかげで鎖が切れ身動きが取れるようになる。

 俺は馬車を飛び出し裸足のまま地面に足をつける。

 地面には大量の死体と血液が残っている。

 その中に息をするものはなく全てが屍と化している。


 一瞬の殺気、右に跳躍し飛んできた何かを避ける。

 飛んできたのは死体だった。

 亜音速で飛んできた死体はその速度に耐え切れず瓦解し、内臓や肉片が放射状に飛び散る。

 それを避けることは出来たものの、それにより起きた衝撃波によって俺は地面に叩きつけられる。


 ピキピキという嫌な音が聞こえてくる。

 倒れたらまずいとすぐに起き上がるも胸に激痛が走る。

 どうやら肋骨が折れたらしい。

 足の骨ではないだけ運がいいのかもしれない。


 魔物と睨み合いになる。

 おそらく一歩でも動けばその瞬間ーー


 魔物が口を開け、魔力を溜める。

 白く発光するその魔法。

 周りにあるありとあらゆるものを蒸発させる。

 魔法の使えない俺でもすぐにやばいということに気づく。


 大気の温度が上がり秋の夜が砂漠の正午より高い温度になる。

 汗が吹き出し喉が乾く。

 魔法が一瞬煌めく。

 俺はすぐに跳躍。その直後、魔物が魔法を放つ。


 熱波と破壊の魔力がすぐ横を掠めていく。

 背にしていた崖に穴が開く。岩が融解し反対側まで貫通させたのだ。

 背筋に寒気が走る。

 もし、この攻撃を避けていなかったら俺の体は原型どころか塵一つ残さず燃え尽きていただろう。


 そんなことを考えている。

 しかし、それは殺し合いとは別のことを考え思考し戦闘においての空白時間を作ることに変わりなかった。

 そのため数瞬の隙が生まれる。


 魔物はその隙にさっきのと類似する魔法を放つ。

 先どの魔法と違い融解させるほどの熱はないが人間一人燃やす程度は容易いだろう。

 その上、さっきの魔法とは違く一回だけの攻撃ではなく。球体状のものがなんども飛んでくる。


 死体の大地を逃げ惑う。

 球状の魔法に当たった死体が弾け飛び血肉の雨となって降り注ぐ。

 そして、俺はじりじりと追い詰められる。

 反撃する手段を待たないので当たり前だ。むしろ、反撃する手段を持っていたとしても魔物に攻撃を与えられる気がしない。


 武装した奴隷商が20人もいたのだ。それを壊滅させた魔物相手に魔法も使えない子供に何ができるというのだろう。


 左足の激痛。

 俺はバランスを崩し地面に倒れる。

 細い何かが俺の左足を貪り食っている。

 黒く細いそれは人間の髪のようで地面から生えている。触手のように動き気持ちが悪い。


 それが何かはすぐにわかった。

 魔物の方を見ると人間のような髪が地面に突き刺さっている。

 正体はやはり、魔物の体毛だった。


 俺はその体毛を自分の肉ごと無理やり引き抜き立ち上がる。

 しかし、すぐさま魔物の体毛は俺の足に絡みつき離さない。

 左足はさらに食べられ、右足、左腕、右肩の肉も捕食され始めている。


 完全に拘束され動けなくなった俺に魔物が近づいてくる。

 死がすぐ目の前にまで迫る感覚だ。

 魔物は醜悪な笑みの後、大口を開ける。

 腐敗臭が香り、口の中には死体の食べ残しがある。

 顔を半分失っているもの、内臓を体から溢しているもの、悲痛の表情で死んでいるものなど様々だ。


 俺もこの中に仲間入りかと静かに目を瞑る。

 人間、どうしようもなくなると思考を放棄するものなのだ。


 しかし、思考をやめても『生きたい』と言う人間としての生存本能が何の役にも立たなかった魔法を覚醒へと導く。


 それは手のひらサイズ。握りやすく持ちやすい、重すぎず軽すぎない。金属のような見た目で鉄の冷ややかさを感じる。指をかける部分は動くようになっており俺は自然と魔法により創造した武器を魔物に向けていた。


 引き金を引く。

 弾けるような音と共に弾丸が発射される。

 弾は魔物の口を貫通、脳を貫き、脳天から血潮を吹かせた。

 触手のように蠢いていた魔物の体毛は動きをやめ、その巨体も同時に力を失い地面へと倒れ伏せた。


 ピクリとも動くなかった魔物を眺め、一人呆然とする。

 右手に握られたその武器を眺め静かに腕の力を抜く。

 食われる寸前、想像したのは目の前にいる魔物を殺せる武器だった。

 その想像が魔法により実態かし始めて、意味ある物を作って見せたのだ。


 俺は一人感動した。

 俺の魔法は屑でもなければゴミでもない。

 ちゃんとした魔法なんだ。

 今思えば、剣やナイフを創造したときは朧気なイメージでしか作っていなかった。

 ゆえに脆く壊れやすかったのだ。


 草木が揺れる音がする。

 とりあえず、感動に震えるのはここまでにしよう。

 一刻も早くここを離れ身を隠したほうがよさそうだ。

 ここにいてはいつまた魔物に襲われるかわからない。

 こうして、俺ことユディアは深い森の中へ姿を消した。

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